前回に続き、国書刊行会「笠原和夫傑作選」について。
今回は第3回配本である「第三巻 日本暗殺秘録――昭和史~戦争映画篇」の作品解説です。
昭和の闇を描き続けた笠原和夫にとって、この巻はまさに本領発揮。映画を鑑賞するだけでなく、シナリオを読み込む価値がある力作が並びます。晩年のインタビュー「昭和の劇」を読んでいても、最も面白いのはやはりこの時期ですね。

「日本暗殺秘録」(1969年 中島貞夫・監督 千葉真一・主演)
日本近代史上のテロ事件をオムニバス形式で描いた作品。なかなかソフト化されなかったためカルト映画のような扱いになっていましたが、今はDVDが出ています。
筆者も大好きな映画であり、以前にこのような記事も書いています。
笠原和夫脚本「日本暗殺秘録」鑑賞の参考図書





「あゝ決戦航空隊」(1974年 山下耕作・監督 鶴田浩二・主演)
「博奕打ち 総長賭博」など任侠映画の傑作を共に作ってきた山下耕作、鶴田浩二と改めて組んだ戦争映画。これまた名作。神風特別攻撃隊を創始し「特攻の父」と言われた海軍中将・大西瀧治郎を主人公にした物語です。
このように紹介すると非常に右翼的な内容と思われるかもしれませんが、笠原和夫のシナリオは天皇批判に満ちています。敗戦が近づくと、大西は「二千万人特攻論」を唱えますが、笠原和夫によればこれは「陛下も最後に特攻してほしい」という願望だったということで、後半はそのような思想で書かれたセリフががんがんと出てきます。
終戦をめぐる緊迫した雰囲気は「日本のいちばん長い日」を凌ぎます。「日本のいちばん長い日」では大西中将は単なる狂人として登場しますが、笠原和夫の徹底した取材に裏付けられた大西像は、従来のそのような見方を覆すリアリティがあります。




「大日本帝国」(1982年 舛田利雄・監督 丹波哲郎・主演)
これまた、右翼の皮をかぶった左翼映画。
篠田三郎演じる学徒出陣した中尉は、戦犯として処刑される際に「天皇陛下ッ、お先にまいりますッ」と叫びながら死んでいきます。要するに、陛下も後からついてきてくださるでしょう、ということ。
関根恵子演じるヒロイン・美代は、結婚したばかりの夫が召集されますが、その銃後の会話。
「天皇陛下も戦争に行くのかしら?」「天子さまは宮城だョ、ずーっと」
こんなセリフを昭和天皇存命中にバンバンと飛ばしていたわけです。
しかし、筆者としては最も感動したのはラストシーンです。
美代と夫・幸吉の再会シーン。
これは何度読んでも泣けます。もはやシナリオとは言えないレベルの描写。そして、映画本編を見ると、その通りの完璧な演技をしている関根恵子に驚き、またまた涙が出てきます。
個人的には、笠原和夫のシナリオの中で最も好きなシーンです。




「昭和の天皇」
(未映画化)
これはぜひとも映画を完成させてほしかった一本です。
「あゝ決戦航空隊」や「太平洋戦争」で激しく天皇批判を繰り広げた笠原和夫ですが、昭和天皇への思いは愛憎相半ばしており、同時代人として敬意を抱いていたことも伺われます。
「昭和の劇」の中で昭和天皇について語って部分は特に興味深いものです。
この「昭和の天皇」は、1984年(昭和59年)に執筆されたものですが、右翼関係への調整がうまくゆかず結局、流れてしまったようです。
どんな内容なのか読んでみたいとずっと願っていたところ、2010年に雑誌「en-taxi」の付録として刊行されたことがあり、筆者はその時に読みました。
内容的には極めて穏やかに、昭和天皇のよく知られているエピソードをまとめており、正直なところ笠原和夫にはもっと過激なものを期待してしまっていましたが、まあ商業映画として公開することを目的としているからには、妥当なラインだったのでしょう。
読んでみると拍子抜けですが、とはいえ、笠原和夫ファンとしては一読の価値があるシナリオです。

「226【第1稿】」(1989年 五社英雄・監督 萩原健一・主演)
二・二六事件を描いた、奥山和由製作の松竹映画。
ポイントは「第1稿」という点にあります。
「昭和の劇」では、この映画について奥山和由への不満をしきりに語っています。
笠原和夫は「二・二六事件は壬申の乱だった」、つまり昭和天皇と秩父宮との皇位をめぐる対立が背景にあったという考えを示しており、「226」の第1稿は、それを前提として物語が組み立てられていたようです。
監督はそのままの内容で撮りたがったということですが、タブーに触れる内容に恐れをなした奥山は秩父宮に関するくだりを外すよう要求し、代わりに「ハチ公物語」がヒットしていたから、犬を登場させてくれ、という話になり、笠原が考えていたのはまるで違う映画になってしまった、ということを語っています。
この映画のシナリオは劇場公開当時に書籍として刊行されていますが、改稿後のものです。
今回の「傑作選」では、どこに埋もれていたのやら、なんと幻の「第1稿」を収録するとのこと。「昭和の天皇」に期待したものの拍子抜けした「過激な笠原和夫」を、今度こそ期待しても良さそうです。




「仰げば尊し」(未映画化)
笠原和夫最後の脚本ですが、未映画化に終わっています。
三芳八十一著「だちかん先生」という、ほとんど誰も聞いたことのない本を原作に、田舎の教師と子どもたちとのふれあいを描くという、全く笠原和夫らしからぬ物語のようですが、笠原本人は、本来こういうのをやりたかったんだよ!と語っています。東映に入社してしまったがためにチャンチャンバラバラのシナリオばかり書いてきたが、それは本意ではなかったとのこと。
「昭和の劇」のインタビュワー荒井晴彦は、シナリオの教科書みたいなホンだと、絶賛しています。これまで公刊されたことはありませんが、この機会に「本来の笠原和夫」を読めるわけで、楽しみです。

笠原和夫を「読む」