備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

山田風太郎おすすめ

山田風太郎の最高傑作5選!?(エッセイ・ノンフィクション編)


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ミステリ作家・時代小説作家として評価の高い山田風太郎ですが、エッセイ・ノンフィクションでも傑作を残しています。今回は、小説以外の代表作をご紹介します。

『戦中派不戦日記』(講談社文庫など)/『戦中派虫けら日記』(ちくま文庫など)

新装版 戦中派不戦日記 (講談社文庫)
戦中派虫けら日記―滅失への青春 (ちくま文庫)
(リンク先はいずれもAmazon)
「戦中派不戦日記」は山田風太郎が医学生だった昭和20年の日記を一年分全文収録したもので、昭和46年に発表されました。また、それに続いて昭和48年に発表された「戦中派虫けら日記」は昭和17年から昭和19年にかけて、二十歳前後の時期の日記を収録しています。
さまざまな切り口で読むことができる書であり、戦中の庶民の生活史、精神史として実に貴重な記録です。

筆者が興味を持って読んでいる「戦中派」の人物として、ほかに吉村昭と笠原和夫がいます(いずれも山田風太郎の5歳年下で、敗戦時に18歳)。この人たちの作品やエッセイなどを読んでいると、戦後日本に対して強烈な違和感を抱きながら生きていて、それを作品にも反映しているということが共通しています。
徹底した軍国主義教育を受け、神州不滅を信じていたものが、一夜にして価値観が逆転し、昨日まで徹底抗戦を訴えていた人びとが、今度は平和主義を謳いはじめる。
山田風太郎は「戦中派不戦日記」のあとがきで「いまの自分を『世をしのぶ仮の姿』のように思うことがしばしばある」と書いています。
昭和史に興味を持つ者としては、必読の2冊といえます。
この2冊の日記が高い評価を得ていたことから、晩年になってから、過去の日記が次々と単行本化されました。さすがに全部は読んでいられないので、筆者は途中で買うのをやめてしまいましたが、このあたりも、ミステリ文壇史的には貴重な史料かもしれません。

『同日同刻』(ちくま文庫)

同日同刻―太平洋戦争開戦の一日と終戦の十五日 (ちくま文庫)
(リンク先はいずれもAmazon)
戦前・戦後とでそのような価値観の大逆転を生むに至った太平洋戦争に対して、これをリアルタイムで体験した人びとはどのように認識していたのか。昭和16年12月8日の日米開戦、昭和20年8月15日の敗戦とに焦点をあて、「当時の敵味方の指導者、将軍、兵、民衆の姿を、真実ないし、真実と思われる記録だけをもって再現して見たい」ということで書かれたノンフィクションです。
戦後になって、作られた言葉、飾られた言葉は要らない。戦争中に何が起きていたのか、その真実だけを見たい、という作家の執念を感じます。
昭和54年に発表されました。

『人間臨終図巻』(徳間文庫・角川文庫)

人間臨終図巻1<新装版> (徳間文庫)
人間臨終図巻2<新装版> (徳間文庫)人間臨終図巻3<新装版> (徳間文庫)
人間臨終図巻4<新装版> (徳間文庫)
(リンク先はいずれもAmazon)
実は筆者が初めて読んだ山田風太郎作品は本書です。
もちろん、ミステリ好きとして、山田風太郎はいずれ何か読んでみようと思っていたのですが、本書をパラパラ眺めると乱歩の臨終についても記述があり、なんとなく買ってきた記憶があります。
一読、あまりの面白さに仰天しました。内容は、古今東西の偉人・著名人を死亡年齢順に並べ、どのような臨終であったかをひたすら列挙しただけのもの。
人の死に様を読んで「面白い」とは甚だ不謹慎ですが、しかし、山田風太郎は不謹慎にも、あまりにも面白すぎる書き方をしています。著者の筆にかかれば、どんな偉人であっても、生物学的な死は容赦なく訪れ、あっけなく世を去っていきます。死ぬのが怖くなくなる、ということはありませんが、死に対して奇妙な親しみを感じてしまうようになります。
山田風太郎の代表作として、現在も絶大な人気を誇る作品です。

『風眼抄』(角川文庫・中公文庫)

風眼抄 山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)
(リンク先はいずれもAmazon)
さて、ここまで割りと重めの作品を紹介してきましたが、「風眼抄」はうって変わって、山田風太郎の小説家としてのイメージそのままのエッセイ集です。どうでもよいバカ話もあれば、インテリの側面も垣間見せる、魅力あふれる内容で、ファンにはたまらないでしょう。
個人的に最も気に入っているのは大下宇陀児の追悼記事として書かれた「大下先生」。文壇でも愛されている様子がわかります。
また、「漱石と放心家組合」の章は、誰も気づいていなかった(と言われる)「吾輩は猫である」の謎に触れた文章として、割りと有名です。

『あと千回の晩飯』(朝日文庫・角川文庫)


晩年に連載されたエッセイです。この頃の山田風太郎は、もう死ぬ、もう死ぬ、と言いながらも、まだまだ執筆を続け、実際にはそれから5年ほど生き延びましたが、老いをテーマにした内容は「人間臨終図巻」と同じく、不謹慎な面白さに満ちています。
タイトルは比喩的なものかと思いきや、実際に食べ物の話ばかり書いてあり、そのあたりも興味深い内容です。

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山田風太郎の最高傑作5選!?(時代小説編)


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ふつうの作家は「最高傑作」といえば、一つに限られます。評する人ごとに挙げる作品が異なるかもしれませんが、「最高」は一つだけです。
しかし、山田風太郎はふつうの作家ではありません。読むたびに「これぞ最高傑作」と思ってしまい、かといって、それ以前に読んだ作品が色あせて見えるかといえば全くそんなことはなく、5作品くらい挙げないと最高傑作を語れないのです。
というわけで、山田風太郎の全作品を読んでいるわけではないのですが、これまでに読んだ作品の中から「最高傑作」5作をご紹介したいと思います。順不同です。

柳生忍法帖 角川文庫・講談社文庫など

柳生忍法帖 上 山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)
柳生忍法帖 下 山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)
(リンク先はいずれもAmazon)
「柳生忍法帖」「魔界転生」「柳生十兵衛死す」と続く柳生十兵衛三部作の1作目。
「忍法帖」とタイトルに入りますが、「甲賀忍法帖」などのように忍者同士が戦う話ではありません。会津の暴君に亭主を殺された女7人が柳生十兵衛の助けを借りて復讐に乗り出す……という話で、一応ベースには史実があるようですが、山田風太郎らしい荒唐無稽、ドタバタな展開で、まさに息をつくヒマもありません。
現代のエンターテインメントでもなかなかここまでの面白さを出せるものはなく、最高傑作というにふさわしい華のある一作です。

八犬伝 朝日文庫・廣済堂文庫など

八犬伝〈上〉 (朝日文庫)
八犬伝〈下〉 (朝日文庫)
(リンク先はいずれもAmazon。古本のみ販売)

残念ながら今のところ各版とも品切れなのですが、山田風太郎にしてはマジメな小説と言えるでしょう。
馬琴が北斎へ構想を聞かせるという設定で「八犬伝」のあらすじが紹介される「虚の世界」の章と、馬琴の生活を描く「実の世界」の章とが交互に書かれます。
まず、「虚の世界」。八犬伝は長い長い小説なので、原典はもちろん、現代語訳も読んだ方はほとんどいないでしょう(筆者も学生の頃に岩波文庫版をセットで買ったのですが、20年間積ん読)。そんな物語のダイジェストを天下の山田風太郎が語ってくれるというのですから、それだけでもう最高。とても楽しめるうえ、八犬伝のストーリーもバッチリとマスターできます。
一方、「実の世界」。こちらは馬琴の地味な生活を史実に基づいて描いていきますが、これがまためっぽう面白い。ケチで頑固、偏屈じじいの馬琴が、周囲の迷惑も顧みず、最終的には読者すら顧みることなく、ひたすら物語を紡ぎ続けます。山田風太郎作品とは思えない感動的な展開に涙がこぼれました。
読み終えると、「これぞ最高傑作!」と思うのは間違いないでしょう。
余談ですが、ラストの一文を読んで興奮した筆者はその勢いで、小学生の頃に読みかけて途中で投げ出してしまった「三銃士」を再読しました。こっちも、改めて読むと実に山田風太郎的な痛快な物語で、その点でもこの「八犬伝」には感謝しています。

叛旗兵 廣済堂文庫・徳間文庫・角川文庫など

(リンク先はAmazon Kindle版)
直江兼続を主人公にしている、ということで大河ドラマで「天地人」をやっていた時期に復刊されたりしていましたが、直江兼続は全っ然関係ない!
前田慶次郎ら、直江四天王が馬鹿げた大騒動を繰り広げるだけの話です。家康や政宗、武蔵に小次郎と、あらゆる同時代人を巻き込みつつ、収集のつかない無茶苦茶な展開となっても、エピソードの終わりにはあら不思議、全ての事象が史実通りの結果に収まってしまいます。
明治物にも通じるような、非常に人を喰った、山田風太郎らしさが最高に詰まった傑作といえます。

魔群の通過 角川文庫・ちくま文庫など

魔群の通過―天狗党叙事詩山田風太郎幕末小説集2 (ちくま文庫)
(リンク先はAmazon)
最高傑作がたくさんある、と言いながら、筆者が秘かに「これこそが本当に最高傑作」と思っているのが本作です。
幕末に起こった水戸天狗党の乱を描いた小説です。天狗党を扱った小説として有名なものにはほかに吉村昭の「天狗争乱」があり、こちらも綿密な取材に基づいた名作として人気があるのですが、「魔群の通過」を比べてみると、いかに山田風太郎が天才的な小説家なのかがよくわかります。
山田風太郎は、本書の執筆のために天狗党が辿った途を実地取材したということですが、ただ事実に沿うだけの歴史小説には仕立てず、自由自在に物語を操ります。架空の人物もおりまぜ、そこからいかにもありそうな、しかも天狗党事件の悲惨さをさらにあぶり出すようなエピソードを展開していくのです。
作中に島崎藤村が登場するなど、明治物と同じ手法で同時代人を巻き込みつつ、物語を堪能させてもらえる傑作です。筆者はあまりに感心して、3度も読みました。

妖異金瓶梅 角川文庫など

妖異金瓶梅 山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)
(リンク先はAmazon)

「時代小説編」と言いつつ、これはミステリ方面で人気の高い一作です。中国四大奇書の一つとされる「金瓶梅」の世界で起こる事件を描いた連作短編集です。
どういう理由で人気があるのか? それは空前絶後の「意外な犯人」に尽きます。
とはいえ、誰が犯人なのかは読めばすぐにわかります。いったいどういうことか? まあ、読んでみてください。
山田風太郎作品として、というだけではなく、日本ミステリ界において最高レベルの傑作とされています。

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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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