201711千日のマリア149

10年前に湊かなえがデビューしてから「イヤミス」という言葉が流行りましたが、このタイミングで小池真理子ブームが来なかったのが、個人的には全く不思議でした。筆者としては、元祖イヤミス・クイーンは小池真理子しかいない、と信じています。

小池真理子は1995年に「恋」で直木賞を受賞してからは長編に注目が集まりがちで、作風もミステリから離れていきますが、それ以前は短編小説の印象が強烈でした。
平凡な日常を送る主人公が、何かのきっかけ、あるいはちょっとした出来心からとんでもない地獄を見ることになる。切れ味の鋭い恐ろしい話ばかりで、一時期、病みつきになって貪るように読んだものです。

おすすめ短編集

筆者が最も好きな短編集は双葉文庫で現在も手に入る「恐怖配達人」です。


収録作:梁のある部屋/喪服を着る女/死体を運んだ男/老後の楽しみ/団地/霧の夜

「イヤミス」がはやりだした時、当然、この短編集にも誰かが目をつけてベストセラーに返り咲くに違いない、と思っていましたが、特に話題になることはありませんでした。
しかし、これは本当にハズレなしでみっちりとイヤミスが詰まっています。
特にすごいのが「老後の楽しみ」という作品。
主人公は65歳の主婦で、夫は定年後も子会社の嘱託として仕事を続け、息子は35歳で独身という平凡な家庭生活を送っています。特に不満があるわけでもないが、満たされているわけでもない。あるときふと思い立って、鎌倉へ旅行し、そこで老後を華やかに楽しむ老人グループと知り合います。
……という話のどこがイヤミスなんですか、と言われそうなのですが、実はこのあと、とんでもない地獄が待っています。
この本が出た当時はサイコサスペンスがはやっており、小池真理子もその系統をたくさん書いていますが、この「老後の楽しみ」もサイコものとみなすことができるでしょう。
しかし、そんじょそこらのサイコサスペンスとは違い、主人公の人生に思いを馳せると、底なしの恐怖を感じてしまう傑作です。

日本推理作家協会賞を受賞した「妻の女友達」を含む短編集「あなたに捧げる犯罪」や、祥伝社文庫「会いたかった人」も同じ読後感を味わえる作品が並んでいます。


収録作:菩薩のような女/転落/男喰いの女/妻の女友達/間違った死に場所/セ・フィニ――終幕


収録作:会いたかった人/結婚式の客/寄生虫/木陰の墓/運の問題/甘いキスの果て

傑作選

当時の代表作を概観するには、傑作選が2種類編まれていますので、そちらを読んでみるというのも良いと思います。
まずは1997年に河出書房新社から全6巻で刊行され、その後、集英社文庫へ収録された「小池真理子短篇セレクション」。作品一覧は下記のとおりです。

小池真理子短篇セレクション サイコ・サスペンス篇1 会いたかった人

会いたかった人/倒錯の庭/災厄の犬/美をはらむ異常/解説(結城信孝)

小池真理子短篇セレクション 官能篇 ひぐらし荘の女主人

ひぐらし荘の女主人/花ざかりの家/彼なりの美学/官能の風景/解説(皆川博子)

小池真理子短篇セレクション 幻想篇 命日

命日/家鳴り/流山寺/水無月の墓/ミミ/現世と異界/解説(辻章)

小池真理子短篇セレクション ミステリー篇 泣かない女

妻の女友達/泣かない女/悪者は誰?/鍵老人/物語の快楽/解説(宮部みゆき)

小池真理子短篇セレクション ノスタルジー篇 夢のかたみ

夢のかたみ/チルチルの丘/路地裏の家/ディオリッシモ/約束/遠い日の情景/解説(稲葉真弓)

小池真理子短篇セレクション サイコ・サスペンス篇2 贅肉

贅肉/刺繍の家/終の道づれ/どうにかなる/たおやかな狂気/解説(藤田宜永)


次に、ハヤカワ文庫から2002年に刊行された「小池真理子短篇ミステリ傑作集」。
「短篇セレクション」とはなるべく重複がないように編集されています。書き下ろしの巻末エッセイもついています。作品一覧は下記のとおりです。

小池真理子短篇ミステリ傑作集1 小池真理子のミスティ

春日狂乱/真夏の夜の夢つむぎ/未亡人は二度生まれる/窓辺の蛾/妻の女友達/青いドレス/眼
(巻末エッセイ)無我夢中だったあの頃/解説(結城信孝)

小池真理子短篇ミステリ傑作集2 小池真理子のラウンド・ミッドナイト

予告された罠/死体を運んだ男/四度目の夏/梁のある部屋/木陰の墓
(巻末エッセイ)書くことを楽しんでいたあの頃/編者解説(結城信孝)

小池真理子短篇ミステリ傑作集3 小池真理子のマスカレード

結婚式の客/罪は罪を呼ぶ/独楽の回転/姥捨ての街/一人芝居
(巻末エッセイ)音もなく霧に巻かれていたあの頃/編者解説(結城信孝)

小池真理子短篇ミステリ傑作集4 小池真理子のエンジェル・アイズ

獣の家/静かな妾宅/本当のこと/夜顔/野ざらしの家/秋桜の家
(巻末エッセイ)光が見えたあの頃/編者解説(結城信孝)

最新作

2000年代に入ってからは長編の恋愛小説が多くなり、これまでとは違う読者を数多く獲得していきますが、そんな中でも短篇は書き継がれています。
筆者は恋愛小説中心の作風に変わってしまってから、ここ15年ほど以前ほど熱心にはチェックしていなかったのですが、久しぶりに読んでみようと、先月の講談社文庫に収録された「千日のマリア」を読んでみました。

千日のマリア (講談社文庫)
小池 真理子
講談社
2017-11-15


一読、驚きました。
鮮やかな「進化」と言わざるを得ません。

かつては主人公の「地獄」や「修羅場」を描くのがメインだったものが、地獄や修羅場を経た主人公の「人生」を描くことにシフトしています。しかも、全ての人々に「救い」があるのです。
以前の作品でも主人公の人格や生活はしっかりと描写されてはいたのですが、この短編集ではよりくっきり、深みのある人間が描かれています。SD画質から4K画質、とたとえれば良いのでしょうか。目に飛び込んでくる情報量が格段にアップしています。
浮気・裏切り・絶望・狂気。描かれるテーマは決して変わっていません。にもかかわらず、静謐で光あふれる、救いのある世界が展開されています。本書の登場人物たちだけでなく、かつての作品に登場した人々も、きっと人生の最後には救われているのではないか、そんなことにまで思いを馳せてしまう本でした。
読んでなかった期間に刊行された短編集も、追っかけで読まなくては、と思いましたね。
筆者と同じく、かつての「イヤミス」小池真理子を愛していた方は、ぜひ「千日のマリア」も読まれることをオススメします。

そんなわけで、今回も駆け足で小池真理子短篇の魅力をご紹介しましたが、最近の作風の変化を考えると小池真理子を「イヤミス」として売り出すことに出版社が躊躇するのもやむを得ないかな、と思いました。