20170201山田風太郎055
ふつうの作家は「最高傑作」といえば、一つに限られます。評する人ごとに挙げる作品が異なるかもしれませんが、「最高」は一つだけです。
しかし、山田風太郎はふつうの作家ではありません。読むたびに「これぞ最高傑作」と思ってしまい、かといって、それ以前に読んだ作品が色あせて見えるかといえば全くそんなことはなく、5作品くらい挙げないと最高傑作を語れないのです。
というわけで、山田風太郎の全作品を読んでいるわけではないのですが、これまでに読んだ作品の中から「最高傑作」5作をご紹介したいと思います。順不同です。

柳生忍法帖 角川文庫・講談社文庫など

柳生忍法帖 上 山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)
柳生忍法帖 下 山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)
(リンク先はいずれもAmazon)
「柳生忍法帖」「魔界転生」「柳生十兵衛死す」と続く柳生十兵衛三部作の1作目。
「忍法帖」とタイトルに入りますが、「甲賀忍法帖」などのように忍者同士が戦う話ではありません。会津の暴君に亭主を殺された女7人が柳生十兵衛の助けを借りて復讐に乗り出す……という話で、一応ベースには史実があるようですが、山田風太郎らしい荒唐無稽、ドタバタな展開で、まさに息をつくヒマもありません。
現代のエンターテインメントでもなかなかここまでの面白さを出せるものはなく、最高傑作というにふさわしい華のある一作です。

八犬伝 朝日文庫・廣済堂文庫など

八犬伝〈上〉 (朝日文庫)
八犬伝〈下〉 (朝日文庫)
(リンク先はいずれもAmazon。古本のみ販売)

残念ながら今のところ各版とも品切れなのですが、山田風太郎にしてはマジメな小説と言えるでしょう。
馬琴が北斎へ構想を聞かせるという設定で「八犬伝」のあらすじが紹介される「虚の世界」の章と、馬琴の生活を描く「実の世界」の章とが交互に書かれます。
まず、「虚の世界」。八犬伝は長い長い小説なので、原典はもちろん、現代語訳も読んだ方はほとんどいないでしょう(筆者も学生の頃に岩波文庫版をセットで買ったのですが、20年間積ん読)。そんな物語のダイジェストを天下の山田風太郎が語ってくれるというのですから、それだけでもう最高。とても楽しめるうえ、八犬伝のストーリーもバッチリとマスターできます。
一方、「実の世界」。こちらは馬琴の地味な生活を史実に基づいて描いていきますが、これがまためっぽう面白い。ケチで頑固、偏屈じじいの馬琴が、周囲の迷惑も顧みず、最終的には読者すら顧みることなく、ひたすら物語を紡ぎ続けます。山田風太郎作品とは思えない感動的な展開に涙がこぼれました。
読み終えると、「これぞ最高傑作!」と思うのは間違いないでしょう。
余談ですが、ラストの一文を読んで興奮した筆者はその勢いで、小学生の頃に読みかけて途中で投げ出してしまった「三銃士」を再読しました。こっちも、改めて読むと実に山田風太郎的な痛快な物語で、その点でもこの「八犬伝」には感謝しています。

叛旗兵 廣済堂文庫・徳間文庫・角川文庫など

(リンク先はAmazon Kindle版)
直江兼続を主人公にしている、ということで大河ドラマで「天地人」をやっていた時期に復刊されたりしていましたが、直江兼続は全っ然関係ない!
前田慶次郎ら、直江四天王が馬鹿げた大騒動を繰り広げるだけの話です。家康や政宗、武蔵に小次郎と、あらゆる同時代人を巻き込みつつ、収集のつかない無茶苦茶な展開となっても、エピソードの終わりにはあら不思議、全ての事象が史実通りの結果に収まってしまいます。
明治物にも通じるような、非常に人を喰った、山田風太郎らしさが最高に詰まった傑作といえます。

魔群の通過 角川文庫・ちくま文庫など

魔群の通過―天狗党叙事詩山田風太郎幕末小説集2 (ちくま文庫)
(リンク先はAmazon)
最高傑作がたくさんある、と言いながら、筆者が秘かに「これこそが本当に最高傑作」と思っているのが本作です。
幕末に起こった水戸天狗党の乱を描いた小説です。天狗党を扱った小説として有名なものにはほかに吉村昭の「天狗争乱」があり、こちらも綿密な取材に基づいた名作として人気があるのですが、「魔群の通過」を比べてみると、いかに山田風太郎が天才的な小説家なのかがよくわかります。
山田風太郎は、本書の執筆のために天狗党が辿った途を実地取材したということですが、ただ事実に沿うだけの歴史小説には仕立てず、自由自在に物語を操ります。架空の人物もおりまぜ、そこからいかにもありそうな、しかも天狗党事件の悲惨さをさらにあぶり出すようなエピソードを展開していくのです。
作中に島崎藤村が登場するなど、明治物と同じ手法で同時代人を巻き込みつつ、物語を堪能させてもらえる傑作です。筆者はあまりに感心して、3度も読みました。

妖異金瓶梅 角川文庫など

妖異金瓶梅 山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)
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「時代小説編」と言いつつ、これはミステリ方面で人気の高い一作です。中国四大奇書の一つとされる「金瓶梅」の世界で起こる事件を描いた連作短編集です。
どういう理由で人気があるのか? それは空前絶後の「意外な犯人」に尽きます。
とはいえ、誰が犯人なのかは読めばすぐにわかります。いったいどういうことか? まあ、読んでみてください。
山田風太郎作品として、というだけではなく、日本ミステリ界において最高レベルの傑作とされています。

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