201711動物農場140

ジョージ・オーウェルは「一九八四年」がよく知られていますが、もう一つの代表作が「動物農場」です。薄くて読みやすい作品であるためとてもよく読まれており、翻訳は4種類刊行されています。
ハヤカワepi文庫、岩波文庫、角川文庫、ちくま文庫。
今回は各社版を比べて見たいと思います。



最も新しい訳がハヤカワepi文庫版で、2017年に出たばかりです。
訳者の山形浩生氏はSF小説、経済学、コンピュータ関連の翻訳をたくさん手がけており、各方面での言論活動でも有名です。
本書の解説は訳者自身が書いていますが、ソビエト連邦を知らない若い世代へ向けて、ということで非常にわかりやすい内容になっており、筆者の印象では「動物農場」を読むならば、この解説込みでハヤカワepi文庫版を選択するのがベストだと思っています。
また、訳文自体も、豚が演説するシーンでは左翼のアジテーションを思わせる口調になっていたりと、かなり楽しんで読むことができます。
本編とあわせてオーウェルによる「序文案」と「ウクライナ語版への序文」とが収録されており、作品理解の助けになります。
この文庫で読むと良い点がさらにもう一つあり、それはオーウェルの代表作「一九八四年」もハヤカワepi文庫から刊行されているため、「動物農場」もハヤカワepi文庫で揃えると、背表紙が揃います。「一九八四年」は他社からは出ていないのです。



ハヤカワ文庫と並ぶおすすめは、岩波文庫版です。
こちらは本編に加え2種類の序文を収録している点ではハヤカワ文庫と同じ。価格も同じようなものです。
おすすめポイントは膨大な注釈と、懇切丁寧な解説です。訳者はオーウェル研究の第一人者として知られています。
ただ、そもそも文章やストーリー自体には全く難しいところはないため、特に注釈がなくてもすいすい読める作品です。膨大な注釈は、著者の研究の成果を披露するためのものでは、という印象を受けます。
ハヤカワepi文庫は「若い人向け」と明快なコンセプトを打ち出していますが、岩波文庫それよりも上級者向け、文学書として読みたい方向けに仕上がっていると言ってよいでしょう。
岩波文庫からはほかに「オーウェル評論集」が出ています。文庫で読めるオーウェル作品は現在では「一九八四年」「動物農場」以外にはこの「評論集」くらいですので、ファンは要チェックです。今年2017年夏の一括重版の対象となっていたので、この記事を公開した時点では容易に入手できます。



さてここまでハヤカワepi文庫版と岩波文庫版とを紹介してきましたが、あとの2種類、角川文庫版とちくま文庫とは「開高健」がキーになります。

動物農場 (角川文庫)
高畠文夫・訳


角川文庫版は例によって非常に古く、昭和40年代に刊行されたものです。といっても、読みづらいということはありません。
本編のほかにオーウェルのエッセイ「象を撃つ」「絞首刑」「貧しいものの最期」を収録しており、一見、短編集のような体裁になっています。さらには開高健のオーウェル論「24金の率直 オーウェル瞥見」を収録していて、内容的には盛り沢山です。解説も古い内容ながらしっかりしています。
にもかかわらず価格は一番安くて、お得感のある一冊です。
なお、「象を撃つ」と「絞首刑」については岩波文庫の「オーウェル評論集」にも収録されているので、オーウェルのエッセイをもっとたくさん読みたいという方は本編を岩波文庫かハヤカワepi文庫で読み、あわせて「オーウェル評論集」も読む、という読み方もおすすめできます。



ちくま文庫版の「動物農場」は開高健が訳しています。本編以外にも開高健の論考「談話・一九八四年・オーウェル」「オセアニア周遊紀行」「権力と作家」を収録しています。
奥付によれば、本書はもともと「今日は昨日の明日 ジョージ・オーウェルをめぐって」と題してオーウェル関係のエッセイ・評論、そして「動物農場」の翻訳をまとめていた単行本を、文庫化したもののようです。
ただし、角川文庫版「動物農場」にも収録されている「24金の率直」は文庫化にあたって削除されています。
オーウェル好きよりは開高健のファンにおすすめバージョンですが、元版を完全収録していない点が少し引っかかります。
価格は他の文庫と比べると一番高いです。

というわけで、まとめますと、

◎本編だけを読むなら
 ソ連を知らない若者は → ハヤカワepi文庫
 チャラチャラした雰囲気が嫌な読書子に寄す → 岩波文庫

◎本編以外も読みたいなら
 さらっと読みたい → 角川文庫
 しっかり読みたい → 岩波文庫(またはハヤカワepi文庫)+岩波文庫「オーウェル評論集」

◎開高健ファン
 一通り読みたい → ちくま文庫
 全て読みたい → ちくま文庫+角川文庫

ということになります。
どれが最強なのか、結局よくわかりません。