備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

仁義なき戦い

国書刊行会「笠原和夫傑作選」収録作品解説(第1回)

201809笠原和夫263

前回に続き、国書刊行会「笠原和夫傑作選」について。
今回からの記事では各巻に収録された作品を紹介していきたいと思います。

まずは第1回配本である「第二巻 仁義なき戦い――実録映画篇」。
笠原和夫といえばやはり実録路線が最も有名ですが、「仁義なき戦い」全作+「県警対組織暴力」という最高傑作がこの巻に揃って収録されています。
傑作選のシリーズを全部買うのは高いな……とお考えの方は、ひとまずこの一冊だけでも手元に置いておく価値があります。

「仁義なき戦い」(1973年 深作欣二・監督 菅原文太・主演)
「仁義なき戦い 広島死闘篇」(1973年 深作欣二・監督 菅原文太・主演)
「仁義なき戦い 代理戦争」(1973年 深作欣二・監督 菅原文太・主演)
「仁義なき戦い 頂上作戦」(1974年 深作欣二・監督 菅原文太・主演)
言わずとしれた、笠原和夫の代表作です。
幻冬舎アウトロー文庫に収録されたりなど、これまで何度か公刊されています。
「仁義なき戦い」シリーズは広島抗争を扱った菅原文太主演のものが5作ありますが、笠原和夫が執筆したのは4作目「頂上作戦」までです。笠原としてはここで完結のつもりだったのですが、会社が続編制作を強行し、高田宏治の脚本で「完結篇」が公開されることになります。これはこれで筆者は好きな映画ですが、笠原作品ではないため今回のようなシナリオ集ではなかなか収録されません。「完結篇」を読みたい方は、雑誌「シナリオ」1974年8月号を古本屋で探してください。




「県警対組織暴力」(1975年 深作欣二・監督 菅原文太・主演)
東映実録路線の最高傑作と評され、「映画シナリオの教科書」とも言われる名作です。笠原和夫は「昭和の劇」のなかで、「仁義なき戦い」取材中に仕入れたものの使いきれなかったエピソードを盛り込んだと語っています。タイトルは当時の東映社長だった岡田茂が思いついたもの。
悪徳刑事とやくざとの友情・癒着がテーマとなっています。
今年、映画が公開され話題となった「孤狼の血」は、この作品を下敷きにしています。
このシナリオは、これまで「笠原和夫 人とシナリオ」に収録されるなど、何度か公刊されています。

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「やくざの墓場 くちなしの花」(1976年 深作欣二・監督 渡哲也・主演)
「県警対組織暴力」に続き、この作品でもやくざと警察との癒着を描いています。実録路線の一編ではあるのですが、任侠映画のような味わいがあるドラマです。
戦後の暴力団は、在日朝鮮人を組織的に取り込んでいったと言われていますが、この作品ではそういった問題にも触れており、現実の闇と切り結ぶ笠原和夫の姿勢も見られます。「昭和の劇」では映画化にあたってシナリオから改変された部分も詳細に語られています。
このシナリオは、雑誌「シナリオ」1976年11月号に掲載されたことがありますが、書籍へ収録されるのは初めてのことと思われます。




「沖縄進撃作戦」(未映画化)
沖縄のやくざ抗争を描いた作品ですが、存命する関係者との調整が難航し、結局映画化されずにお蔵入りになってしまった作品です。企画はいったん流れた後、再始動し、神波史男・高田宏治の脚本、中島貞夫・監督によって、「沖縄やくざ戦争」として完成しました。笠原和夫の書いたシナリオから設定や人物関係をおおむね踏襲しています。
このシナリオは、笠原和夫の没後に刊行されたエッセイ集「映画はやくざなり」(新潮社)にも収録されています。

「実録・共産党」(未映画化)
前売券を日本共産党へ売りつけるべく、実録路線の一編として岡田茂社長が企画したもの。戦前、非合法な社会運動であった共産党を丹野セツを主人公に描いたシナリオが完成しますが、結局、未映画化に終わります(一説には、チケットをあまり買ってもらえなかったため)。これも笠原和夫の取材力が発揮された作品に仕上がっています。
この企画はやがて角川春樹の元へ流れ、タイトルを「いつかギラギラする日」と変え、深作欣二監督作品として話が進められますが、ここでも最終的に頓挫。タイトルのみが生き残り、15年後に松竹の奥山和由のプロデュースでアクション映画「いつかギラギラする日」が制作されますが、笠原和夫の「実録・共産党」とは全く別の映画になっています。
このシナリオは、笠原和夫と深作欣二の追悼号となった雑誌「映画芸術」2003年春号に収録されたほか、雑誌「en-taxi」の付録として刊行されたこともあります。

次回は第2回配本分について紹介します。




国書刊行会「笠原和夫傑作選」刊行開始!
笠原和夫 シナリオコレクション
笠原和夫を「読む」

国書刊行会「笠原和夫傑作選」刊行開始!

国書刊行会から「笠原和夫傑作選」と題して、全3冊のシナリオ作品集が刊行されます。
出版社のホームページによれば、今月22日が第1回配本で、毎月1冊ずつ出る予定とのことです。

笠原和夫の作品集、いずれはどこかの出版社がまとめるべき、と思っていましたが国書刊行会から出るとは。個人的には、岩波現代文庫から出ている「向田邦子シナリオ集」のようなスタイルで、文庫で出ることを期待していましたが(ちくま文庫あたりから)。
国書刊行会となるとかなりお値段が張りますが、とはいえ造本はしっかりしているし、なかなか絶版にしない出版社なので、これはこれで喜ぶべきことと思います。

というわけで、買うべきどうか悩んでいる方のために、どんな作品が収録されているのか、内容を紹介してみたいと思います。

収録タイトルはすでにホームページで公表されており、以下の通りということです。
【第1回配本】第二巻 仁義なき戦い――実録映画篇
「仁義なき戦い」
「仁義なき戦い 広島死闘篇」
「仁義なき戦い 代理戦争」
「仁義なき戦い 頂上作戦」
「県警対組織暴力」
「やくざの墓場 くちなしの花」
「沖縄進撃作戦」*
「実録・共産党」*

【第2回配本】第一巻 博奕打ち 総長賭博――初期~任侠映画篇 (2018年10月刊)
「風流深川唄」
「港祭りに来た男」
「祇園の暗殺者」
「めくら狼」
「博奕打ち 総長賭博」
「博奕打ち いのち札」
「女渡世人 おたの申します」
「映画三国志」(テレビ作品)

【第3回配本】第三巻 日本暗殺秘録――昭和史~戦争映画篇 (2018年11月刊)
「日本暗殺秘録」
「あゝ決戦航空隊」
「大日本帝国」
「昭和の天皇」*
「226【第1稿】」
「仰げば尊し」*
 *=未映画化作品
以前の記事(笠原和夫 シナリオコレクション)にも書いたのですが、筆者は一時期、笠原和夫のシナリオで公刊されているものを古本屋で片端から買って回ったことがあるため、収録作品のうち「これぞ」というものはすでに手元に揃っています。
そういう点で、レアな収録作品というものは特にないのですが、逆に笠原和夫にこれから親しんでいきたいという方には、必読の傑作が網羅されています。
笠原和夫の仕事を概観することができ、間違いなく「読んで面白い」シナリオ集に仕上がっていることは保証できます。

個々の作品紹介は次回以降として、今回の記事ではシリーズ全体のスタイルを見てみたいと思います。
まず注目すべきは、3冊のサブタイトルにある「初期~任侠映画篇」「実録映画篇」「昭和史~戦争映画篇」という分類。非常に的確で美しく分かれています。

笠原和夫は1950年代に東映へ入社し脚本家となります。当時の映画監督や脚本家は映画会社に所属し、会社の企画にあわせて作品を仕上げていく職人でした。笠原和夫も初期は美空ひばり主演映画や任侠映画のシナリオを職人的にこなしていっていたのですが、そのように量産される「任侠映画」に対する疑問が膨らんでくるようになります。東映のプログラムピクチャーが賛美する「やくざ」像を否定する物語として書かれたのが傑作として名高い「博奕打ち総長賭博」で、ここから職人にとどまらない、表現者としての笠原和夫がスタートしたと言えます。
第一巻はそのような時期の作品を集めています。

任侠映画の人気に陰りが見えてきたとき、笠原和夫は「仁義なき戦い」のシナリオ制作に取り組みます。任侠映画の様式美を捨て、暴力団のありのままの姿を描くべく、実際にあった広島抗争を題材にした飯干晃一のルポルタージュを原作に得て、さらに徹底的な取材を敢行。なまぐさい物語を作り上げました。
この作品一発で任侠映画はとどめを刺され、ここから東映は任侠路線に変わり、「実録路線」をスタートさせます。
「県警対組織暴力」は「実録路線」の最高傑作と評価されていますが、第二巻は未映画化作品を含めたこの時期の傑作を余さず収録しています。

笠原和夫は職人的にやくざ映画に関わってきましたが、作家としては昭和史・戦争史に対する造詣が深いことで知られ、戦争映画も数々の傑作を書いています。
第三巻に収録された作品は、時期は第一巻、第二巻とかぶるものもありますが、いずれも「昭和」「戦争」をテーマとした大作映画です。個人的には、数ある笠原作品の中でも特にお気に入りで、シナリオも映画も何度も何度も鑑賞し直している「あゝ決戦航空隊」「大日本帝国」の2篇が収録されているのが嬉しいところです。

次回は、個々の作品解説をしていきたいと思います。





ついでに、こっちの傑作インタビュー集も復刊してほしいですね。
昭和の劇―映画脚本家・笠原和夫
笠原 和夫
太田出版
2002-10





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笠原和夫 シナリオコレクション
笠原和夫を「読む」
文芸としてシナリオを読む

やくざ映画基礎講座その2/博徒と神農

201805仁義なき戦い218

千葉真一演じる「大友勝利」は「仁義なき戦い」シリーズの中でも一二を争う人気キャラですが、2作目「広島死闘編」では加藤嘉演じる父親との大喧嘩の最中、名セリフ「云うなりゃあれらはおめこの汁で飯喰うとるんで」を言い放ちます。
ファンのあいだではこのセリフばかりが取り上げられていますが、いったいこの親子がなぜ喧嘩をしているのか。それを理解しようと思うと、任侠映画の豆知識が必要になってきます。

そもそもは、敵対する村岡組が競輪場の警備を請け負ったことに腹を立てた勝利とその弟分たちが、競輪場で暴れまわり、そのことで父である大友親分から叱られるわけですが、勝利のこのセリフの直前、大友親分はこう言います。
「競輪は博奕じゃけん、博奕打ちのテラじゃろうが。神農道の稼業人が手をつけては、仁義が立たん云うちょるんど!」

村岡組は博徒、大友組は神農で、稼業が違う。競輪は博奕だから、博徒の村岡へ任せておけ、といっているわけです。
ひとくちにやくざといっても、稼業はさまざまあります。
例えば、日本最大の暴力団として有名な山口組はもともとは、神戸港へ接岸する貨物船の荷物を上げ下ろしする人足(沖仲仕)を取り仕切ることを稼業としていました。
さまざまな稼業の中でも、映画で描かれることが多いのは、やはり博徒と神農です。

神農というのは、テキ屋のことです。
現在も露天商組合など、合法的な組織にこの言葉が残っており、「神農」がただちに「指定暴力団」というわけではありませんが、例えば繁華街で営業する商店・飲食店から「みかじめ料」を徴収したりしている暴力団は神農の流れを汲んでいると言えます。
博徒は、博奕打ですが、自分たちが博奕を打つわけではありません。賭場を開催して、集まった客からテラ銭を徴収して稼いでいます。

村岡組と大友組の抗争に話を戻すと、もともとは博徒と神農とで稼業が分かれていたため、同じ地域で活動していても棲み分けができていました。
ところが、戦後のどさくさで稼業の線引が曖昧になり、縄張りが重なる部分ではどちらの組が仕事を請け負うかで揉めるようになってきた、ということになります。
この辺の事情がわかっていなくても、「仁義なき戦い」は勢いだけで面白く観られる映画に仕上がっているのですが、ちゃんとわかっているとストーリーそのもののメリハリがくっきり立ち上がってきて、面白さは倍増します。

話はずれるのですが、賭場は現在はもちろん、昔からずっと違法行為でした。
このため、警察の手入れがあります。
警官が踏み込んできた時、任侠映画に登場する博徒たちは、体を張ってお客さんを逃します。
懲役は自分たちが引き受けるから、お客さんは安心して、気持ちよく遊んでください、というのが任侠精神を持った博徒というわけです。
ちょっと前に、野球賭博に関与したとして、現役の野球選手や大相撲の力士・親方が、スポーツ界から追放されるという事件がありました。
筆者はこのニュースを聞いた時、スポーツ選手の不心得より、任侠道の衰退のほうがはるかに深刻だと思いましたね。報道によれば、博徒が客を売ったという状況であったわけなので。
こんな野郎は、健さんにお命頂戴されてろ!
と、任侠映画を見続けていると、やくざ関連のニュースに対しておかしな興味を持ってしまうようになってきます。

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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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