201803オペラの怪人190

「オペラ座の怪人」はフランスの作家ガストン・ルルーが1910年に発表した小説ですが、映画やミュージカルでもよく知られています。
しかし、それらを見ていると原作をかなりアレンジしており、全く忠実な映像化というものはありません。
なかでも、筆者はブライアン・デ・パルマ監督の「ファントム・オブ・パラダイス」のアレンジが不思議でした。

「ファントム・オブ・パラダイス(原題:Phantom of the Paradise)」は、20年ほど前、雑誌「映画秘宝」がはじめてのオールタイム・ベストを発表した時、堂々の1位に輝いたカルト映画と言ってよい作品です。
これはタイトルからもわかる通り「オペラ座の怪人(英題:Phantom of the Opera)」をロック業界に置き換えたもの、とされています。
DVDのジャケット裏に印刷されたあらすじはこんな感じです。

気は弱いが天才的なロック作曲家だったウィンスロー・リーチ。しかし、腹黒いレコード会社の社長スワンにより、自分の曲を盗作された上に無実の罪まで着せられてしまう。刑務所を脱走した彼は、レコードのプレス工場に忍び込んだ時、機械で顔半分を押しつぶされてしまった。仮面をかぶった怪人と化したウィンスロー。スワンの裏切り行為に激怒した彼は今や復讐の鬼となった――。

これだけ読むと、原作小説「オペラ座の怪人」との共通点は「仮面をかぶった怪人が暴れまわる」ということ以外、ありません。
もちろん、あらすじで言及されていないだけで、本編ではクリスティーヌに該当する歌姫フェニックスが登場し、ウィンスローは復讐だけではなく、フェニックスへの恋心にも衝き動かされています。
また、原作小説「オペラ座の怪人」では作中で「ファウスト」の舞台が演じられますが、この「ファウスト」というモチーフが「ファントム・オブ・パラダイス」では非常に重要で、後半のストーリーに大きな影響を与えています。

とはいえ、
盗作?
顔を押しつぶされた?
復讐?
というテーマが自然な流れで出てきて「あれ? 原作ってそんな話だったっけ?」と、ちょっと混乱してしまいます。

ところが、1943年の映画「オペラの怪人」を見ると「なるほど」と、このあたりの疑問を解消することできます。
この映画は第二次大戦中に製作されたものですが、かなり豪華なカラー映画です。
ここに登場するエリックは、オペラ座に所属する音楽家ですが、作曲した自信作を盗作され(というか、盗作された思い込み)、楽譜出版社の社長を絞め殺し、そのときに酸性の液体を浴びせられてひどい面相になってしまい、オペラ座の地下に隠れているという設定になっています。
ありゃ、「ファントム・オブ・パラダイス」の元ネタはここにあったのか、と初めて観たときには驚きました。

実はミュージカル版「オペラ座の怪人」にも、この映画「オペラの怪人」からの影響が見られます。
この映画では、エリックはクリスティーヌの父親であるという裏設定があります。つまり、父として娘に英才教育を施していたわけです。「裏設定」というのは本編中ではそれが仄めかされているだけで明確な言及はないのです。しかし、シナリオ段階ではこの設定が明記されていたそうです(WikipediaやDVD収録のメイキングより)。
ミュージカル版では、クリスティーヌはエリックその人に直接顔を合わせるまでは「音楽の天使の正体は死んだ父の魂だ」と思い込んでいますが、これは「オペラの怪人」の設定からの影響かな、と思います。(とはいえ、原作でも父が少女クリスティーヌに「音楽の天使を送ってやる」と話すくだりがあるので、いずれも原作からのアレンジとも解釈できますが)

ミュージカル版への影響はもう一つ、ミュージカルを映画化した2004年の映画「オペラ座の怪人」にも現れているように思いました。
以下は、いずれもエリックがクリスティーヌを地下の棲家へ連れ去るシーンです。(2004年版は有名な主題曲を歌いながら、前半で最も盛り上がるところ)

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いずれも、左が1943年版、右が2004年版です。
ただし、特に2004年版のこのシーンは、原作をかなり細かいところまで忠実に再現しており(違いはカンテラが松明になっているところくらい)、他の映画(例えば1925年のサイレント映画)でもだいたい同じような絵になっているので、ここも単に原作通りに映像化した、というだけかも知れません。
とはいえ、1943年版と2004年版とではセットの雰囲気がよく似ており、何かしら参考にしているではないかと感じました。

というわけで、原作小説だけでなく、1943年版の映画も見ておくと、いろいろなバージョンの「オペラ座の怪人」をより深く楽しめるのではないかと思います。









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