201711髑髏検校153

よく知られているとおり、横溝正史「髑髏検校」(1939年)はブラム・ストーカー「吸血鬼ドラキュラ」(1897年)の翻案小説です。
読み比べてみると、アイデアを借りたというレベルではなく、原作に非常に忠実に物語を展開していることがわかります。

登場人物の対照表を見てみましょう。

ドラキュラ伯爵 …… 髑髏検校
ヴァン・ヘルシング …… 鳥居蘭渓
ジョナサン・ハーカー …… 鬼頭朱之助
ミナ …… 琴絵
ルーシー …… 陽炎姫
アーサー・ホルムウッド …… 秋月数馬
レンフィールド …… 鳥居大膳

主要登場人物はほぼ一対一で対応しており、それぞれのエピソードもほぼ正確に再現されていることがわかります。
一人だけ、鳥居蘭渓の次男、縫之助だけは原作に該当する人物がいませんが、エピソード面から見るとジョナサン・ハーカー、アーサー・ホルムウッドの役を一部、引き受けている形になります。
ゴシックホラーの名作を、江戸を舞台にした怪奇小説に見事に置き換えており、横溝正史はストーリーテラーとしての手腕を存分に発揮しています。

横溝正史が「髑髏検校」を執筆した1939年(昭和14年)には、日本でのドラキュラの知名度はどの程度だったのでしょうか。
日本語の完訳が初めて刊行されたのは、実は今も手に入る創元推理文庫版・平井呈一訳です。それ以前にも同じく平井呈一による抄訳が刊行されたことはありましたが、これも戦後のことで、「髑髏検校」以前には邦訳はありませんでした。
したがって、横溝正史は「ドラキュラ」を原書で読んでいます。
エッセイ集「横溝正史の世界」(以前の記事参照)に収録された都筑道夫との対談「われら華麗なる探偵貴族」の中で、これについて以下のように語っています。

都筑 お書きになるときに、ベラ・ルゴシの映画「ドラキュラ」はごらんになっていたのですか。
横溝 見ていませんでした。しかし、評判は知っていました。水谷(準)君から本を送られて初めて「ドラキュラ」を知ったといういうんじゃなかった。
都筑 そうすると、あの膨大な原書を全部、お読みになったんですか。
横溝 いや、もう三分の一ぐらい読んで、だいたいわかった、というのでね(笑)。

ベラ・ルゴシの映画というのは、1931年にユニバーサル映画「魔人ドラキュラ」(トッド・ブラウニング監督、ベラ・ルゴシ主演)のことです。
この映画が大ヒットしたため、ドラキュラは一躍、世界的な有名キャラクターとなったのです。ホラー映画の古典的名作として、現在もDVD、Blu-rayなどで鑑賞可能です。

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しかし、この映画は原作をかなり脚色しており、原作への忠実度では「髑髏検校」の方が圧倒的に上です。
横溝正史の発言「三分の一くらい読んで」というのは、おそらくは半分冗談で「精読はしなかった」という程度だと思います。でないと、ここまで正確な再現は期待できません。逆に、映画で脚色されている部分は「髑髏検校」には一切の影響を認められないため、映画は見ていない、という発言はそのとおりなのだろうと思われます。

「吸血鬼ドラキュラ」は手紙や日記の集合体という形式で物語られており、かなりの大長編です。
一方の「髑髏検校」は文庫で150ページほどの中編と言ってよい長さで、とても読みやすく仕立てられています。
「ドラキュラ」を映画などで見て、原作へ興味を持ったものの、なかなか手を出せない、という方は「髑髏検校」を試されてはいかがでしょうか。児童向けのダイジェスト版を読むよりも遥かにうまく、原作の持ち味を再現している作品です。

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