備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

ちくま文庫

押川春浪、黒岩涙香……ちくま文庫「明治探偵冒険小説集」収録作品

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6日に放映の始まった大河ドラマ「いだてん」を見ていたら押川春浪が登場していましたので、それにちなみ、ちくま文庫の「明治探偵冒険小説集」というアンソロジーをご紹介します。
押川春浪の著書として刊行されたものとして最も新しいものは、このシリーズに収録された「押川春浪集」ではないかと思います。

このシリーズは伊藤秀雄氏が編纂しています。
氏は黒岩涙香の研究家として名高く、晶文社から刊行された『明治の探偵小説』で日本推理作家協会賞を受賞しています。引き続き三一書房から刊行された『大正の探偵小説』『昭和の探偵小説』『近代の探偵小説』が代表作でしょう。

「明治探偵冒険小説集」の1巻目は専門である涙香集で、「幽霊塔」を収録しています。ちくま文庫がこのアンソロジーを刊行したのが2005年で、これは、「幽霊塔」の原作が「灰色の女」と特定はされたものの、まだ翻訳はされていないタイミングでした。解説には、この経緯が詳しく書かれており、筆者などはこれを読んで初めて、原作が発見されたことを知ったものです。「幽霊塔」そのものは、いまや青空文庫でも読めますが、本書の刊行はなかなか意義深いものでした。

押川春浪は、代表作といえばまず「海底軍艦」が思い浮かびますが、本シリーズは「探偵小説」と銘打っているため、入っていません。「海底軍艦」の一番最後の刊本は三一書房「少年小説大系 第2巻 押川春浪集」かなと思います。これは箱入りの高価な本でしたが、実は今は青空文庫で公開されており、kindleで無料で読めます。



最終巻は短編集で、幸田露伴や谷崎潤一郎の作品が収録されています。
特に露伴の「あやしやな」は、涙香の「無惨」と並び、日本探偵小説最初期の作品とされており、アンソロジーにはときどき収録される有名な作品です。

以下、収録作品です。

『黒岩涙香集 明治探偵冒険小説集1』

幽霊塔
生命保険
解説(伊藤秀雄)

『快楽亭ブラック集 明治探偵冒険小説集2』

流の暁
車中の毒針
幻燈
かる業武太郎
解説(伊藤秀雄)

『押川春浪集 明治探偵冒険小説集3』

銀山王
世界武者修行
魔島の奇跡
解説(伊藤秀雄)

『傑作短編集 露伴から谷崎まで』

あやしやな(幸田露伴)
弁護美人(梅の家かほる)
化物屋敷(丸亭素人)
名人藤九郎
少年の悲哀(国木田独歩)
難船崎の怪(滝沢素水)
汽車中の殺人(三津木春影)
秘密(谷崎潤一郎)
指の秘密(姫山)
解説(伊藤秀雄)

多岐川恭「落ちる」ちくま文庫で復刊予定

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先日の記事(「個人的に復刊を希望する昭和のミステリ」)のなかで、多岐川恭「落ちる」をぜひ、ちくま文庫へ、と書いたところ、7月の新刊で本当に「落ちる」が復刊されるようです(上の画像は2001年の創元推理文庫版)。といっても、別に筆者の希望が叶えられらというわけではなく、ちくま文庫なら復刊してくれそう、という予測が当たったという話ですが。



多岐川恭の「落ちる」は1958年に刊行された著者の第一短編集で、表題の「落ちる」ほか「ある脅迫」「笑う男」の3作合わせて直木賞を受賞しています。
この当時の直木賞受賞作というと、ミステリ的な仕掛けよりも文学性に重きを置いた作品か、と思われるかも知れませんが、全くそんなことはなく、ミステリとしての魅力が詰まった非常にレベルの高い傑作が並んでいます。いずれも江戸川乱歩責任集時期の「宝石」で発表されています。

表題の短編「落ちる」は、自己破壊衝動を過度のそなえた神経症の男が主人公。
自殺衝動に怯えながら、夫婦生活を送っていますが、妻の殺意を疑い、ある行動に出ます。
俗にいう「メンヘラ」男が主人公なのですが、痛々しい描写がサスペンスを生んで、読み始めると止まりません(といっても短編なのであっという間に読めますが)。
この時代を代表する、名短編だと思っています。
しかし、このようなある種文学的な作品ばかりが並んでいるわけではなく、例えば二編目の「猫」はカーの「皇帝のかぎ煙草入れ」に挑戦するかのような本格的なトリックが仕掛けられたミステリです。
「笑う男」は倒叙ミステリで、予想の斜め上を行く展開に驚かされます。
非常にバラエティに飛んだ作風を堪能できます。

今回のちくま文庫の復刊は、2001年版の創元推理文庫版と若干、収録作が異なるように思われます。
創元推理文庫版では、短編集「落ちる」に加え、初期短編の「みかん山」「黒い木の葉」「二夜の女」を追加収録していました。このうち「みかん山」「黒い木の葉」の2編は第二短編集「黒い木の葉」からの再録です。
今回のちくま文庫版は「全14編」という話数から考えて、短編集「落ちる」と「黒い木の葉」とをまるまる収録すると思われ、創元推理文庫版より収録数が増えます。「二夜の女」だけが抜けることになるでしょう。
この短編集がよく売れれば、結城昌治のように長編が続けて刊行される可能性もあり、その場合には「異郷の帆」あたりが来るのでは、とこれまた勝手な推測をして盛り上がっていますので、ぜひ話題になってほしいものようです。
筆者も創元推理文庫版は今も大事に手元に置いていますが、第二短編集は読んだことがないため、今回のちくま文庫版も楽しみに読みたいと思っています。

ところで、以下は曖昧な話なのですが、この多岐川恭の「落ちる」ってテレビドラマになったことあるんでしょうか?
子どもの頃に、「デパートの屋上から落ちるけど落ちない」というシーンをテレビで見たような気がして仕方ありません。
Webで調べてみてもそれらしい情報がないため、全く別の話に同じようなシーンがあっただけかもしれませんが。

刊行後追記:収録作品は以下の通りでした。
落ちる★
猫★
ヒーローの死★
ある脅迫★
笑う男★
私は死んでいる★
かわいい女★
みかん山★
黄いろい道しるべ
澄んだ眼
黒い木の葉★
ライバル
おれは死なない
砂丘にて
あとがき(『落ちる』)★
あとがき(『黒い木の葉』)★
★印は創元推理文庫版にも収録。「砂丘にて」は単行本初収録とのこと。

関連記事:
個人的に復刊を希望する昭和のミステリ
 

ちくま文庫「山田風太郎明治小説全集」収録作品一覧

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ちくま文庫「山田風太郎明治小説全集」はその名の通り、山田風太郎の明治小説と呼ばれる作品群を集大成したものですが、1997年の刊行からずっと版を重ねている驚異的なロングセラーです。
山田風太郎は「忍法帖」「明治小説」「室町もの」など、特にシリーズというわけではないものの、同じテーマの作品を量産する傾向があり、その中でも明治小説は非常に人気があるのですが、この人気、ひいては今日に至る山田風太郎ブームにおいてこの全集の果たしている役割は計り知れないものがあります。
そんなわけで、全集各巻の収録作品一覧をご紹介してみます。
表題作は主に長編ですが、短編も網羅している全集であることがおわかりいただけるかと思います。
(各書名のリンク先はAmazon)

山田風太郎明治小説全集 1 警視庁草紙 上

警視庁草紙

山田風太郎明治小説全集 2 警視庁草紙 下

警視庁草紙
解説(和田忠彦)

山田風太郎明治小説全集 3 幻燈辻馬車 上

幻燈辻馬車

山田風太郎明治小説全集 4 幻燈辻馬車 下

幻燈辻馬車
明治忠臣蔵
天衣無縫
絞首刑第一番
解説(鹿島茂)

山田風太郎明治小説全集 5 地の果ての獄 上

地の果ての獄

山田風太郎明治小説全集 6 地の果ての獄 下

地の果ての獄
斬奸状は馬車に乗って
東京南町奉行
首の座
切腹禁止令
おれは不知火
解説(縄田一男)

山田風太郎明治小説全集 7 明治断頭台

明治断頭台
解説(日下三蔵)

山田風太郎明治小説全集 8 エドの舞踏会

エドの舞踏会
解説(田中優子)

山田風太郎明治小説全集 9 明治波濤歌 上

明治波濤歌

山田風太郎明治小説全集 10 明治波濤歌 下

明治波濤歌
解説(関口夏央)

山田風太郎明治小説全集 11 ラスプーチンが来た

ラスプーチンが来た
解説(津野海太郎)

山田風太郎明治小説全集 12 明治バベルの塔

明治バベルの塔
明治暗黒星
解説(橋本治)

山田風太郎明治小説全集 13 明治十字架 上

明治十字架

山田風太郎明治小説全集 14 明治十字架 下

明治十字架
明治かげろう俥
黄色い下宿人
解説(清水義範)

関連記事:
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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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