備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

平成ミステリ叢書

新潮社「新潮ミステリー倶楽部」(1988年~2002年)刊行リスト

平成元年前後から四六判ハードカバー書き下ろしミステリのブームを形成したシリーズを紹介していますが、今回は「新潮ミステリー倶楽部」です。
これは、各社から刊行されたシリーズのなかで最もブランドイメージを確立していたものでした。「新潮ミステリー倶楽部の新刊ならとりあえず読んでおこう」という読者も少なからずいたはずです。
背表紙に押された著者の指紋が目印で、平野甲賀がデザインした非常に好感の持てる装丁でした。
収録作品は本格ミステリよりは冒険小説・ハードボイルドが多く、同時期にスタートした「このミス」には数多くの作品がランクインしました。特に95年は「ホワイトアウト」「鋼鉄の騎士」「蝦夷地別件」で1位から3位を独占するという、快挙を達成しています。
そもそも、新潮社はこのシリーズを創刊するまではそれほどミステリに力を入れていたわけではありませんでした。しかし、新潮ミステリー倶楽部、さらに同年に日本推理サスペンス大賞もスタートし、あっという間に国内ミステリを席巻してしまったわけです。
このあたりの事情は新保博久「ミステリ編集道」(本の雑誌社)に創刊当時の担当編集者のインタビューが載っており、裏話が詳しく語られています。(指紋押捺を拒否した作家が一人だけいたとか)

ミステリ編集道
新保 博久
本の雑誌社
2015-05-21


個人的には、やはり岡嶋二人の解散作「クラインの壺」および井上夢人の再デビュー作「ダレカガナカニイル…」が印象深いですね。この2冊は、本当に何度読み返したことか。
また、綾辻行人「霧越邸殺人事件」、宮部みゆき「レベル7」という大作2冊が同時に刊行されたときも、かなり興奮しましたね。といっても、そのときに買ったのは「霧越邸」だけでしたが、こういう重厚な雰囲気の本格を待っていた!という気分でした。
その他、このシリーズに関しては思い入れの強く作品がずらずらと並んでいます。死ぬまでには全作品制覇を狙ってもいいかなあ、と半分くらい本気で考えていたりもします。

景山民夫 「遥かなる虎跡」(1988年)
逢坂 剛 「さまよえる脳髄」(1988年)
佐々木譲 「ベルリン飛行指令」(1988年)
日下圭介 「黄金機関車を狙え」(1988年)
井沢元彦 「忠臣蔵元禄十五年の反逆」(1988年)
三浦 浩 「ブルータスは死なず」(1988年)
青柳友子 「あなたの知らないあなたの部屋」(1988年)
黒川博行 「切断」(1989年)
本岡 類 「白い手の錬金術」(1989年)
東野圭吾 「鳥人計画」(1989年)
小杉健治 「土俵を走る殺意」(1989年)
由良三郎 「完全犯罪研究室」(1989年)
井上 淳 「赤い旅券」(1989年)
佐々木譲 「エトロフ発緊急電」(1989年)
岡嶋二人 「クラインの壷」(1989年)
保田良雄 「軍艦島に進路をとれ」(1989年)
楢山芙二夫 「傷だらけの銃弾」(1989年)
山崎光夫 「ヒポクラテスの暗号」(1990年)
高橋義夫 「北緯50度に消ゆ」(1990年)
久松 淳 「」(1990年)
綾辻行人 「霧越邸殺人事件」(1990年)
宮部みゆき 「レベル7」(1990年)
多島斗志之 「クリスマス黙示録」(1990年)
志水辰夫 「行きずりの街」(1990年)
山崎洋子 「熱帯夜」(1991年)
高村 薫 「神の火」(1991年)
井上夢人 「ダレカガナカニイル…」(1992年)
高村 薫 「リヴィエラを撃て」(1992年)
伴野 朗 「白公館の少女」(1992年)
小池真理子 「夜ごとの闇の奥底で」(1993年)
折原 一 「異人たちの館」(1993年)
本岡 類 「真冬の誘拐者」(1993年)
帚木逢生 「臓器農場」(1993年)
斎藤 純 「百万ドルの幻聴」(1993年)
佐々木譲 「ストックホルムの密使」(1994年)
若竹七海 「火天風神」(1994年)
藤田宜永 「鋼鉄の騎士」(1994年)
船戸与一 「蝦夷地別件 上」「蝦夷地別件 下」(1995年)
北川歩美 「僕を殺した女」(1995年)
真保裕一 「ホワイトアウト」(1995年)
天童荒太 「家族狩り」(1995年)
白川 道 「海は涸いていた」(1996年)
北川歩美 「硝子のドレス」(1996年)
乃南アサ 「凍える牙」(1996年)
森山清隆 「髑髏は長い河を下る」(1996年)
高村 薫 「神の火」(1996年)
永井するみ 「枯れ蔵」(1997年)
黒川博行 「疫病神」(1997年)
熊谷 独 「エルミタージュの鼠」(1997年)
北川歩実 「猿の証言」(1997年)
佐々木譲 「ワシントン封印工作」(1997年)
雨宮町子 「骸の誘惑」(1998年)
永井するみ 「樹縛」(1998年)
森山清隆 「さらばスティーヴンソン」(1998年)
加治将一 「夜は罠をしかける」(1998年)
戸梶圭太 「闇の楽園」(1999年)
響堂 新 「紫の悪魔」(1999年)
沢木冬吾 「愛こそすべて、と愚か者は言った」(1999年)
響堂 新 「血ダルマ熱」(1999年)
森 博嗣 「そして二人だけになった」(1999年)
野崎六助 「煉獄回廊」(1999年)
戸梶圭太 「溺れる魚」(1999年)
雫井脩介 「栄光一途」(2000年)
永井するみ 「大いなる聴衆」(2000年)
乃南アサ 「」(2000年)
伊坂幸太郎 「オーデュボンの祈り」(2000年)
小川勝己 「眩暈を愛して夢を見よ」(2001年)
戸梶圭太 「未確認家族」(2001年)
伊坂幸太郎 「ラッシュライフ」(2002年)
湯川 薫 「百人一首 一千年の冥宮」(2002年)
小川勝己 「撓田村事件」(2002年)

さて、新潮ミステリー倶楽部と言えば、もう一つ印象深かったのは、カバー袖にある刊行予告でした。
笠井潔、法月綸太郎、島田荘司と、「ああ、こんな作家たちが新潮ミステリー倶楽部から新作を出したらどんなにすごい傑作が出るんだろう」と思うような名前がずらりと並んでいたのです。
笠井潔は「鏡の国の殺人」とタイトルまで予告していました(これは「鏡の国のアリス」ではなくル・カレ「鏡の国の戦争」を念頭に置いたものだったようです)。
ところが、この3名、結局新潮ミステリー倶楽部からは新作は出ませんでした。
島田荘司はその後「写楽」を新潮社から出したので、なんとか約束を果たした形になります。
しかし、法月綸太郎が新潮社から出した「挑戦者たち」は、まさかコレを「新潮ミステリー倶楽部」から出すつもりだったとは思えません。さらに笠井潔に至っては未だに新潮社から本を出したことはありません。
このお二方には、新潮社との約束を反故にしないで、いつか「新潮ミステリー倶楽部」にふさわしい作品を書いてほしいものだと、実は未だに待ち続けていたりします。

日本経済新聞社「エコノミステリー」(1991年)刊行リスト

平成初期にあちこちの出版社から続々刊行された四六判ハードカバー書き下ろしミステリのシリーズを紹介していますが、今回はあまり目立たないうち、あっという間に終わってしまった日本経済新聞社「エコノミステリー」をご紹介します。

このシリーズが刊行された平成3年頃は、講談社「推理書き下ろし」、東京創元社「鮎川哲也と十三の謎」、新潮社「新潮ミステリー倶楽部」などがベストセラーや話題作をたくさん刊行しており、「四六判ハードカバー書き下ろしミステリ」という形態そのものがブームになっている印象がありました。
そこへ突然登場したのがこのシリーズ。出版元は日本経済新聞社。
日経新聞の出している文芸書って、「下天は夢か」くらいしか印象になかったのですが、書き下ろしミステリを出すとは驚天動地、というか、かなりの違和感がありました。
しかもシリーズ名は「エコノミステリー」。ビジネスや経済をテーマにした作品を取り揃えています。
とはいえ「日経新聞の出すミステリなんか面白いんかいな」と、当時高校生だった筆者は非常に胡散臭いものを感じて、折原一すら読まずにスルーでした。

なかなかの人気作家を揃えており、何度か文庫化された作品もあります。
ただしその中で、谷克二という方だけは知りませんでした。
また、坂本光一は昭和63年に「白色の残像」で乱歩賞を受賞しており、東大野球部出身という触れ込みでした。あまり作品を発表することなく消えてしまっていたのですが、実は昨年、時代小説作家として本名で再デビューしていたと、この記事を書くために調べていて初めて知りました。しかも、日本経済新聞出版社から。となると、最もこのシリーズの恩恵に与っていたのは坂本光一だった、ということになるのかもしれません。

刊行リスト
井沢元彦 「ハンの法廷」(1991.2)
折原一 「丹波家殺人事件」(1991.3)
坂本光一 「ヘッドハンター」(1991.3)
谷克二 「フィナンシャル・ゲーム」(1991.5)
辻真先 「ユートピア計画殺人事件」(1991.9)
佐々木譲 「ハロウィンに消えた」(1991.9)
黒川博行 「大博打」(1991.12)

すみません、一冊も読んでいません。

東京創元社「鮎川哲也と十三の謎」(1988~1989年)刊行リスト

前回の記事では講談社の「推理特別書き下ろし」をご紹介しましたが、今回はほぼ同時期にやはり四六判ハードカバーで刊行されていた東京創元社の「鮎川哲也と十三の謎」です。

刊行時期もかぶっており、判型も同じなのですが、当時この2つのシリーズが同列に語られることは全くありませんでした。収録作品の内容があまりにもかけ離れていたからです。読者層はある程度かぶっていたと思いますが、それでも別物と認識されていました。
ノベルス全盛の時代に、敢えて四六判ハードカバーで書き下ろし作品を刊行していたという点だけが共通していますが、とはいえ、新潮ミステリー倶楽部なども含めてのこの流れが、その後、四六判ハードカバーのミステリ作品が隆盛することになる呼び水になったような印象は持っています。

それはともかくとして、この「鮎川哲也と十三の謎」は折原一、有栖川有栖、宮部みゆき、北村薫、山口雅也の実質的なデビュー作を刊行したということで、今や伝説的な存在です。
そもそも東京創元社は翻訳出版中心の出版社のため、講談社とは違って、日本人ベテラン作家との付き合いはありません。このため、書き下ろしシリーズを出すにあたっても依頼できる作家がおらず、つてをたどって無名の新人へ依頼するという形になったそうです。そのような無理矢理の企画が、こんなものすごいメンバーを輩出するというのは、奇跡というよりありません。
ただし、これはそれぞれが大御所になった今だから言えるのであって、当時の筆者は「聞いたことのない作家ばかり集めているのに値段だけ高い」という印象を持っていました。実際、書店でもあまり売れているような雰囲気はありませんでした。かなり長いあいだ店頭には並んでいましたが、増刷を繰り返しているわけではなく、初版がずっと売り切れないだけという印象。
ただ、その中にあってもやはり「生ける屍の死」「月光ゲーム」「空飛ぶ馬」の3冊だけはただならぬ存在感を放っていましたね。当時中学生の筆者には気軽に買えない価格だったため、実際に読んだのはそれぞれが文庫になってからなのですが。

折原 一 「倒錯の死角」(1988年)
山崎 純 「死は甘くほろ苦く……」(1988年)
岩崎正吾 「風よ、緑よ、故郷よ」(1988年)
有栖川有栖 「月光ゲーム Yの悲劇'88」(1989年)
宮部みゆき 「パーフェクト・ブルー」(1989年)
北村 薫 「空飛ぶ馬」(1989年)
笠原 卓 「仮面の祝祭2/3」(1989年)
紀田順一郎 「鹿の幻影」(1989年)
辻 真先 「犯人 存在の耐えられない滑稽さ」(1989年)
種村直樹 「長浜鉄道記念館」(1989年)
山口雅也 「生ける屍の死」(1989年)
鮎川哲也 「白樺荘事件」(未刊)
今邑 彩 「卍の殺人」(1989年)

この叢書についての一通りの情報はWikipediaにも書かれていますが、この企画に携わった編集者・戸川安宣氏の回顧録「ぼくのミステリ・クロニクル」には裏話がたくさん載っており、非常に興味深いものでした。

ぼくのミステリ・クロニクル
戸川安宣
国書刊行会
2016-11-17


また、ミステリの書き下ろしシリーズには必ず発生する問題「未刊作品」ですが、鮎川哲也の「白樺荘事件」は、結局タイトルの予告だけで刊行されることはありませんでした。
ところが昨年、論創社から未完の状態で刊行されたため、ファンはビックリでした。



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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
ブログ更新通知:https://twitter.com/squibbon19

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