備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

平成ミステリ史

平成ミステリ私的ベスト

201812このミス304

今年の「このミス」は創刊30周年、加えて平成最後、ということで歴代1位の中から「キング・オブ・キングス」を決める、という企画を載せています。
1位になったのは当然のようにあの作品でしたが、しかし、あらゆるランキングで常にトップを取る恐るべき高評価なのに、筆者の実生活では、周りにこの本を知っている人がぜんぜんいないのはなぜ?

それはともかく、便乗して筆者の平成ミステリベストを振り返ってみようと思います。
対象は、「このミス」の対象になりそうな本。ランクインしているとは限りません。
一応、一作家一作品に限りたいと思います。
発表年順にご紹介しましょう。

奇想、天を動かす(平成元年)


島田荘司の傑作は、初期に集中しており、「占星術殺人事件」「斜め屋敷の犯罪」「異邦の騎士」「北の夕鶴2/3の殺人」「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」と、全て昭和の作品です。
平成に入ってからも数多くの作品を発表していますが、昭和の作品に比べると切れ味が今一つという印象がなくもない。
その中で、「奇想、天を動かす」は「本格ミステリー宣言」とほぼ同時に発表され、島田荘司の考える「本格」が炸裂した奇跡的な作品だと思っています。
本書を皮切りに、その後毎年秋になると「暗闇坂の人喰いの木」「水晶のピラミッド」「眩暈」「アトポス」と、超大作を発表するのが恒例になりました。

砂のクロニクル(平成3年)


船戸与一も同じく、「山猫の夏」「猛き箱舟」など切れ味鋭い傑作は昭和時代に集中していますが、平成に入ってからは「砂のクロニクル」「蝦夷地別件」など、設定に深みのある、初期とは違った魅力を持つ大作を続けて発表しました。
中でも、筆者は本書が最高傑作だと思います。中東情勢を材にとりながら、船戸与一らしいアクションも堪能できます

生者と死者(平成6年)


数年前に、急にベストセラーになったりしていましたが、この本が出たときは興奮しましたね。直木賞をとっても、やっぱり泡坂妻夫は俺たちの泡坂妻夫だった!と感激しました。当時は雑誌「幻影城」の記憶が残っている時期だったので「幻影城ノベルスも小口アンカットだったよね」という会話も交わされたものです。
初版で2冊買いましたよ。

七回死んだ男(平成7年)

デビュー作の「解体諸因」や続く「完全無欠の名探偵」はピンと来なかったため、当時の新人の中ではパッとしない印象があったのですが、大間違い。本書「七回死んだ男」からのSF的な設定のミステリには毎回、大興奮でした。

天使の牙(平成7年)

大沢在昌は昭和デビューですが、「平成の作家」という印象ですね。「新宿鮫」シリーズも大好きですが、あえてこちらを。これほど興奮しながらこれほどのスピードで本を読む体験はめったにできません。しかも厚みもたっぷりの本で、堪能できました。ハリウッドで映画化してほしいくらいです。

オルファクトグラム(平成12年)

岡嶋二人は昭和で、井上夢人は平成。活動期間がきっぱり分かれていますが、筆者は岡嶋二人の作品も非常に新しい、新時代のミステリという印象を持ちながら読んでいました。
井上夢人のソロになってからますます先鋭的な作風になっていきますが、筆者が一番好きなのはこれ。「嗅覚を視覚化する」という超絶技巧によってあり得ない世界が目の前に現れます。やっていることがすごすぎるのに、すらすらと面白く読めてしまうミステリに仕立てる手腕は誰にも真似できません。

ウロボロスの純正音律(平成18年)

平成前期のミステリ界の貴重な記録でもある「ウロボロス」シリーズ。中でも筆者は「純正音律」を偏愛しています。これだけやりたい放題に見える設定ながら、「黒死館殺人事件」を意識した骨格を維持して、なおかつこの設定だからこそのミステリに仕上がっています。イロモノ扱いされていなければ、歴史的な名作と評価されてもおかしくないと思いますよ。

悪の教典(平成22年)

貴志祐介も凄腕のエンタメ作家です。どれもこれも傑作揃いですが、一番ハマったのはこれ。読み始めたら本当にやめられません。

マリアビートル(平成22年)

平成を代表するベストセラー作家ですが、筆者が一番好きなのはこれ。都筑道夫「なめくじに聞いてみろ」を連想するような殺し屋たちの狂騒曲。

スノーホワイト(平成25年)


「新本格以後」の本格ミステリ作家の中で、一番のテクニシャンは森川智喜ではないかと思っています。「デスノート」のような徹底した思考ゲームを展開しながら、ハチャメチャなコメディタッチですらすら読めてしまう。本書の他には「半導体探偵マキナの未定義な冒険」が印象に残っています。もっとたくさん読みたいものですが、寡作ですね。

関連記事:
平成ミステリ史私観(元年)

平成ミステリ史私観(10年)

平成10年。
この年も「このミス」ランキングを見ると、本格勢は鯨統一郎「邪馬台国はどこですか?」という今にして思えばかなりシブい短編集のみで、高村薫、宮部みゆきらの「エンタメ」勢(筆者の命名)が上位を占めました。

ところでこの年、本格ファンの話題をかっさらったのは「内ゲバ」事件ですね。
98年版の「この文庫がすごい!」に、「このミス」名物の「覆面座談会」が出張してきたのですが、ここで「間違いだらけの笠井潔」なる見出しのもと、笠井潔が当時連載中だった評論「ミネルヴァの梟は黄昏に飛びたつか?」における都筑道夫論を批判したところ、笠井潔が激昂。壮絶な反撃を開始したというものです。
他人の喧嘩を眺めるのが大好きな筆者は当時、ワクワクしながら経緯を見守っていました。
都筑道夫論については筆者としては匿名座談会出席者A氏(のちに笠井氏によって仮面を剥がされますが)の論のほうが妥当と感じますが、見事だったのは笠井潔の「左翼芸」。本物の活動家の文章力というものをまざまざと見せつけられ、大いに興奮したものです。
この記事を書くために、当時買い集めた関連誌を参照しようとしましたが……なんと、何も考えずに売っぱらってしまったようで手元に残っていませんでした。散逸。こうして歴史は失われていく……。
というほど大げさなものでもありませんが、もしかすると今のところミステリ界における最後の論争だったのではないかと思われる、この事件。
すでに20年も前のことで、若い人は知らないと思いますが、「ミネルヴァの梟は黄昏に飛びたつか?」は単行本にまとまっていますので、笠井潔の「芸」を追体験することは可能です。(Amazonで検索してみたら、古書がえらく高値で出品されていてビックリですが)




平成ミステリ史私観(9年)

笠原和夫シナリオ集刊行で大興奮してしまい、ミステリ史の記事をしばらく中断していましたが、再開します。

今回は平成9年についてです。
前回書いたとおり、「ミステリ」というジャンルは「エンターテインメント全般(ただしSFは除く)」という意味になってしまい、この年の「このミス」ランキングを見ると、見事に「本格」が見当たりません。
  1. OUT(桐野夏生)
  2. 黒い家(貴志祐介)
  3. 死の泉(皆川博子)
  4. 絡新婦の理(京極夏彦)
  5. 鎮魂歌 不夜城II(馳星周)
  6. 神々の山嶺(夢枕獏)
  7. 嗤う伊右衛門(京極夏彦)
  8. 逃亡(帚木蓬生)
  9. 三月は深き紅の淵を(恩田陸)
  10. 氷舞 新宿鮫VI(大沢在昌)
11位にようやく加納朋子「ガラスの麒麟」が入っているのが、本格勢の最高位でした。
「ミステリブーム」と言われながら、このような状況になっていることに対して「俺の読みたいミステリが売れていない!」と危機感を持った人が増えてきたようです。
この年から探偵小説研究会が「本格ミステリベスト10」の選定を始めるようになり、翌年には東京創元社から年刊のブックレットが出始めます。
とうとう、「このミス」から「本格」のみが分派した形です。
この年の1位は麻耶雄嵩「鴉」。2位が加納朋子「ガラスの麒麟」。
本格ファンには非常に納得の順位でした。
「本格ミステリベスト10」はその後、出版元を原書房へ変更して現在も刊行が続いています。
ちなみに、筆者がこの年、最も堪能したのは井上夢人の連作短編集「風が吹いたら桶屋がもうかる」でした。
井上夢人には珍しい「本格ミステリ」で、にもかかわらずいつもどおり井上夢人らしさが溢れている傑作です。実は未だに個人的なミステリのオールタイムベストの上位に位置しているのですが、刊行当時あまり話題にならず、井上夢人の代表作はほとんどが今も入手可能なのに、これはさっさと品切れになってしまっています。もう20年以上経っているけど、改めて講談社文庫あたりで拾ってもらえないものでしょうか。


profile

筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
ブログ更新通知:https://twitter.com/squibbon19

スポンサーリンク
ギャラリー
  • 岩波文庫的って?佐藤正午「月の満ち欠け」
  • 岩波文庫的って?佐藤正午「月の満ち欠け」
  • 岩波文庫的って?佐藤正午「月の満ち欠け」
  • 岩波文庫的って?佐藤正午「月の満ち欠け」
  • Video & TV SideViewはVPNでレコーダへ接続できない
  • ちくま文庫から都筑道夫「紙の罠」が復刊
プロフィール

squibbon

タグクラウド