備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

井上章一

「京都ぎらい」井上章一とは? おすすめ代表作 その4【ピンク編】

20170604パンツが見える087

さて、最終回となりましたが、井上章一が最も本領を発揮するのがこの路線です。
初回にご紹介した「雑学編」の一分野と考えることもできるのですが、スケベネタに異様な情熱を注ぎ、多くの話題書を執筆しています。本業の建築史以上に名声を得ている分野と言ってもよいかと思います。
あつかっているのは美人・ラブホテル・パンチラと、正直なところ学者が取り組むにはいかがなものかと思うような話ばかりなのですが、その点について『パンツが見える』のあとがきに、ある意味では感動的な一文があります。
曰く、学界はとかく「興味本位の研究」ということを嫌う。しかし、自分は興味本位でものをしらべている。「生涯一好事家」とほこりをもって、言い切りたい……
井上章一のすべての著作に共通する姿勢であり、だからこそ、読者にとってもこれほど面白い本が次々と生まれるんだな、と納得した次第です。
なお、この路線を「ピンク路線」としているのは、以下のエピソードによります。
『狂気と王権』という若干不敬な要素を含む作品を連載中、井上章一の職場である国際日本文化研究センターへ京都府警から「あいつはアカか?」という問い合わせが来たのだそうです。それに応対した当時の所長・梅原猛は「いや、あいつはピンクだ」と答えたとのこと。これは、「薄めのアカ」という意味ではなく、「スケベなネタばかり追いかけているから」という意味を含んでいるものでした。
『狂気と王権』の文庫版あとがきで、「自慢話」として紹介されています。

美人論 (朝日文庫)
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この路線で最初に書かれたのは『美人論』です。しばらく入手が難しい状況でしたが、『京都ぎらい』ヒットのおかげで、朝日文庫から新装版が出ました。
明治時代には美人は堕落しやすいと批判され、しかし現代においては女性は容貌の美しさのため努力を惜しまない。にもかかわらず、やはり面喰いは愚かなこととされる。
「美人」を巡るさまざまな価値観の変遷や言説を追ったものです。

愛の空間 男と女はどこで結ばれてきたのか (角川ソフィア文庫)
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ピンク路線で最も世評高いのが『愛の空間』でしょう。
これは日本人の性行為がどこで行われてきたのか、その歴史を追ったものです。待合、ソバ屋の二階、戦後の皇居前広場と時代ごとに人々はその場所を求め、やがてラブホテルの登場で意匠にも凝りはじめます。
かつては屋外でするのがふつうだった、ということの例証としてムツゴロウさんのエッセイを引用するなど、小ネタも効いており、ニヤニヤしながら読む耽ることができる本です。
一昨年、ようやく文庫になりましたが、残念なことに文庫版ではラブホテルの出現について書いた第6章、第7章が削除されています。あとがきによれば、内容にあまり自信を持てないためとのこと。
いずれ、この部分を充実させて一冊の本にしたい、ということなので、その日を気長に待ちたいと思います。



さて最後に筆者が一番好きな本です。
パンツが見えて何がそんなに嬉しいのか? という誠にどうでもよいことを徹底的に調べています。イグノーベル賞の対象に歴史研究が入っていれば、間違いなく受賞していたことでしょう。
またこの調査の過程で従来の通説が覆されたりもしています。たとえば日本の女性が下着をはくようになったのは、白木屋の火災の時、下から覗かれることを恐れてはしごでの避難をためらい、結果的に被害が拡大したため、と言われてきました。しかし、それがまったくの虚構であったと暴かれます。
とにかく興味の尽きない傑作読み物ですが、刊行後15年経っても未だ文庫になりません。そろそろ朝日文庫に入らないものかな、と思っているのですが……

関連記事:
「京都ぎらい」井上章一とは? おすすめ代表作 その1【雑学編】
「京都ぎらい」井上章一とは? おすすめ代表作 その2【関西編】
「京都ぎらい」井上章一とは? おすすめ代表作 その3【建築史編】
「京都ぎらい」井上章一とは? おすすめ代表作 その4【ピンク編】


「京都ぎらい」井上章一とは? おすすめ代表作 その3【建築史編】

20170602伊勢神宮086

さて、雑学編、関西編とご紹介してきましたが、今回の建築史編が井上章一の学者としての専門領域であり、力作・有名作品が並びます。
井上章一の学者としてのユニークな点は「学説史」を詳細に調べ上げるという点です。それによって、従来「定説」とされているものが、たいした根拠を持っていなかったり、場合によって時の権力の影響を受けたものだったりする様が浮かび上がってきます。
今回ご紹介する本には、いずれもそれが共通しています。
筆者としては、この書きぶりに、いかにも「京都人」らしい「いやらしさ」を感じてしまうのですが、これが読んでいてすこぶる面白いものです。

この路線で最初の本は『つくられた桂離宮神話』(1986年)でした。



日本的建築の象徴として、神格化して語られる桂離宮。しかし、著者にはその良さがよくわからない……というところから、いったい誰が賛美を始めたのか追求をしていきます。

法隆寺への精神史
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1994年の『法隆寺への精神史』もこの路線の重要作ですが、単行本が出たきりで未だに文庫化されていません。(井上章一の場合、文庫化されないのは著者の意向という可能性もありますが、この本がどうなのかはわかりません)
法隆寺はシルクロードの最果てである、ということで古代ギリシアのエンタシスが法隆寺の丸柱へ影響を与えているという話がよく紹介されます
しかし、これは実はたいした根拠のない通説なのです。このような話がどのようにして広まっていったのか、「法隆寺論」の変遷を追っていく内容です。



現在は講談社学術文庫に収められている『伊勢神宮と日本美』は単行本刊行時には『伊勢神宮 魅惑の日本建築』というタイトルで、朝日新聞が2010年「ゼロ年代の50冊」を選んだ際にはその一冊に選ばれるなど、非常に高い評価を受けています。
20年毎に繰り返されてきた遷宮によって、仏教伝来以前の日本の古代建築を現在に伝えるとされる伊勢神宮。しかし、これもいったい誰が言い出した説なのか?
これを追求することにより、東京大学建築史学の師弟関係に話が及んでいき、徹底的に批判されます(筆者が大好きな藤森照信も標的に)。また、万世一系の天皇を中心とする明治以降の思想が、学説へ与えた影響も検証されます。
一方で京都大学の建築史は自由な立場から研究を進め、著者はその姿勢を常に支持します。無論のこと井上章一自身が京大出身であることも関係すると思いますが、敢えて「東大VS京大」という構図を描くことで、読み物としても面白さがグッと増しているように感じます。



さて、この「東大VS京大」をさらに徹底的に描いた、というよりはほとんどそのことしか書いていない本が『日本に古代はあったのか』です。建築の話ではありませんが、路線は共通するのでここでご紹介しましょう。
日本史で「古代」と呼ばれる時期には、すでに西洋史は「中世」に入っています。時代が700年ほどもずれているのですが、いったいなぜこんなことになったのか?
井上章一はその原因を武家政権中心で歴史を語りたがる東大の「関東史観」に求めます。
そこには明治期の脱亜論の影響も認められるものであり、権力に寄り添った学説を展開する東大の学者に対する井上章一の筆先は「京都人のいやらしさ」全開で、痛快な読み物となっています。

「京都ぎらい」井上章一とは? おすすめ代表作 その2【関西編】

20170531阪神タイガースの正体084


ベストセラーとなった『京都ぎらい』にも書かれているとおり、井上章一は京都(ただし洛外の嵯峨)で生まれ育ち、京都大学で建築を学び、その後も京都にある国際日本文化研究センターで研究職を務めているという経歴の持ち主です。
このため、関西という地域に対してことのほか思い入れが強く、関西人ならではの著作もいくつかあります。

関西人の正体 (朝日文庫)
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井上章一らしい雑学を交えながらも、気楽に読めるエッセイという趣きの本です。関西愛に溢れています。
関西弁について語った最初の章が特に秀逸。
日本の標準語が江戸のアクセントに基づいているのは、関ヶ原で西軍が負けて政権が江戸へ移ったから。ということは、西軍さえ勝っていれば、標準語は関西弁だったのではないか? さらにいえば、商売に長けた関西人が鎖国などするはずがない。どんどんと海外へ侵出し、やがてはインド洋沖でイギリス艦隊と決戦、そこでも勝っていれば、世界の標準語は英語ではなく関西弁になっていたはず……
という、完全に妄想ではありますが、説得力があり、思わずあり得たかもしれないもう一つの歴史に思いを馳せてしまいます。
また、第三章「京都の正体」は、『京都ぎらい』にも通じる内容ですが、しかし「京都ぎらい」を公言はしていません。



この関西路線の最高傑作であるばかりでなく、井上章一の代表作の一つがこの『阪神タイガースの正体』です。10年ほど前にちくま文庫へ収録された後、しばらく入手困難でしたが、最近めでたく朝日文庫に収録されました。
阪神タイガースのファンはほぼ球団と一体化しており、強くても弱くても決して見捨てることがありません。なぜここまで熱狂してしまうのか? 自身もタイガースファンである著者の疑問からスタートしますが、話はどんどんと掘り下げられていき、球団の歴史のみならず、日本プロ野球の歴史が詳細に語られます。現在の熱狂がいかに形作られていったものかが、ファンならずとも納得できる本です。
 
さて、この『阪神タイガースの正体』の初版は2001年というタイガースが毎年のように最下位争いをしていた時期に刊行されたのですが、翌年から監督が星野仙一に変わり、2003年には18年ぶりの優勝をします。それを記念して(というか、まだ優勝確定前に)刊行されたのが『「あと一球っ!」の精神史』です。
ムックのような軽い仕上がりの本で、内容的にも『阪神タイガースの正体』とかぶるところもありますが、このような際物も書いたりします、ということでご紹介しておきます。

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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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