備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

島田荘司

島田荘司「火刑都市」復刊

202003火刑都市020

島田荘司「火刑都市」が改定完全版と銘打って講談社文庫から今月、刊行されます。長らく入手困難な時期が続いた初期傑作長編の復刊です。

改訂完全版 火刑都市 (講談社文庫)
島田 荘司
講談社
2020-03-13


この作品、一時期は島田ミステリの最高傑作に推す人も珍しくなかったくらいで紛れもなく代表作の一つでしたが、いつの間にか書店の棚からは消えてしまっていました。
久しぶりの復活は喜ばしいことです。
筆者は中学生の頃、文庫版が刊行されたとき読みましたが、その後、大人になり東京へ転勤した時に「せっかく東京へ来たからには『火刑都市』を読み直そう」とは思ったものの、そのまま読み直すことなくずるずる20年近く過ぎてしまったので、この機会に、今度こそ読み直してみたいと思います。

主役は警視庁の中村刑事。
この中村刑事という人は吉敷シリーズの常連である一方、御手洗シリーズにも顔を出し、両シリーズの橋渡しをしています。中村刑事が主役を務めるのは本作のみで、島田荘司ファンにとってはなかなか重要な一作です。

ところで、島田荘司氏ご本人のFacebookに、書店へ配布すると思われるPOPの画像が掲載されていました。
それを見ると「デビュー前に書いていた作品なのに……」という一文が見えます。
実はこれを読んで、ものすごく納得したことがあります。
今回はその話。

島田荘司の初期作品には「予告」が頻繁に出ていました。
例えば、デビュー2作目の「斜め屋敷の犯罪」では北海道警の牛越刑事が「例の赤渡雄造事件」で知り合った中村刑事(「火刑都市」の中村と同じ人物)に応援を頼み、その紹介で御手洗潔が登場します。
「赤渡雄造」という固有名詞が突然出てきて「斜め屋敷」を読んでいる読者にはなんのことかわからないのですが、第3作「死者が飲む水(死体が飲んだ水)」が発表されると、実はここで「例の赤渡雄造事件」が描かれているのです。
ほかには、「占星術殺人事件」の中では「異邦の騎士」事件について軽く触れられる会話があります。また「水晶のピラミッド」や「暗闇坂の人喰いの木」も作品発表より随分前から、別の作中で言及されていました。
この辺はわかりやすい「予告」なのですが、「火刑都市」については神業と言うしかない書き方で予告されてます。

「死者が飲む水」(昭和58年発表)は前述のとおり、北海道警の牛越と警視庁の中村が協力して事件を解決しますが、牛越が中村へ連絡を取ろうと東京へ電話を掛けると「某所へ外出中」ということで連絡を取れないというシーンあります。
実はこのとき、中村刑事は「火刑都市」の捜査中で、昭和62年に発表された本作を読むと、「死者が飲む水」で牛越が電話をかけたのとぴったり同日同時刻、かつて言及されていた通りの某所へちゃんと出かけているのです。
発表の順番を考えると、この「予告」は人間業とは思えず、作者の頭の中に広がる完璧な「世界」に驚嘆したものですが、なるほど、デビュー前に草稿が存在していたんですね。
とはいえ、世界設計の完璧さはやはり揺るぎませんが。

またそれと同時に、古典的な本格ミステリ復権の旗手と見られた島田荘司が、デビュー前から実は「死者が飲む水」や「火刑都市」などの渋い社会派刑事小説を書き溜めていたというのは、それはそれで興味深い話です。
島田荘司の初期作品は、本当に惚れ惚れするしかない渋い小説が揃っているんですよね。
というわけで、次回は「復刊を期待する初期作品」について書いてみたいと思います。

小学5年生の息子が読む「斜め屋敷の犯罪」

201908斜め屋敷の犯罪330

昨日、小学5年生の長男が取り組んでいる夏休みの工作を手伝っていたときのこと。
モーターで木の棒を回転させ、その動きを利用して模型を上下に動かそうとしていたのですが、そもそも設計の段階で恐るべき精密さを要求されるメカニズムで、これはムリだろうと思っていたところ、案の定、あちこちに引っかかって全くうまくいかない。
もうかれこれ半月くらい、この仕掛けを成功させようと頑張っていたわけですが、あきらめてガラリとやり方を変え、モーターで糸を巻き取り、模型を引っ張り上げるという形にすることにしました。

作業しながら、ふと「これは『本陣殺人事件』だなあ」とつぶやくと、ここ最近、すっかりミステリ好きになり、はやみねかおるばかり読んでいる息子がすごい勢いで「なにそれ、なにそれ」と食いついてきました。
そこで「本陣殺人事件」という、すごいトリックのミステリがあってね。そうそう金田一耕助のデビュー作だよ……という話をしていたわけですが、「その本持ってるの?読みたい読みたい!」と言い出したのには困りました。

筆者が「本陣殺人事件」を読んだのは小学6年生のときだったので、5年生の息子でも読めないことはないと思います。がしかし、この小説の動機は小学生には理解できないぜ?
かく言う、筆者も「初夜」だとか「処女」だとかいう概念は持ち合わせていないときにこの小説を読んだため、動機はいまいち理解できず。とはいえまあ、ミステリ的には動機は大きな問題ではないからまあいいか、ということで済ませてきましたが、しかし、よくわからんだろうということがわかっているのにオススメするのは、少々気が引けます(だったら、最初からタイトルを言わなければ良い話なんですが)。
とはいえ、せっかく息子が「面白いミステリに挑戦したい!」と意欲的になっているのを潰してしまうのももったいないので、おすすめのミステリを急いで考えましたよ。

まずは、「本陣殺人事件」から始まった話なので横溝正史で何か。
……うーん、全滅。
筆者が一番最初に読んだ横溝正史は、やはり小学6年生のときの「犬神家の一族」でしたが、子どもが生まれるメカニズムも知らず、いわんや「衆道の契り」なんてどんなことなのか皆目見当もつかない時期に読んだため、かなり面白く読んだ記憶はあるものの、事件の動機などを正確に理解できたのは、中学生になってからレンタルビデオで映画を借りてからでした。
他にも
「獄門島」……内容的に問題ないが、ミステリをあまり理解していない時期に読んでしまうともったいない、というのが筆者の持論。
「八つ墓村」……血の気が多い小説は苦手な様子なのでパス。
「悪魔が来りて笛を吹く」……「犬神家の一族」以上に小学生には難解。
……という感じで、ひとまず横溝正史をおすすめするのはやめました。

では、島田荘司ならどうか。
筆者が読んだのは中学2年生のときだったため、小学生よりは遥かに読解力があり、いま読み返してみても、初読時にほぼ完璧に楽しめていました。しかし、小学5年生にはどうか。
「占星術殺人事件」……冒頭の手記でつまづきそう。
「斜め屋敷の犯罪」……えーっと、これは……特に問題なし! これだ!

というわけで、息子には「本陣殺人事件」から全力で話をそらし、「斜め屋敷の犯罪」が驚天動地の大トリックを駆使したすごい小説であることを熱く語ると、まんまと「読みたい読みたい」と言い始めたため、工作はさっさと終わらせ、中学生の頃にあまりに読み返しすぎて小口が真っ黒になった「斜め屋敷の犯罪」(光文社文庫版)を貸し与えたのでした。
無事に最後まで読み通し、トリックはもちろん、ゴーレムを前にした御手洗の悪ふざけや、図書室での戦争シーンにも喜んでいたので、この作品の魅力はしっかりと読み取ってくれたようです。

さて、そうなると、今後は青い鳥文庫だけでなく、大人向けのミステリにも興味を示しそうですが、何を薦めたらいいんでしょうね。
自分の経験から言って、中学生になった何を読んでも理解できると思いますが、小学生となるとやはり作中で性愛が描かれていると(なおかつそれが事件の重要なポイントだったりすると)、今の時期に読んでしまうと理解できなくてもったいないな、と思ってしまいます。
まあ、そういう小説から男女の秘め事を学んでも別に構わないのですが、ストーリーがうまく理解できなくて作品の魅力が減じられるのは問題だなあ、と。

というわけでしばらくは、「小学生に本格ミステリを読ませる順番」について悩む日々を送ることになりそうです。

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島田荘司 初期エッセイ集一覧

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以前の記事にも書いたとおり、中学高校時代はかなり重度の島田荘司中毒者だったため、エッセイや評論など小説以外の著作にもくまなく目を通していました。
島田ミステリは度肝を抜かれるトリックだけでなく、ストーリーテリングという観点も非常に優れており、サスペンス小説の傑作も数多くあります。
読者に一気読みさせる強い物語を支えるのはやはり趣味と関心の広さです。それらを直接テーマにして語られているエッセイは、島田荘司の小説を読み解く上で非常に重要な存在と言えます。
というわけで、初期(平成10年頃まで)のエッセイをご紹介します。(リンク先はいずれもAmazon)


『砂の海の航海』1987年・新潮文庫(書下ろし)
島田荘司の初エッセイは、パリ・ダカール・ラリーの同行取材記でした。ミステリの話はほぼ出てきませんが、カラー写真も多数まじえた本で、島田荘司ファンであれば興味津々、とても楽しめる一冊でした。

ポルシェ911の誘惑
島田 荘司
講談社
1989-02

『ポルシェ911の誘惑』1989年・講談社
タイトルを見るとポルシェ911のことしか書いていない印象を受けますが、全くそうではありません。ポルシェの話は冒頭のみ。あとはクルマの話を中心に、島田荘司らしい社会論・日本人論が綴られています。Amazonのカスタマレビューを見ると異常に低評価ですが、これは島田荘司ファンではなくクルマ好きばかりが投稿しているためです。逆に言えば、自動車のことを全然知らなくても島田ファンであれば楽しめます。後に講談社文庫にも収録。

島田 荘司
PHP研究所
1989-11

『異邦人の夢』1989年・PHP研究所
初めてのエッセイ集らしいエッセイ集です。
さまざまな雑誌に掲載された趣味や生活について語ったエッセイを集めたもの。特にロンドンに長期滞在した記録やホームズについて語った一章はとても楽しい内容です。仕事場の新築について書かれた「酒中日記」は、雑誌掲載時に自宅までの詳細なルートを書き込んでしまい、これを読んだ歌野晶午が家を訪ねてきて、デビューに至ったという曰く付きのもの。後に徳間文庫「新・異邦人の夢」として収録。

本格ミステリー宣言
島田 荘司
講談社
1989-12

『本格ミステリー宣言』1989年・講談社
エッセイではなく評論、とも言えますが、冒頭の「本格ミステリー宣言」「本格ミステリー論」以外はおおむねエッセイです。綾辻行人、法月綸太郎らのデビュー時に寄せられた推薦文も全て収録されており、リアルタイムでノベルスを買っていた人たちには特に珍しくないものですが、あれから30年経った今となってはまとめて読めるのは貴重かもしれません。後に講談社文庫に収録。


『エンゼル・ハイ』1990年・PHP研究所
「異邦人の夢」と同じ体裁で刊行されたものですが、これは完全のクルマの本。本記事冒頭に「小説以外の著作にもくまなく目を通していました」と書きましたが、すみません、ウソです。本書は買ったは良いものの、いったい何が話題になっているかすらチンプンカンプンで、結局最後まで読めませんでした。クルマに興味のない方はスルーで良い本です。単行本が出たきり、文庫化や再刊はされていません。


『島田荘司の名車交遊録』1990年・立風書房
初期の島田荘司は本当に自動車の本ばかり書いていたわけですが、本書はかなり名著だと思います。
世界の名車について、写真とエッセイで構成されていますが、車の知識が全く無くてもかなり興味深く読めます。他のエッセイでも語られる島田荘司の愛車MGAも登場します。後に原書房から愛蔵版が出ましたが、初刊の方がかっこいい装丁です。


『パリダカ漂流』1991年・芸文社
「砂の海の航海」につづくパリ・ダカール・ラリー観戦記。今回はラリーの最中に湾岸戦争が勃発し、改めて読むと当時の緊張した空気を読み取ることができます。エッセイ集としては「砂の海の航海」の方がはるかに面白いですけどね。

自動車社会学のすすめ
島田 荘司
講談社
1991-08

『自動車社会学のすすめ』1991年・講談社
これまたクルマに関する本と思われるタイトルで、実際、ほとんどの話題は自動車に関することで占められていますが、島田荘司流社会派につながる話題も散見されます。クルマの濃度は「ポルシェ911の誘惑」と「エンゼル・ハイ」とのちょうど中間くらいでしょうか。熱心な島田荘司ファンは読んで見る価値はありますが、スルーしても大きな問題はありません。後に講談社文庫に収録。

島田 荘司
講談社
1994-07

『世紀末日本紀行』1994年・講談社
雑誌「フライデー」に連載されたフォトドキュメンタリー。A4判の大型本で、4660円(税別)という大変な本でした。当時、大学1回生でしたが、食費を切り詰めて買いましたとも!
かなり読み応えはある本で、島田作品に現れる社会派ネタが素のままで紹介されています。後に徳間文庫に収録。

アメリカからのEV報告
島田 荘司
南雲堂
1997-08

『アメリカからのEV報告』1997年・南雲堂
これこれ! 島田荘司クルマ本の最右翼で、「エンゼル・ハイ」以上に読んでも意味がわかりませんでした。そもそもこの本、本屋では全く見かけなかったため発行されていることに半年くらい気づいていませんでした。ところが行きつけの本屋の店頭に「検索システム」が設置され、物珍しさもあって「島田荘司」と検索してみたところ、この本が真っ先に上がってきたのです。当時、店頭に検索できるコンピュータを置いている本屋というのは珍しい存在でした。
しかし、こんな本、見たことも聞いたこともない。当時インターネット黎明期で、ミステリ好きのホームページがあちこちに開設されていましたが、そこでも誰も話題にしていない。
本気で同姓同名の別人を疑いましたが、しかし「南雲堂」からクルマの本を出す「島田荘司」が二人もいるわけない。
というわけで、取り寄せたところ、正真正銘、ミステリ作家・島田荘司の著作でしたが、ミステリ好きが誰も手を出さないのも納得の、ハードな自動車本でした。再刊はされていません。初刊から20年以上経っていますが、Amazonで見るとまだ出版社には在庫があるようですね。要するに売れていない。

というわけで、久しぶりに眺めてみると、初期の島田荘司はミステリ以外は本当にクルマの本ばかりですね。
現物を実家へ預けていて手元参照できない本も多いため、記憶だけで書いている部分も多々ありますが、島田ミステリのファンが古本で探してまで読むべきかどうか、ということの指針にしていただければと思います。

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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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