備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

ミステリ映画

待望の一冊!「映画の匠 野村芳太郎」(ワイズ出版)

202006映画の匠025

待ちに待っていた本が出ました。「映画の匠 野村芳太郎」(ワイズ出版)。
「砂の器」や「八つ墓村」で有名な映画監督・野村芳太郎の評伝です。

映画の匠 野村芳太郎
野村芳太郎
ワイズ出版
2020-06-08


「待ちに待っていた」と言いつつ、実は刊行されてから2週間近くもこんな本が出ていることに気づいていませんでした。
今月発売の「映画秘宝」で紹介されている記事を読み、「やばい!!」と焦って、もう一回、本屋へ駆け戻りましたよ。こんな本すぐ売り切れちゃいますからね。
実際の話、筆者が買ったのはそのお店では最後の一冊で、店員さんの話では10冊くらい仕入れたのに売れちゃったとのこと。税込で4000円近くするのに、マジでやばい本なんですよ、これは。

 さて、何をそんなに興奮しているかといえば、これほどの大監督でありながら、これまで「野村芳太郎」をテーマにした本というのは全くなかったのです。
「砂の器」のほかに「張込み」「ゼロの焦点」「影の車」「鬼畜」「疑惑」等々、松本清張原作の映画を数多く撮っているため、「松本清張映画」という切り口の本では、必ず野村芳太郎作品も取り上げられていますが、野村芳太郎を主人公にした本というのは皆無でした。

野村芳太郎を厚めに取り上げている本としては、過去に2014年のムック「松本清張映像作品 サスペンスと感動の秘密」(メディアックス)がありました。
桂千穂が往年の日本映画を語る企画が同じ体裁で続々と刊行されていましたが、その中の一冊です。
冒頭に編集部の前書きがあり、「本屋に行って野村監督についての資料を探したが、ほとんどなかった。一冊で、野村監督だけでなく、松本清張の映画化作品が全部わかるムックを作ろうと思った」と書かれていますが、本当にその通りで、この本が出た際にも、筆者は「とうとう野村芳太郎本が!!」と興奮したもんです。
岩下志麻や撮影監督・川又昂のインタビューをたっぷり収録しており、ファンには楽しい内容で、またこのあとで川又氏は亡くなってしまいましたので、その点でも貴重な証言を収録することができたといえる本でした。



以前にそのようなものが刊行されているとはいえ、それでもやはりファンとしては「野村芳太郎をテーマにした一冊」を待ち望んでいました。「松本清張」とセットでは、「鬼畜」や「影の車」の裏話はしっかりわかるものの、「八つ墓村」「事件」「震える舌」「配達されない三通の手紙」あたりはスルーしてしまうしかないですからね。
そんなわけで、タイトルを見ただけで興奮はMAXに達してしまいました。

さらに!
内容は望んでもいなかったような豪華なものでした。
野村監督は晩年に自身の全作品を振り返るノートを書いていました。
存在すらほとんど知られていないものだったのですが、それを息子さんの野村芳樹氏が監修してまるまる収録しているのです。
「映画監督 深作欣二」や「遊撃の美学 映画監督中島貞夫」など、ワイズ出版からはこれまで、全作品インタビュー企画がいろいろ出ていますが、すでに故人である野村芳太郎についてそのような本を作るなんてことは、望んでも叶わない、不可能な話でした。
ところが、実は生前に本人がメモを残していたなんて!
監督本人の視線から見ると、例えば「映画秘宝」などでは、もはやホラー映画として扱われている「震える舌」なんかも、「儲からなくても異色の作品に取り組みたい」→「締まって強い映画ができた」→「全体的には批評も少なく、つまり、観る側でとまどいがあり、オカルト的に映ったのが非常に裏目に出たといえる」ということになります。

ほかに「鬼畜」をめぐる松本清張との対談、「砂の器」のシナリオ分析、「配達されない三通の手紙」公開時の「ミステリマガジン」でのインタビュー、新たに行われた岩下志麻や大竹しのぶへのインタビューなど、特に晩年の監督作を好む筆者には、たまらない内容がぎっしり詰まっています。

以前に出たメディアックスのムックと本書とを合わせると、これで野村芳太郎についてはほぼ語り尽くされたのでは?と思うくらい、満足度の高い一冊です。資料価値も高く、ファンは必ず手元に置いておいたほうがよいかと思います。

それにしても、出ていることに気づいていなかったのはやばかった。「映画秘宝」が復活してくれて本当によかった。これまで迂闊にも、Twitterでワイズ出版をフォローしていなかったのですが、今後、このような重要な情報を見逃すことが無いよう、ちゃんとフォローすることにしましたよ。

映画の匠 野村芳太郎
野村芳太郎
ワイズ出版
2020-06-08




関連記事:
野村芳太郎監督 おすすめミステリ映画10選 ←野村芳太郎って?とピンと来ない方はどうぞこちらの記事をお読みください
映画「鬼畜」のロケ地をGoogleストリートビューで巡る(前編)
「影の車」野村芳太郎監督・橋本忍脚本・加藤剛主演(1970年)

映画「彼女がその名を知らない鳥たち」(白石和彌監督)

2017年公開なので、かなり今さらですが、白石和彌監督の映画「彼女がその名を知らない鳥たち」を観ました。
実は全くどんな内容なのか知らず、原作がミステリであることすら知らず、「蒼井優が出ている」という以外、一切の予備知識を持たず、単に「ヒマだから」というだけで観たのですが……これはビックリしました。
以下、ネタバレを気にせずに感想を書きますので、原作を未読、映画を未見の方はご注意を。

蒼井優の痛々しいダメ女っぷりは、それだけ驚異的でしたが、阿部サダヲのサイコ演技を楽しむサスペンス映画だと油断していたところが、まさかの真犯人。どんでん返しが用意されているとはまるで疑わずに観ていたため、仰天してしまいました。
「意外な犯人」のパターンは本格ミステリではいろいろありますが、この映画は蒼井優の一視点で描かれているため「語り手=犯人」パターンと言えます。つまり「信頼できない語り手」であるわけなのですが、一方で記憶を失っているため本人にその自覚はなく、いわば「探偵」として事件の真相を探ろうとします。
つまり「語り手=探偵=犯人」であったというわけで、真相を知ってから改めて見直すと、阿部サダヲはきちんと辻褄の合った演技を見せており、かなり感心します。

というわけで、本編も非常によかったのですが、さらに関西在住者としてはロケ地も見どころが多かったですね。
阪堺電車に乗っているので、蒼井優と阿部サダヲのマンションは堺方面かと思いきや、マンションから外へ出ると天神橋筋商店街やら淡路商店街やらいかにも大阪の商店街が広がります。地下鉄の階段を駆け下りて阪急電車へ乗り込むシーンは、天神橋筋、淡路近辺なら筋が通っている。
松坂桃李の勤めるデパートは、大阪城近くかと思えば、天王寺周辺までブラブラ歩いていたりして、いったいどこに建っているのかよくわかりません。
竹野内豊の登場シーンが神戸、というのは一貫していて(これは原作もそうです)、北野坂のナンパシーンはいかにも神戸。海外ロケかと思うような美しい砂浜も登場しますが、これが調べてみたところ、実は神戸空港島西緑地の人工海岸と知ってビックリ。(こちらに記載があります → https://www.kobefilm.jp/works/data/001977.html
蒼井優が竹野内豊を刺すシーンは、ポートアイランドスポーツセンター横の駐車場。以前に息子をスケートへ連れていったときに車を駐めた場所だったので、「こんなところでごちゃごちゃやってんのか!」と、笑ってしまいました。
ラストシーンも、関西の土地鑑があるとちょっと混乱しますね。
松坂桃李が刺されるシーンは夕陽丘近辺の路地ですが、引き続き、蒼井優が全てを思い出して阿部サダヲと語り合うシーンは、一気に30キロほど西へ飛んで、神戸の港を見下ろす公園。
実を言うとここで「???」となってしまったのですが、「まあ、景色のよいロケ地が、ほかになかったんだろう」と納得することにしました。(https://www.lmaga.jp/news/2017/10/30584/4/ こちらの記事を読むと、実は監督としては大阪の町並みをCGで遠景にはめ込みたかったそうです)

中途半端に観たことのある景色が映りつつ、映画としては「架空の町並み」ということで、関西在住者以外は全く気にならないと思いますが、筆者としてはだいぶ気になるところでした。
が、まあ気軽に行ける範囲でロケ地巡りをできるというのも貴重なことです。近くを通りかかるときには、いちいち場所を確認しに行こうかな、と思っています。

テレビ朝日ドラマ「名探偵・明智小五郎」登場人物元ネタ

今月末にテレビ朝日で2夜連続ドラマ「名探偵・明智小五郎」が放映されるということです。
宣伝などを見ていると少年探偵団シリーズ第一作「怪人二十面相」をモチーフとしているようですが、海外ドラマ「シャーロック」を意識しているのか、完全に現代ドラマに置き換えられています。
というわけで、ドラマの内容自体は期待半分怖さ半分といったところですが、ひとまず登場人物名の元ネタを解説。

明智小五郎の助手・小林芳雄は、昭和5年の「吸血鬼」に助手として初登場し、昭和11年「怪人二十面相」から始まる少年探偵団シリーズでは、準主役級の活躍をします。戦後の作品にもずっと登場し続けますが、永遠に少年のままです。
ドラマには成人した小林くんが登場するようで、その奥さんは「小林真由美」と命名されています。
原作にはこのような女性は登場しませんが、少年探偵団シリーズでは途中から「花咲マユミ」という少女助手がメンバーに加わりました。おそらくこの少女をモデルにしていると思われます。

明智の奥さんは、やはり昭和5年の「魔術師」に初登場し「吸血鬼」で結婚した文代さんです。少年探偵団シリーズにも優しいお母さんといった役どころでちょこちょこと登場しますが、「怪人二十面相」には名前が一度出てくるだけで、登場はしていません。大人向け小説では「魔術師」はもちろん「人間豹」なんかでもとんでもない姿でよく出てくるのですが、少年探偵団シリーズではあまり重要キャラではないですね。

警察関係では浪越警部が出てきます。浪越警部といえば、どちらかといえば乱歩の大人向け小説「蜘蛛男」や「魔術師」の印象が強く、少年探偵団シリーズによく登場しているのは中村警部です。
また、中村警部は「中村善四郎」とフルネームが命名されていますが、浪越警部の下の名前が書かれたことはありません(たぶん)。
しかし、ドラマでは下の名前もついていますね。まあ「新宿鮫」の鮫島警部も映画化されたときは下の名前があったのでそういうもんです。
また、少年向け「怪人二十面相」を原作としながら、ドラマに登場するのが中村警部ではなく浪越警部となっているのは、制作局がテレビ朝日のためです。
テレビ朝日で明智小五郎といえば、言わずとしれた天知茂の美女シリーズ。ここではレギュラーとして荒井注演じる浪越警部が登場していました。テレビ朝日で乱歩作品を映像化するのであれば、浪越警部は必須、というわけです。

その他、今のところ発表されているあらすじに見えるキーワードを拾うと
「チームBD」……ハッカー集団ということですが、「BD」は「Boys」「Ditective」の略で、少年探偵団の略称です。団員は「BDバッジ」というアイテムを持っており、いろいろな場面で活用します。
「羽柴壮二」……「怪人二十面相」冒頭で家宝の宝石を狙われる大富豪の次男。少年探偵団の生みの親のような存在です。

というところで、今のところあまり情報がないのでこれくらいですが、放映後にまた気づいたことを書いてみたいと思います。

スポンサーリンク
profile

筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
ブログ更新通知:https://twitter.com/squibbon19

プロフィール

squibbon