備忘の都

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名作翻訳比較

ギリシア神話を知るには、おすすめの本はどれ? 大人から子どもまで各種紹介

201812ギリシア神話294

ギリシア神話は星座の伝説にも絡めて語られており、日本でも馴染みがあるのですが、プロメテウスだとかアポロンだとかイカロスだとか、登場する神々、人々の名前はなんとなく知っていても、体系的な物語としてはあまり深くは理解されていないのではないでしょうか。
しかし、ヨーロッパの文学、絵画、映画を鑑賞する際には聖書と並んで必須の知識となってきます。
今回は、ギリシア神話をコンパクトに理解するための本をいくつかご紹介します。

そもそも、ギリシア神話というのはベースになる本があるわけではありません。
古代ギリシアにおいて、口承されてきた伝説が詩や劇の形でじょじょに体系化されていったものであり、同じエピソードでも出典によって内容にゆらぎがあります。つまり、「この1冊を読めばギリシア神話のことはバッチリ!」という本は存在しないのです。

とはいえ、専門的に研究しようというのでなければ、有名なエピソードだけつまみ食いすれば充分です。
日本でおそらく一番よく読まれているギリシア神話の本は、阿刀田高のこの本ではないでしょうか。



全く初心者でも有名なエピソードを理解できるよう、興味深く平易な文章で書かれた入門書です。
一般的な教養としては、この本に書かれているレベルのことを知っていれば充分でしょう。
ただし、紹介されていないエピソードも多く、事典的な読み方には向いていません。
阿刀田高は本書以外にも聖書やコーラン、あるいは古事記や源氏物語、シェイクスピアなど、世界各国の文化の基礎になっている書物をやさしく紹介するシリーズを書いており、いずれもよく読まれています。

同じく初心者向け入門書でありながら、世に知られているエピソードをほぼもれなく収録しているのがトマス・ブルフィンチの著書です。日本での翻訳は現在、2種類が入手可能です。



完訳 ギリシア・ローマ神話〈上〉 (角川文庫)
トマス ブルフィンチ
角川書店
2004-05-01

完訳 ギリシア・ローマ神話〈下〉 (角川文庫)
トマス ブルフィンチ
角川書店
2004-05-01


ブルフィンチは19世紀のアメリカの作家で、アメリカの読者のためにヨーロッパの神話や伝承をまとめた著作を残しました。本書もその一つです。
非常に読みやすく、ギリシア神話の全体像を手軽に読むにはおすすめです。
角川文庫版に「完訳」と書かれていますが、岩波文庫版も完訳です。野上弥生子は戦前にこの作品を日本で最初に訳したことで知られていますが、本書は1978年に改訳されたものなので、それほど古臭い訳文ではありません。角川文庫版のほうが圧倒的に新しい訳ではありますが、ですます調の優しい文体で書かれた野上訳の方が筆者は好きです。

もう少し突っ込んで、ギリシア神話の深いところまで分け入っていくのであれば、こちらの本が決定版でしょう。




新潮文庫で長年、版を重ねているロングセラーなので、手軽な入門書かと思ったら大間違い。神話のエピソードはもちろん、その出典に至るまで非常に詳しく書かれた本で初心者が最初に読むには骨が折れるでしょう。
とはいえ、ギリシア神話について一通り理解した上で手に取れば、文庫本でありながら事典代わりにも使える充実した内容です。映画や小説で「?」と気になったことがあっても、本書が手元にあればすぐに調べられます。

というわけで、ギリシア神話についての一通りの知識は上記の本が揃っていれば充分です。
さらに深く、「原典」と呼ばれるものに触れてみたい、という方には以下のようなものがあります。

ギリシア神話 (岩波文庫)
アポロドーロス
岩波書店
1978-06-16


神統記 (岩波文庫 赤 107-1)
ヘシオドス
岩波書店
1984-01-17


ヘーシオドス 仕事と日 (岩波文庫)
ヘーシオドス
岩波書店
1986-05-16


ギリシア悲劇〈1〉アイスキュロス (ちくま文庫)
アイスキュロス
筑摩書房
1985-12-01


いずれも古代ギリシアの書物を翻訳したものです。
とはいえ、これが「原典」というわけではありません。冒頭に書いたとおり、ギリシア神話はさまざまな口承伝説の集合体だからです。これらの書物が表された時点ですでに、昔々から伝えられている物語を記述した、というものなのです。
ただし、ギリシア神話はその後、ローマ神話と混同され、エピソードや神々の性格づけがずいぶんと変質したと言われています。現代のヨーロッパで流布しているのはその変質後の神話なので実際のところ、教養としては変質後の物語を知っていればよいわけですが、岩波文庫などから出ている「原典」は変質前に記述されたものであり、そういった点では興味深いものがあります。

最後に、子ども向けにはこちらを。

ギリシア神話
石井桃子
のら書店
2000-11-30


石井桃子が書いた、児童向けギリシア神話の決定版。
読みやすく、とっつきやすいエピソードが集められており、星座から神話に興味を持った子どもにはおすすめの一冊です。
 

「ロビンソン・クルーソー」を読むなら、おすすめの文庫はどれ? 各社版徹底比較!

201802ロビンソン・クルーソー178

子ども向けの名作全集ではド定番の「ロビンソン・クルーソー」ですが、作品の知名度の割には、大人になってから改めて完訳を読んだという人は少ないのではないでしょうか。
しかし、読んでみると実に現代的で面白い小説です。
「オデッセイ」というタイトルで公開された映画の原作ともなったSF小説「火星の人」は、有人探索中の事故により火星にたった一人取り残された科学者が最先端の知識とアナログな技術を駆使して生き延びる話でしたが、知恵と工夫を組み合わせることによる知的興奮は、「ロビンソン・クルーソー」と全く同質のものです。

ところが、いざ原著の翻訳を読もうと思うと、いくつか種類が出ており、戸惑うことと思います。
今回の記事ではこれから文庫で読んでみようという方のため、各社版を比較してみます。

「ロビンソン・クルーソー」は現在、以下の文庫が刊行されています。
(本記事の初出は2018年3月でしたが、その後、光文社古典新訳文庫および新潮文庫から新訳が刊行されたため、追記・修正しています)

ロビンソン・クルーソー (新潮文庫)
ダニエル デフォー
新潮社
2019-07-26


ロビンソン・クルーソー (光文社古典新訳文庫)
ダニエル デフォー
光文社
2018-08-06










続編の存在

まず、「あれ?」と思うのは、岩波文庫だけ上下2冊で出ており、他社は1冊です。尚かつ1冊で出している中公文庫はわざわざ「完訳」とタイトルに入れています。
完訳が1冊でまとめられるのに、なぜ岩波文庫版は2分冊なのか?
実はよく知られている漂流物語には続編があるのです。岩波文庫版はその続編を「下巻」という扱いにしています。
続編はロンドンへ生還した主人公が、しばらくしてまた別の冒険へ出かけるという内容の話で、漂流記だけ読みたい読者は特に必要はないと思います。
しかし、主人公にその後の冒険が待ち受けていることは漂流記の最後でもほのめかされており、内容が気にはなります。そこで続編も含めて読みたいという場合、選択肢は岩波文庫版しかありません。
つまり、どの文庫を読むかを決める際は、まず「漂流記だけ読むか、続編も読むか」を決めなければいけません。続編も読みたければ自動的に岩波文庫版に決定。漂流記のみならば、岩波文庫以外のいずれかを選ぶことになります。(デフォーが「ロビンソン・クルーソー」とタイトルに冠した本は、実はさらにもう一冊、エッセイも刊行されているのですが、それは岩波文庫にも収録されておらず、現在入手可能な翻訳もありません)

それでは、それ以外の観点から比較をしていきましょう。

読みやすさ

読みやすさという観点でいうと、それぞれに特徴があり、優劣つけがたい状況です。
岩波文庫版は全訳で、出版時期もやや古めですが、平井正穂は英文学翻訳の第一人者です。
光文社古典新訳文庫・新潮文庫・集英社文庫・中公文庫・河出文庫はいずれも新しい訳で、いずれも完訳ですが、文章の読みやすさはどれも問題ありません。

光文社古典新訳文庫・新潮文庫・中公文庫の各版は訳者オリジナルの章立てがされています。実は原著は章立てが一切なく、始めから終わりまで切れ目なく話が続いているのですが、展開に合わせて章を区切っているのです。原文至上主義という立場を取ると「そんなことしていいの?」と思ってしまいますが、読みやすさという観点ではとても親切な工夫です。区切る位置も適切で、違和感は全くありません。

河出文庫版は訳文に工夫があります。一人称を「ぼく」として、現代日本の口語体(若者言葉?)に移し替えることを目指しています。このため、古典文学にもかかわらず言葉の選択が軽くなってしまっている面もありますが、読者によっては読みやすいと感じるでしょう。

挿絵について

筆者は作品世界を理解する上で、挿絵の存在をかなり重視しています。
現在入可能な文庫版のうち、光文社古典新訳文庫・河出文庫・中公文庫が挿絵も収録しています。

河出文庫に収録された挿絵は1891年のウォルター・パジェットによるもので、原著の刊行から170年も経っていますが、ロビンソン・クルーソーの挿絵としては最も定評のあるものです。(この挿絵は岩波少年文庫でも使用されています)
中公文庫版の挿絵については訳者あとがきに「フリオ・コルタサルのスペイン語訳から借用」とありますが、そもそもいつ頃、なんという画家が描いたものか書いてありません。イラストごとに画家が異なる印象を受けますが、全く不明です。

地図について

光文社古典新訳文庫・新潮文庫・中公文庫の各版は冒頭に無人島の地図を掲載しています。これは元は旺文社文庫版(現在は絶版)に掲載されていたものを流用しているということですが、作品世界の理解には大いに役立つ資料です。
集英社文庫版は、冒頭にカラーページがありこの小説に関する各種の図版が掲載されており、その中に初版本に付されたという地図もあります。しかし、図版が小さいうえ、写真の解像度が低くて、あまり鮮明な印刷ではなく、読みながら参照する地図としては使えません。

注釈・解説について

新潮文庫以外は、どれも注釈・解説はかなり充実しています。それぞれに「ロビンソン・クルーソー論」として興味深い内容で、解説を読み比べるためだけに各社版を揃えても良いくらいです。
なお、岩波文庫版は「上下巻」なので、解説は下巻にあります。漂流記のみ読みたくて上巻だけ買った場合、解説は読めません。

ということで、いろいろ特長を書いてきましたが、まとめると下記のようになります。


ロビンソン・クルーソー (新潮文庫)
ダニエル デフォー
新潮社
2019-07-26

新訳。地図あり。章立て区切りあり。注釈はそれほど入っていない。価格安め。

ロビンソン・クルーソー (光文社古典新訳文庫)
ダニエル デフォー
光文社
2018-08-06

新訳。地図あり。挿絵あり。章立て区切りあり。注釈充実。価格高め。



続編を含めて全訳は岩波文庫版のみ。挿絵・地図なし。解説は下巻に収録。


訳は古くはない。冒頭に図版がある。挿絵なし。注釈・解説あり。


訳は古くはない。挿絵・地図あり。章立て区切りあり。注釈・解説あり。


訳文が若者言葉。挿絵あり。地図なし。注釈・解説あり。

というわけで、筆者としては総合点では光文社古典新訳文庫版をオススメしたいと思います。価格を抑えたい場合は新潮文庫の新訳を。全部読みたい方は岩波文庫版で。

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201802オペラ座の怪人184

ミュージカルや映画で有名な「オペラ座の怪人」。
もとはフランスの作家ガストン・ルルーが1910年に発表した小説です(Le Fantome de l'Opera)。
ルルーは本格ミステリの古典的名作として名高い「黄色い部屋の秘密」の作者でもあります。
原作を読んでみると、映画やミュージカルとはかなり内容が異なります。
怪奇的な味付けをほどこしてはいるものの、ストーリー展開は謎解きがメインとなっており、「黄色い部屋の秘密」と同じ作者であることが納得できる作品です。オペラ座で発生する数々の怪事件それぞれにトリックを用意しているあたりはミステリ好きとしてはにやりとさせられます。
ミュージカルで焦点が当てられている恋愛要素についても、詳しくは書きませんが登場人物の関係がかなり異なっています。

というわけで、ミュージカルから入った方が読むと幻滅するのか、逆に新鮮で面白いと思うのか? その辺はよくわかりませんが、ともかくこれから原作を読んでみようという方のため、原作小説の紹介をしたいと思います。

「オペラ座の怪人」は、現時点で入手可能な文庫は以下の3種類です。

オペラ座の怪人 (創元推理文庫 (530‐2))
三輪秀彦・訳
東京創元社
1987-01-18


オペラ座の怪人 (角川文庫)
長島良三・訳
角川書店
2000-02-25


オペラ座の怪人 (光文社古典新訳文庫)
平岡敦・訳
光文社
2013-07-10


少し前まで、ハヤカワ・ミステリ文庫にも日影丈吉訳が収録されていましたが、最近は見かけなくなりました。まだ在庫が残っている書店もあるかもしれませんが、出版社ではすでに品切れしているようです。日影丈吉は同じくハヤカワで「黄色い部屋の秘密」も出していましたが、こちらも以前から品切れで、少し前に新訳版に取って代わられてしまいました。「オペラ座の怪人」も品切れのままになっているのは、もしかすると、こちらも新訳を出す予定なのかもしれません(単なる推測です)。

さて、現在入手可能な上記3種類ですが、それぞれの特色をご紹介していきましょう。

創元推理文庫 三輪秀彦・訳

オペラ座の怪人 (創元推理文庫 (530‐2))
三輪秀彦・訳
東京創元社
1987-01-18


創元推理文庫版は文庫では早くに出たものであり、定番となっているバージョンです。1987年なので、「古い」というほど昔の訳ではないのですが、しかし、訳文を見るとかなり硬い表現が目立つ印象があります。
ただし1点、他にはない特長があり、それは原作の「Fantome」を「幽霊」と訳しているのです。
筆者はフランス語は全く知らないので、「Fantome」という語の意味や語感についてはなんとも評価できないのですが、小説を読んでいると「Fantome」は実在を感じさせる「怪人」ではなく、得体の知れない「幽霊」のつもり書いていたのでは、という印象を受けます。
日本では最初の映画が「オペラの怪人」という邦題で公開されたことから、この小説については「Fantome」=「怪人」という訳が定着していますが、本来は「オペラ座の幽霊」と訳すべき小説だったようです。(というか、そもそも「怪人」ってなに?という話ですが。筆者の知っている怪人は「怪人二十面相」と「オペラ座の怪人」、それに仮面ライダーの悪役のみです)
ちなみに「Project Gutenberg」で英語版を読んでみると、タイトルこそ「The Phantom of the Opera」ですが、本文中の「Fantome」は全て「ghost」と訳されています。
そんなわけで、原文の正確なニュアンスを体験するには「幽霊」という訳はおすすめできると思います。
ただ、やはりエリックが姿を現してからは、はやり「幽霊」ではなく「怪人」と訳したほうがしっくりするかな、という気もします。
また、ミュージカルや映画は、ストーリーがかなりアレンジされており、「怪人」という訳語で全く問題ないようにも思います。ミュージカルのイメージを崩したくない方は「Fantome」を本文中でも「怪人」と訳している他のバージョンを選んだほうがよいかもしれません。
解説は紀田順一郎が書いており、映画化の歴史が概説されています。
価格は今のところ他社よりも安くなっています。

角川文庫 長島良三・訳

オペラ座の怪人 (角川文庫)
長島良三・訳
角川書店
2000-02-25


角川文庫版は2000年に刊行されており、シムノンやルブランなど、数々のフランスミステリの翻訳で知られる長島良三氏が訳しています。「Fantome」については場面ごとに「怪人」「幽霊」を使い分けていますが、原文では同じ単語あることはわかりません。
特に大きな特長があるバージョンではありませんが、あまり細かいことを気にせず、ミュージカル版の原作として楽しみたい方には、手軽に読めておすすめです。

光文社古典新訳文庫 平岡敦・訳

オペラ座の怪人 (光文社古典新訳文庫)
平岡敦・訳
光文社
2013-07-10


光文社版は最も新しい訳です。
古典新訳文庫なので訳文は読みやすく工夫されており、さらに巻頭にオペラ座の平面図・立面図が掲載されているのが親切です。解説も充実しています。
「Fantome」の訳については、角川文庫版と同じく、「怪人」「幽霊」を使い分けていますが、冒頭部のみ、「怪人」「幽霊」の訳語にそれぞれ「ファントム」とルビをふることで、原文では同じ単語であることを示しています。角川版よりも原文の語感を正確に伝えようとする意図が見えます(といっても「ファントム」は英語ですが)。
訳者の平岡敦氏はルブランの「ルパン」シリーズやポール・アルテなど、古典から新作まで、フランスミステリの翻訳でも知られています。

というわけで、読みやすさと正確さという観点では光文社古典新訳文庫版のポイントが最も高いのですが、価格がかなり高めです。本記事執筆時点で税込1426円。創元と角川はいずれも800円台です。
ミュージカルファンが手軽に読むなら、読みやすくて価格も安い角川文庫がおすすめかと思います。

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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
ブログ更新通知:https://twitter.com/squibbon19

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