備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

探偵小説

講談社「江戸川乱歩推理文庫」のこと

201905江戸川乱歩316
帰省する機会があったため、実家にいまだ温存されている、私が高校生の頃まで使っていた机の引き出しを漁ってきました。
何が目的だったかというと、本に挟まれているチラシです。
子どもの頃は、本の帯や、ページのあいだに挟まれたチラシなどを邪魔なものと考え、とはいえ捨てるには忍びなく、本を買ってくると外して勉強机の引き出しへしまいこんでいたのでした。
大学へ入ったくらいから「本は購入時の完全な状態で保管するべし」と価値観が変わり、帯だけは取ってあったものを全部巻き直したのですが、チラシはどれがどの本のものなのか、対応がわからなくなってしまい、さらには内容が同じ種類のチラシは捨てていたため、収拾がつかなくて放置していました。

ところで、今回気になって探していたのは講談社が昭和62年から平成元年にかけて刊行した「江戸川乱歩推理文庫」のチラシです。
これは、小学校の6年生から中学2年にかけての時期ですが、よくぞ思い切って小遣いを投入する気になったものだと、当時の自分を褒めてやりたい気分でいっぱいのシリーズです(といっても一般向け小説である青帯は、並行して春陽堂文庫の乱歩シリーズを買っていたため、見送ったのですが)。
さて、以前にこちらの記事でも触れましたが、この「江戸川乱歩推理文庫」は、配本がスタートした当初は、児童向け小説の中に「名探偵ルコック」「鉄仮面」「黄金虫」という翻訳物のタイトルが並んでいました。
ところが、配本が第4回へ進んだ時点でラインナップが変更となり、翻訳は消え失せました。
小学生だった当時は事情など知るよしもなく、ただ「書簡 対談 座談」なんかよりは小説を出してほしいなあ、と軽くがっかりした記憶はあります。
今にして思えば、このあたりの翻訳は名義貸しで、乱歩自身の筆によるものではないとされているためと思われます。(むしろ、最初に発表されたラインナップに含まれていたことが謎)
とはいえ、乱歩名義の「鉄仮面」は筒井康隆もエッセイで回顧していたりなど、人気が高いもので、やはりこのときに「出す」という英断をしてほしかったなあ、という気もしています。

というわけで、今回あさってきたチラシは、そのあたりのラインナップ変更の経緯がわかるものです。
リアルタイムで購入されていた方以外はよく知らない話だろうと思いますので、ブログにあげておく価値もあるかな、と考えて、チラシの画像を貼っておきます。

まずは刊行当初チラシ。ちょうど写真のL判に該当するサイズに四つ折りされたものでした。
まず開くと表はこんなもの。価格は消費税導入前です。
201905江戸川乱歩316

裏側はこんな感じ。当時の人気作家が安部譲二と山崎洋子というあたりの昭和末期の雰囲気が出ています。
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さて、これを開くと、見開きで問題のラインナップが。
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その後、第4回配本時にこのようなチラシが挟まれました。
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裏側のラインナップ。「海外探偵作家作家と作品」が当初予定の2分冊から3分冊へ水増しされ、「未刊日記」「書簡 対談 座談」が追加されました。
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そして、実際には「未刊日記」は更に未刊となり、最終巻は年譜となりました。これはずいぶんがっかりして実際は購入を見送りたかったところですが、ここまで買って最後の巻だけを買わないのはいかがなものか、という常識的な判断によって購入することとなりました。

関連記事:
江戸川乱歩「鉄仮面」とは?
江戸川乱歩入門 最終回 講談社「江戸川乱歩推理文庫」

満島ひかり主演「シリーズ・江戸川乱歩短編集」(NHK)

わが家では妻が「受信料がもったいない」「今でも見きれないくらい録画をためてるくせに、これ以上増やしてどないすんねん」と強硬に主張するため、BSを見られない生活を続けております。
金田一シリーズなど、どうして見なければならない番組は実家に依頼して録画してもらっているのですが、この「シリーズ・江戸川乱歩短編集」はチェックしておりませんでした。
スタートはもう3年以上も前なのですが、評判が良いことは知っていたため、やっぱり録画を頼むべきだったなあ、とずっと後悔していたところ、ようやく地上波で再放送されたため、見てみました。
今のところ再放送されているのは1作目「D坂の殺人事件」、2作目「心理試験」のみですが、これはびっくりしました。とんでもなくすばらしい映像化ですね。
いずれも、実験的な映像で、これだけ冒険をしているにもかかわらず、乱歩の世界をしっかりと描いています。

そもそも、乱歩の映像化は難しいのです。
以前に、乱歩作品を映像化したものをまとめた記事を書いたことがありますが(江戸川乱歩原作映画のDVD)、それでは、この中のいったいどれだけが「乱歩」を描くことに成功しているか?
正直なところ、皆無です。
ある程度の出来ばえであれば、それらしく仕上がってしまう金田一耕助映画に比べて、乱歩映画は極めてストライクゾーンが狭い。
筆者がこれまでに見た映像化作品の中で「これはよくできた映像化だ」と思ったのは、実は1つしかありません。奥山和由プロデュースでいろいろ揉めていた「RAMPO」という映画がありますが(未だにDVD化されず)、本編ではなく、この映画の劇中に挿入されていたのアニメーション「お勢登場」。これは非常によくできていました。
これ以外の乱歩映像化は全部、落第点!
どうも作り手の乱歩に対する思い入れが溢れすぎている作品が多く、何を見ても「これは俺の好きな乱歩じゃないな」と思ってしまうのです。

ところが、今回のNHKのドラマは違いました。
「D坂の殺人事件」「心理試験」とも、まさに「完全映像化」。「完全」というのは、ナレーションとセリフを織り交ぜながら、乱歩の小説をほぼ忠実に「朗読」しているのです。
この脚色法にまず驚きましたが、映像も斬新です。
「D坂」では、事件が起こった長屋をミニチュアで再現して状況を解説。これはむちゃくちゃわかりやすい。正直、原作を読んだときよりも面白く感じました。
「心理試験」は、乱歩の全作品を通して最高峰にあると言っても良い本格探偵小説の傑作ですが、これも原作を極めて忠実になぞりながらも、その中に菅田将暉、嶋田久作、そして満島ひかりのぶっ飛んだ演技を違和感なくはめ込んできていて、目が離せない作りです。

これは本当に堪能しました。永久保存版でディスクに落としておかなくっちゃ、ですね。
乱歩の映像化も、横溝の映像化も、巨匠の名声を単に消費するものと、乱歩映画、横溝映画の歴史に名を刻むものとがあります。
前者は、昨年末のフジテレビ「犬神家の一族」や、つい先日のテレビ朝日「スペシャルドラマ 名探偵・明智小五郎」。
そして後者が、NHKが製作した「獄門島」や、今回の「シリーズ・江戸川乱歩短編集」。
傑作ドラマを作っているのは、NHKばっかりやんか!

というわけで、改めてBS加入を妻に交渉したいところですが、これまで頑として受け入れてもらえずにいるため、はなから諦めております。

別冊幻影城創刊号「横溝正史」の挿絵は花輪和一が担当


201904花輪和一314

先日、出張のついでに久しぶりに神田の古本屋を覗いていたのですが、「別冊幻影城創刊号 横溝正史 本陣殺人事件・獄門島」を見つけて買ってきました。
「幻影城」本誌は全て揃えて持っているのですが、別冊の方は何冊か買っているという程度で、揃えてはいません。この創刊号も持っていませんでした。
ところが、少し前に初めて知ったのですが、この「本陣殺人事件」は花輪和一が挿絵をつけているんですね。それで、買うことにしたわけです。500円とえらく安かったのでためらう理由なし。

花輪和一は幻影城本誌でも常連の作家でしたが、昭和50年頃といえば漫画家としては「ガロ」にポツポツと作品を発表していて、まだ単著はありませんでした。
イラストレーターとしてはアングラな雑誌やポスターなどを中心に活動していたようです。
この時期に主力の挿絵画家の一人として起用したのはさすが慧眼です。

本誌に描いた挿絵はこれまでも眺めていたのですが、別冊の方はノーチェックでした。
正直なところ、横溝正史と花輪和一という組み合わせは意外でした。「怪奇」というキーワードだけ見れば共通するかもしれませんが、戦後の理知的な横溝作品とは相容れないように思っていました。
しかし、実際に見てみると、かなりいい感じですね。
冒頭のイラストは、金田一耕助。まだ映画「犬神家の一族」公開前なので、映像からの影響は皆無です。
また、この絵は鈴子と猫の墓。

201904花輪和一313

これは、作品の雰囲気をよく表しつつ、完全に花輪和一の世界ですね。

別冊幻影城では、ほかにもいろいろ挿絵を描いているようですが、乱歩の「陰獣」の挿絵も花輪和一のようなので、また見かけたら買おうかなと思います。
 
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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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