備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

ホラー

澤村伊智「ずうのめ人形」(角川ホラー文庫)怪談・ホラーネタ解説


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12月7日から公開されている映画「来る」の原作「ぼぎわんが、来る」。
この映画化を機会に、初めて読みました。
日本ホラー小説大賞が始まった頃は受賞作はすべて読んでおり、角川ホラー文庫に収録される作品もめぼしいものはチェックしていたのですが、気がついたらいつの間にかホラーを全然読まなくなってしまっていました。なので、この不思議なタイトルが書店で視界の中に入ってはいたのですが、こんな大傑作とは知らず、完全にスルーしていました。
いつもは映画化というだけで興味をそそられることはあまりないのですが、今回はこのショッキングピンクに改装された表紙が目に刺さってきて、手に取ることになりました。
もともとはもっと上品な雰囲気の装丁の本でした。自分がすでに読んで気に入っている本が、映画化ということでこんな派手な表紙になってしまったとしたら、いつもなら「あーあ」と思うところなのですが、今回はこの表紙のおかげで手に取ることになり、感謝感謝、という気分になりました。現金なものです。

それはともかく、「ぼぎわんが、来る」があまりに面白かったため(特に比嘉琴子、最高!)、ただちにシリーズ第2作の「ずうのめ人形」も買ってきました。
比嘉琴子の活躍がなかった点はちょっとがっかりでしたが、前作以上に凝った構成で非常に楽しめました。
著者の澤村伊智氏は、プロフィールを見ると筆者より4つほどお若いようですが、その年齢であれば映画「リング」の公開とほぼ同時にスタートした怪談・ホラーブームはリアルタイムで体験されているはずですが、「ずうのめ人形」作中に登場する手記はその映画「リング」が公開された1998年頃に舞台を設定しており、懐かしいネタが大量にぶち込まれていました。
若い読者にはピンと来ない点もあるかな、と思いましたので、お節介ながら気づいた点を解説していきたいと思います。

鈴木光司の小説「リング」が刊行されたのは1991年のことでしたが、初刊本は「ずうのめ人形」作中に書かれている通り女性の手がビデオテープを持っているイラストが表紙の、地味な本でした。
ホラー小説なのかどうかすらわからない状態で刊行されたのですが、筆者の場合はその年の「このミス」で絶賛されている記事を読み、興味を持って読みました。そんなことでも無ければ、全く手に取らない雰囲気の本でしたが、これは前年の横溝正史賞で最終選考まで残ったもので、「ミステリではない」という理由で落選していました。このような経緯があったため、一部のミステリファンには注目され、「このミス」にも記事が出たのでした。
1993年に角川ホラー文庫が創刊されると初回のラインナップに「リング」が入り、ここから大ロングセラーへの道が始まりました。
つまり、「ずうのめ人形」の手記が書かれた時期には、すでに文庫化されて続編の「らせん」も含めて人気作品だったわけなので、作中に初刊本が出てきたときは「あれ?」と思いました。しかし、ホラーを読み始めたばかりの中学生が図書館で借りた、という設定なので特に無理があるものではありません。

ちなみに主人公が同時に図書館で借りた本について。
「怪奇クラブ」は創元推理文庫から出ていた怪奇小説短編集。

怪奇クラブ (創元推理文庫)
アーサー マッケン
東京創元社
1970-06


「魔女のかくれ家」はカーの長編でやはり創元推理文庫に収録されていますが、児童向けの翻訳を借りているようなので、おそらくポプラ社文庫版でしょう。(筆者の家の近所の図書館には未だに蔵書があります)
「もっと見たいぞ!ホラー映画祭」は架空の本と思われます。
「怪奇小説傑作集 1」は、創元推理文庫に収録。今は新装版が現役です。

怪奇小説傑作集 1 英米編 1 [新版] (創元推理文庫)
アルジャーノン・ブラックウッド
東京創元社
2006-01-31


その後、里穂とゆかりとのやり取りの中で出てくる「消えるヒッチハイカー」はこの本です。



もともとはハードカバーで刊行されましたが、リンク先はソフトカバーで出た新装版です。
「都市伝説」という概念を初めてまとめた著作とされており、「リング」や「新耳袋」などで盛り上がっていた98年頃には再注目されていました。

さて、ずうのめ人形は、呪われた者へちょっとずつ近づいてきますが、この「ちょっとずつ近づく」というのは「メリーさん」からの発想ではないでしょうか。「私メリーさん」と電話がかかってくる、というアレです。これのバリエーションでいろいろなホラーが生まれています。
また、里穂とゆかりが「悪魔のいけにえごっこ」や「死霊のはらわたごっこ」で遊ぶというのは、おそらくは友成純一のハードコアスプラッター「獣儀式」からの発想と思われます。筆者は「悪魔のいけにえごっこ」というのを見て「おや?」と思ったのですが、結局、ラストまで読むとその「おや?」は正しかったことがわかります。
友成純一は80年代にスプラッターを書き散らしており、竹本健治の「ウロボロスの偽書」にも登場しますが、2000年ごろににわかに旧作が注目され、代表作と言われる「獣儀式」が幻冬舎アウトロー文庫から再刊されたりしました。もともとはマドンナメイトという二見書房の官能小説レーベルから刊行されていました。

獣儀式 (幻冬舎アウトロー文庫)
友成 純一
幻冬舎
2000-06


さて、そんなわけで筆者としては作者と同年代(ほぼ)という点でも堪能できましたが、ネタがわかってもわからなくても楽しめる、非常に良く出来た小説です。こっちも映画化されると良いなと思います。

月刊「シナリオ」2018年3月号「霊的ボリシェヴィキ」誌上鑑賞

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2月10日から高橋洋監督・脚本の映画「霊的ボリシェヴィキ」の上映が始まります。
今月5日に発売された月刊誌「シナリオ」にこの映画のシナリオが掲載されたため、一足早く「誌上鑑賞」してみました。ネタバレ無しのレポートです。

そもそも「霊的ボリシェヴィキ」とはなんぞや?
あまりに異様なこの言葉、元は40年近く前にオカルト研究家の武田崇元氏(現在は八幡書店社長)が提唱した概念ということです。高橋洋はこの言葉に興奮し、タイトルに冠した映画を製作するのが悲願だったとのこと。
詳しくは学研の雑誌「月刊ムー」公式サイトに掲載された以下の対談を読んでいただきたいのですが、正直なところ筆者にはさっぱり理解できません。

「20年の時を超えて甦る概念『霊的ボリシェヴィキ』とは? 高橋洋×武田崇元 対談」
http://gakkenmu.jp/column/14585/

ということなので、また「発狂する唇」「ソドムの市」「狂気の海」路線の難解なものを覚悟していたのですが、シナリオを読んでみると意外や意外、映画そのものはとてもシンプルな怪談でした。「リング」「女優霊」と同じくらい、気軽に見てよさそうです。
物語は「あの世に触れたことがある」という共通点を持った人々が集まり、百物語形式で一人ずつ自身の経験した怪異を語る、という心霊実験の様子を描きます。
当初の構想では、この怪談一つ一つを再現映像のようにインサートしていくつもりだったそうですが、予算の問題など紆余曲折を経て、全てを役者の「語り」に委ねることになったそうです。物語も「実験」が描かれていますが、映画の仕組みそのものも実験的であります。この辺が成功しているかどうかは本編を鑑賞しないとなんとも。
とはいえ、それぞれの怪談はとてもよくできていて、怪談好き、ホラー好きであればゾッとできる、レベルの高いもの、あるいは高橋洋の考える「恐怖」をよく反映したものが並びます。
高橋洋ファンとして「おや」と思ったのは、ある怪談の中で、母親が自宅の二階の窓から怖ろしい表情で少女を見下ろしているというシーン。以前に書いた記事の中で「高橋洋の実家の二階が怖い」という話を書きましたが、またもや二階が!と思っていたところ、上記リンク先の対談で、やはり実家の二階が念頭にあったという話をしていますね。

この映画、筆者の地元で見られるのはまだだいぶ先なのですが、楽しみに待ちたいと思っています。
パンフレットも充実しているらしいので、ぜひ入手したいものだと思っています。

ところで、月刊「シナリオ」の今号は、他にも「怪猫トルコ風呂」のシナリオも掲載されていました。これはとっても嬉しいオマケ!(オマケじゃありませんが)
この映画は1975年に東映東京撮影所が製作した映画ですが、タイトルの「トルコ風呂」が引っかかって、半ば封印作品のようになっているものです。名画座などではたまにかかるようですが、テレビ放映・ソフト化はされていません。筆者も未見だったのでこれは嬉しい!
将来的にも価値の出る号でしょう。

シナリオ 2018年 03 月号 [雑誌]
日本シナリオ作家協会
2018-02-05


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ホラーファン必読のインタビュー漫画「怪奇まんが道」

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「怪奇まんが道」。つまり、「まんが道」の怪奇版ということで、ホラー漫画家たちのこれまでの歩みを、本人へのインタビューをもとに描いています。インタビューシーンをそのまま漫画として描き、その中で回想シーンとして過去を振り返るというフォーマットで、作家に対してとても親近感が湧いてくる内容です。

これはホーム社が運営しているWebマガジン「Z」に不定期連載されているもので、話数がたまると単行本が刊行されてます。今のところ2冊刊行されています。
取り上げられている作家はとても豪華。
1冊目は古賀新一、日野日出志、伊藤潤二、犬木加奈子という文句なしの布陣。
2冊めでは御茶漬海苔、諸星大二郎というカルト的な人気を誇る大御所も登場しています。

筆者は最近はあまり漫画を読まなくなってしまいましたが、20年くらい前はこの辺の作家はいずれも大ファンで、熱心に読んでいました。特に伊藤潤二と御茶漬海苔は作品を全て揃えるというだけにとどまらず、著書を全バージョン揃えるくらい入れ込んでいましたので、この「怪奇まんが道」の内容はとても興味深く、また嬉しいものでした。

最近の若い人はあまり読んでいないかな、という気もするのですが、一人でも好きな作家がいれば、買う価値アリと思います。
第一話の古賀新一は試し読みもできます。
http://comip.jp/Z/cbs/c565/c52-767/





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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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