19世紀フランスの文豪アレクサンドル・デュマの代表作「モンテ・クリスト伯」は、日本では「巖窟王」(巌窟王、岩窟王)のタイトルで親しまれています。
子ども向けの名作全集には必ず収録される定番の小説ですが、原作は岩波文庫版で全7冊にもおよぶ長大な物語です。
無実の罪により、14年の歳月を牢につながれ、恋人を奪われた船乗りのエドモン・ダンテスは、獄中で出会った神父の導きにより脱獄に成功、モンテクリスト島に隠された財宝を手に入れます。そして、大富豪モンテ・クリスト伯爵と名乗り、パリ社交界にデビュー。自分を陥れた者たちに対して復讐劇を繰り広げていくのです。
一つ一つのエピソードがスリリングであり、定期的に山場がありますので、長い小説ではありますが、途中で飽きることはありません。
巨万の富を背景にした伯爵の豪快な金の使い方には、ついつい筒井康隆の「富豪刑事」を思い出してしまい、笑ってしまうほどです。冷酷に一歩一歩計画をすすめる一方、人間的な感情の動き、失われない高潔な精神も見られ、物語に深みを与えています。

そんなわけで、子どもの頃にダイジェスト版を読んだ方も、あるいは全くどんな話なのか知らないという方にもおすすめできる、エンターテインメントの古典です。
とはいえ、完訳やらダイジェスト版やらいろいろ出ているうえ、「モンテ・クリスト伯」と「巖窟王」がどういう関係なのか、という点で混乱もあるようなので、いくつか出ている翻訳を、まとめてみます。

岩波文庫『モンテ・クリスト伯』(全7冊) 山内義雄・訳

モンテ・クリスト伯 7冊美装ケースセット (岩波文庫)
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実は、これだけ有名な作品にもかかわらず、現在、文庫で読める完訳は、岩波文庫版しかありません。過去には、次に紹介する講談社文庫版もありましたが、今は絶版です。
山内義雄訳は日本では定番の訳とされ、永く読み継がれていますが、とはいえ翻訳されたのが戦前のため、やや読みづらい部分もあります。そこが逆に格調高い雰囲気をかもし、名訳であるという評価もあります。
いずれにしても、文庫で手軽に読むのであれば、現時点でこれしか選択肢はありません。電子書籍版もあります。

モンテ・クリスト伯 1 (岩波文庫)
アレクサンドル・デュマ
岩波書店
2014-12-18


講談社文庫『モンテ=クリスト伯』(全5冊) 新庄嘉章・訳

モンテ=クリスト伯 1 (講談社文庫 て 3-1)
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かつては講談社文庫からも全訳が出ていましたが、現在は絶版です。筆者は中学生の頃に購入したこのバージョンで読んでいます。
こちらも割りと古い訳ですが、岩波文庫版よりは、はるかに読みやすいかと思います。
古本であれば容易に入手できます。
また、Kindle版も発売されました。



新井書院『モンテ=クリスト伯爵』 大矢タカヤス・訳

モンテ=クリスト伯爵 (オペラオムニア叢書) (オペラオムニア叢書 1)
アレクサンドル デュマ
新井書院
2012-06-27

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今のところ最も新しい訳は本書です。大矢タカヤス氏は他にもバルザックやヴェルヌの翻訳などをあちこちの出版社で手がけており、信頼できる訳者です。
難点は、一冊にまとまっており、大変な厚さになっていること。電車の中で読んだりするのは少々しんどいかと思います。
また、なぜか横書きで印刷されており、これも読みづらいのでは?という気もしますが、これは慣れの問題でしょう。できるだけ文章を詰め込むための措置でしょうか。単行本ですが、Oxford classicsのようなペーパーバックを模した造本となっており、個人的にはもう少し高級感が欲しかったようにも思います。
このような難点を補って余りあるのが、岩波文庫版よりとにかく読みやすい訳文であること。それから、分厚い単行本ではありますが、価格は3694円+税と、岩波文庫を7冊揃えるより圧倒的に安くなっています。
また、挿絵を収録しているのも大きな魅力です。

『モンテ・クリスト伯』 泉田武二・訳

モンテ・クリスト伯(1)
アレクサンドル・デュマ
グーテンベルク21
2015-04-17


現在、電子書籍のみ入手可能ですが、かつて「講談社スーパー文庫」として、大判の一巻本で出ていたものです。筆者は目を通したことはありませんが、山内義雄訳よりははるかに新しい訳のはずなので、電子書籍に抵抗のない方は、こちらで読むのもアリでしょう。
全5冊で、すべて揃えても、新井書院版よりちょっと安めです。

ダイジェスト版について

「モンテ・クリスト伯」はこれだけ長い小説でありながらほとんど無駄な部分がなく、スラスラと読めますので、読むならやはり完訳がおすすめです。しかし、これだけの長さに挑戦するのもなかなか大変ですので、そんな方は児童向けのダイジェスト版を読んでみてはいかがでしょうか。

・岩波少年文庫版 竹村猛・編訳
モンテ・クリスト伯 (上) (岩波少年文庫 (503))
モンテ・クリスト伯 (中) (岩波少年文庫 (504))
モンテ・クリスト伯 (下) (岩波少年文庫 (505))
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児童向けといえども3冊にわかれており、完訳よりは手軽に、しかしたっぷりとこの大長編にトライできます。
訳者の竹村猛は、デュマの作品ではほかに「三銃士」を完訳しており、角川文庫と偕成社文庫とに収録されています。デュマの翻訳については信用できます。

・講談社青い鳥文庫『巖窟王』

巌窟王 (講談社青い鳥文庫)
アレクサンドル デュマ
講談社
1989-05-10


岩波少年文庫よりさらに短く、1冊にまとまっています。訳を担当しているのは矢野徹。「カムイの剣」などの小説や、SFの翻訳などで有名ですが、児童向けの翻訳も手がけており、これもその一冊です。

・集英社 少年少女世界名作の森『巖窟王』
巌窟王―少年少女世界名作の森〈15〉
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集英社の児童向け名作全集の一冊。ポイントは天野喜孝氏の挿絵。筆者は小学生の頃にこの本で、初めてこの物語に触れましたが、天野氏の挿絵は今でも強烈に印象に残っています。

コミック版

あらすじだけを手軽に知りたい、という場合にはコミック化されたものもいくつか出ています。

モンテ・クリスト伯爵 (ジェッツコミックス)
森山絵凪
白泉社
(電子書籍版もあります)




いずれもコンパクトに1冊にまとまっています。
筆者はどちらも読んでいませんが、ジェッツコミックの方は原作ファンからも評判が良いようです。

黒岩涙香『巖窟王』

最後に、こちらをご紹介します。
リンク先はAmazon商品紹介ページ。中古本のみ販売されています。


この小説が日本で「巖窟王」というタイトルで親しまれているのは、明治時代に初めて「モンテ・クリスト伯」を訳した黒岩涙香がこのように名づけたためです。
涙香の訳は「翻案」と言われ、現在のように原著を厳密に訳すのではなく、日本人が読みやすいように人名・地名を日本風に置き換えたり、文章を書き直したりしています(「モンテ・クリスト伯」→「巖窟島伯爵(いわやじま)」)。また、完訳ではなく原作を半分程度にまで刈り込んでいます。
そもそも「巖窟王」という訳題が普及するきっかけとなった本を読んでみたい、という方には、何年か前に出た、はる書房版は印刷もきれいで読みやすく、日本人が初めて接した「モンテ・クリスト伯」を手軽に楽しむことができます。

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