平成8年。
この年、第1回のメフィスト賞が発表され、森博嗣が「すべてがFになる」でデビューしました。
森博嗣は京極夏彦と同様、デビュー当初はマニアからも注目されましたが、やがて幅広い読者層から熱狂的な支持を集めるようになりました。
京極夏彦が人気を得たあたりから筆者が個人的に感じていた「本格秋の時代」ですが、一方でコアな本格ファンが熱心に追いかける流れも出てきました。

その代表が、東野圭吾がこの年に発表した「名探偵の掟」「どちらかが彼女を殺した」などの一連の作品です。
東野圭吾といえば今や日本を代表するエンターテインメント作家。
この大ブレイクは平成10年の「秘密」がベストセラーとなったことがきっかけだったように記憶していますが、それ以前はかなり地味な印象の作家でした。
昭和60年に「放課後」で乱歩賞を受賞してデビューして依頼、地道に作品を発表していましたが、マニア向けというわけではなく、かと言って一般読者を広く獲得していたわけでもなく、それほど売れている作家ではありませんでした。筆者も「放課後」を読んだのみで、その他の作品を読んだことはありませんでした。
ところが、この前年に発表したサスペンス小説「天空の蜂」がかなり話題となり、俄然、ミステリマニアからも注目を集めるようになりました。そこへ登場した「名探偵の掟」でまさに掟破りの芸風を披露し、マニアから拍手喝采。その後、新作が出るたびにファンの間で議論が巻き起こるという存在になりました。
マニアからの支持という点では「容疑者Xの献身」あたりが絶頂期で、その後はあまりに大人気のベストセラー作家となったため、逆にマニアの間ではそれほど話題にならなくなってしまった印象もありますが、ともかく東野圭吾の人気に火がついたのはこの頃です。

話を戻しますと、平成8年の東野圭吾作品は、著者のブレイクに寄与したというだけでなく、コアな本格ファン層をあぶり出す効果もあったように感じています。
同じ年、もう一つ本格ファンを熱狂させた作品があります。倉知淳の「星降り山荘の殺人」です。
都筑道夫の往年の傑作「七十五羽の烏」の体裁を引用しつつ、油断している読者をひっくり返す快作でした。
このあたりの作品は、読者はもちろん前年に始まった探偵小説研究会のメンバーたちからも盛んに言及され、本格論議が盛り上がるきっかけとなりました。
「ミステリ」というジャンルが「エンターテインメント」というさらに巨大な枠の中へ飲み込まれつつある中で、やはり「本格」にこだわりたいという読者の意識が高まってきたように感じます。

その一方で、この年は清涼院流水がデビューした年でもあります。森博嗣に続く、第2回メフィスト賞です。その後のメフィスト賞の性格を決定的なものにしてしまった印象があり、これが西尾維新の登場へとつながっていきます。とはいえ、これはもはや「ミステリ界」のできごととは認識されていないように思われます。


関連コンテンツ