平成4年。
この年は、宮部みゆきの大ブレイクを実感した年でした。
もちろんデビュー以来、すでに着実な評価を得ていたのですが、ベストセラー作家として広く認知されたのはこの頃だったように思います。
中でも「火車」は今でも代表作の一つとして挙げられる作品ですが、この年の刊行です。
筆者が「え、宮部みゆきの人気っていつの間にそんなに……!」と驚いたのは、文春文庫「我らが隣人の犯罪」が収録されたときです。(奥付を見ると平成5年1月のことですが)
それまで、宮部みゆきの主だった作品はポツポツと買って読んでいたのですが、デビュー作を含むこの短編集はまだ読んでいなかったため、文庫化の機会に買いに行きました。
ところが! どこの本屋へ行っても売り切れていて置いていないのです。これは本当に印象深いできごとでした。

筆者は高校2年という時期ですが、ミステリの話をできる相手は、相変わらず周囲にはおらず、年末に「このミス」を読むことが唯一の情報源であり、もう本当に楽しみにしていました。歴代の「このミス」で最も待ちわびて買ってきて、隅から隅まで熟読したのはこの年のものだったと記憶しています。
その「このミス」、1位は船戸与一「砂のクロニクル」。船戸与一は「このミス」上位の常連だったので、順当な結果と言えますが、この頃は相変わらず冒険小説は強い時期でした。筆者としては船戸与一の最高傑作はどれかと問われたら、「山猫の夏」と散々迷った挙げ句、「砂のクロニクル」を挙げてしまいます。派手なアクションと、緻密な作劇、リアルな国際情勢の描写など、隅々まで堪能できます。すでに25年前の小説ということになりますが、未だに冒険小説の最先端を行く作品、という印象が残っています。

「このミス」2位は宮部みゆき「火車」でしたが、3位は「哲学者の密室」。筆者は、当時買ったものの、実を言えば未だに積ん読……。こんな分厚いものをちゃんと読む人いるんかね、と当時思いましたが、筆者がミステリを読み始めてから矢吹駆シリーズの新作が発表されたのは初めてのことでしたので、これほどしっかりした人気があったとは知らなかったのです。
笠井潔はこの頃から「第三の波」「大戦間ミステリ」などの用語を考案し、評論家としての活動が目立つようになってきました。

また新本格勢は有栖川有栖「双頭の悪魔」、我孫子武丸「殺戮にいたる病」、法月綸太郎「ふたたび赤い悪夢」と、一皮むけた力作を発表しています。
本格ミステリといえば、島田荘司が編纂した書き下ろしアンソロジー「奇想の復活」(立風書房)というものもありました。新しいブームがいよいよ定着したことを実感するとともに、「叫ぶ夜光怪人」を絶賛し、新作「眩暈」を発表する島田荘司の活動に「大丈夫か?」という不安を抱いたものです。とはいえこのアンソロジー「奇想の復活」は非常に楽しい本で、今も大事に書棚へ並べています。

個人的に嬉しかったのは井上夢人「ダレカガナカニイル…」ですね。
平成元年に岡嶋二人としての活動を終え、ソロになってからの初めての作品。
翌年の「あくむ」とあわせて、高校生だった筆者は何度も何度も読み返すくらい大好きな小説でした。



関連コンテンツ