201807超国家主義244

笠原和夫が脚本を担当した東映の映画「日本暗殺秘録」(1969年)は近代日本のさまざまな暗殺事件をオムニバス形式で並べた作品です。
ここで取り上げられた事件は以下のとおりです。(カッコ内はメインで取り上げられた人物)
・桜田門外の変(水戸浪士)
・大久保利通暗殺事件(島田一郎)
・大隈重信襲撃事件(来島恒喜)
・星亨暗殺事件(伊庭想太郎・ただし映画には犯人は登場せず)
・安田善次郎暗殺事件(朝日平吾)
・ギロチン社事件(古田大次郎)
・血盟団事件(小沼正・井上日召)
・永田鉄山斬殺事件(相沢三郎)
・二・二六事件(磯部浅一)

さて、それぞれの事件には斬奸状や遺書、獄中記など、関係者による手記が残されています。それが収録された本を探してみました。
まず、1964年に筑摩書房から発行された「現代日本思想大系31 超国家主義」という本があります。
筆者はこの本を密かに「日本暗殺秘録」の元ネタ?と思っています(実際にどうかは知りませんが)。
本書は戦前の超国家主義者が書いた文章を集めたものなのですが、目次は以下のとおりです。

解説「昭和超国家主義の諸相」橋川文三
「死の叫び声」朝日平吾★
「無限私論」西田税△
「梅の実」井上日召★
「『日本精神研究』はしがき」大川周明△
「五・一五事件陳情書」後藤映範
「二・二六事件獄中日記」磯部浅一★
「丹心録」村中孝次
遺書と辞世歌
「日本愛国革新本義」橘孝三郎
「自治民政理」権藤成卿
「日本改造法案大綱」北一輝△
「五・一五事件尋問調書」大川周明△
付「昭和維新論」東亜聯盟同志会

★印が「日本暗殺秘録」に登場した人々です。
朝日平吾「死の叫び声」は事件に際しての斬奸状。
井上日召「梅の実」は獄中で記した自伝的随筆。
磯部浅一「獄中日記」は非常に有名ですが、処刑前に書かれた呪詛に満ちた手記です。

また△の西田税は「日本暗殺秘録」には登場しませんが「相沢事件」「二・二六事件」に深く関わりました。北一輝も同じく登場人物ではありませんが「二・二六事件」の理論的リーダーとして刑死したことがよく知られています。大川周明もこの映画に取り上げられた事件のいくつかに理論的・精神的に関与しています。

というわけで、この一冊で「日本暗殺秘録」の背景をかなりカバーできます。映画製作の5年前に発行されたというタイミングから考えても笠原和夫が本書を参照していただろという可能性は高いように思うのですがどうなんでしょう。あるいは、当時のこの業界では、誰が考えてもこの並びは常識的なものというだけだったのかもしれませんが。

この他、映画本編ではギロチン社・古田大次郎の手記「死の懺悔」も印象的に取り上げられています。これも映画が公開される直前、1968年に春秋社から刊行されています。(新装版が1998年にもやはり春秋社から出ました)
この辺も当然、笠原和夫は目を通していただろうと思います。

本編には登場しない星亨襲撃犯・伊庭想太郎も「斬奸状」を遺しているようです。「ようです」というのは、この文章が収録されている本をいまだに見つけられずにいるためです。ただ、この伊庭想太郎を主人公にした小説があります。山田風太郎の「明治暗黒星」(ちくま文庫「明治バベルの塔」収録)です。とはいえ、この小説が書かれたのは「日本暗殺秘録」よりあとなので、笠原和夫が参照したことはないでしょう。

というわけで、今回は「日本暗殺秘録」で取り上げられたテロリスト・関係人物たちの手記を紹介してみました。





死の懴悔―或る死刑囚の遺書
古田 大次郎
春秋社
1998-10

1998年の新装版



笠原和夫 人とシナリオ
シナリオ作家協会
2003-12

「日本暗殺秘録」のシナリオを収録





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