201804浪漫疾風録214

先日の「復刊希望」の話を書きながら思い出した本があります。生島治郎の「浪漫疾風録」という小説です。
生島治郎は国産ハードボイルド・冒険小説の草分けとして知られていますが、作家デビュー前は早川書の編集者でした。
この小説は冒険小説っぽいタイトルなのですが、その編集者時代を小説形式で回顧したものです。
生島自身をモデルにした主人公だけは「越路玄一郎」と名づけられているものの、他の登場人物は全て実名。
そう、つまり、田村隆一、都筑道夫、福島正実といった面々が「上司」「同僚」として登場していくる、なんとも豪華な小説なのです。小泉喜美子ももちろん出てきます。
1993年に講談社から単行本が刊行され、96年に文庫化。しかし、すぐに品切れになって、それきり再刊されたことはありません。続編の「星になれるか」という作品もありますが、こっちも同じ運命をたどっています。

これはしかし、本当に最高に面白い本です。
個人的には、都筑道夫のエピソードが大好きです。

 都筑は独身のせいか妙なくせがあった。給料をもらうとすぐ、すべての衣服を新品に取り替えるのである。上衣からシャツ、ネクタイ、ズボン、それに靴下まで新しくなっている。そして、その姿は次の給料日まで全く変わらない。着たきり雀のまま一ヵ月を暮らしていたらしい。
 むろん、下着もその方式だから、だんだん汚れてくるが、取り替える気配はない。一ヵ月も同じ下着を着つづけていれば臭わない方が不思議である。

本当の話かどうか知りませんが、本書執筆当時は都筑道夫は健在で、それで特に抗議もなかったようなので、まあほぼ事実と考えてよいでしょう。
このように、錚々たる登場人物たちの「体臭」まで感じられる濃密な描写が続きます。
それだけでなく、本書はまた海外ミステリ翻訳史としても非常に興味深い内容です。
早川書房は戦後から現代に至るまで、翻訳小説の最前線にある出版社です。
「EQMM」が創刊され、ポケミスの刊行が始まり……という、翻訳ミステリが本格的に読まれ始めた時代がしっかりと描かれています。
以前に本の雑誌社から刊行され、今はみすず書房から出ている『戦後「翻訳」風雲録』も、ほとんどは早川書房を舞台としたエピソードでした(著者の宮田昇はやはり早川書房の編集者だった方)。本書とあわせて読むと面白さは倍増です。

というわけで、前回の記事は「昭和ミステリ」と銘打ってしまったため本書は見送ったのですが、やっぱり、ちくま文庫あたりに本書を拾ってほしいなあ、と思っています。

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