201710プロメテウスの乙女131

「どうしてこんな世の中になっちまったんだろう」
「急になったわけじゃないわ。少しずつ、少しずつ、このくらいなら、まだこの程度なら、と思ってるうちに、どうしようもないところまで来ちゃうのよ」
『プロメテウスの乙女』(角川文庫)141ページより

赤川次郎はあまりに作品を量産しすぎているせいで軽く見られがちな印象がありますが、エッセイなどを読むと非常に教養豊かな知識人であり、また筋の通ったリベラル派の論客でもあります。

ここ数年、日本は極端に右傾化している印象があります。
さらに今回の衆院選は大衆扇動合戦の様相を示しています。
このような状況下で『一九八四年』などのディストピア小説がさかんに読まれていますが、中でも現在の状況を最も的確に予言しているのが、この『プロメテウスの乙女』でしょう。
本書は昭和57年に発表されました。
同じ年には「晴れ、ときどき殺人」や「探偵物語」なども発表されており、新進の人気作家としてブームを巻き起こしていた頃です。
当時はまだまだ冷戦のさなかであり、全体主義といえば共産圏のものでした。日本の政局においても左翼の力が強かった時代であり、そのような時期に戦前へ回帰したかのような右傾化した未来の日本を描いているのは恐るべき先見の明です。改めて読むと、現在の日本との共通点が至るところに描かれ、慄然とします。

右傾化が進んだ近未来の日本が舞台です。一人の強烈な個性を持つ首相のもとで急速に軍国主義化し、国民は秘密警察に監視され、この状況に異を唱えるものは、小説家であれ映画監督であれ、「プロメテウスの処女」という少女だけで構成された組織の襲撃を受ける……。
赤川次郎は、ユーモアミステリの書き手と思われがちですが、実際に作品を読んでみるとシリアスで暗い小説の方がむしろ本質ではないかと思わされます。代表作である『三毛猫ホームズの推理』や『ひまつぶしの殺人』も、読後の印象は全く爽やかではありません。
『プロメテウスの乙女』は、近未来の日本が舞台という点では異色ですが、シリアスでサスペンスフルな展開、リベラルな思想に裏づけられた世界観など、むしろ赤川次郎の本領発揮と言ってよいでしょう。

昭和59年に角川文庫に収録されましたが、それから20年以上経った平成19年に「赤川次郎ベストセレクション⑤」と銘打って改版が発行されています。この改版発行時には内容に手を加えているようで、「JR」など作品が発表された昭和57年当時には存在しなかったはずの単語も見られます。

本書について、ひとつ「えらいな」と思うのは、重版のタイミングです。
ディストピア小説の名作としてファンのあいだでは知られていましたが、一般的にはそれほど有名でもなく、10年前に刊行された改版は初版のままでした。それが今年、平成29年(2017年)に再版されているのです。
ようやく出版社の在庫が切れたから重版……という「たまたま」の結果という可能性もありますが、やはりここ数年の社会状況から、角川文庫が「商機あり」と踏んで重版したのではないか、そんな気がします。
いや、むしろ2017年の日本人へ向けて書かれた小説なのでしょう、これは。

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