201709リング122

鈴木光司によるホラー小説「リング」は、1991年に角川書店から単行本で発行されました。
もともと横溝正史賞に応募し、最終選考まで残ったものの「ミステリではない」という理由で選に漏れたものでした。その後、鈴木光司が「楽園」でファンタジーノベル大賞を受賞して作家デビューしたことから、「リング」も刊行されることになったようです。
初版部数は正確には知りませんが、数千部だった言われています。文芸書が全く売れない現在の目から見ると「まあ、そんなもんでしょう」という部数ですが、もっとガンガンと刷っていた91年当時にあっては非常に地味な存在でした。筆者は1991年というと高校1年生のときで、新作の国内ミステリは熱心にチェックしていましたが、「リング」については新刊時点では書店で見かけた記憶はありません。

この作品に小説好きの注目が集まったのは「このミステリーがすごい! 92年版」の14位にランクインしたことがきっかけではないかと思います。この年のベスト20位以内にランクインしている作品は、おおむね評価の定まった作家のものばかり並んでいる中で(麻耶雄嵩「翼ある闇」もこの年で13位に入っていますが、島田荘司推薦の派手な登場でした)、「鈴木光司・リング」という作家名・書名ともに地味な組み合わせは逆に目立っていました。
さらに同書に掲載された三橋暁のコラム「氷河期のホラー小説を救え!」では、今年の「きわめつけ」として激賞されており、興味をそそられるものでした。
筆者は、ここで「リング」の存在を知り、地味な装丁がこれまた伝説になっている初版本で読んだのですが、とはいえ、この時点でもこの小説を認知しているのは「このミス」を読んでいるような人だけでした。(この頃は「このミス」もまだ4回目で、単なるミステリマニアのお祭りに過ぎず、ランクインしたらベストセラーになるというような現象は全くありませんでした)

マニアではない、一般読者のあいだでブレイクしたきっかけは、1993年に角川ホラー文庫創刊ラインナップに加えられたことでしょう。
店頭での展開を眺めていても、もしかして「リング」を売るためにレーベルを創刊したのか、と思ってしまうくらい、強力にアピールされていた記憶があります。
ここにおいて「リング」はベストセラー小説となり、ホラー好きのあいだでは知らぬもののない作品となったわけです。

95年には2時間ドラマが製作されました。
脚本の飯田譲治は当時、深夜ドラマ「NIGHT HEAD」でカルト的な人気を博しており、放映前からかなり話題になっていました。
前回の記事にも書いたとおり、出来映えは期待以上で、この原作のほぼ完璧な映像化と思われました。

と、ここまでが映画「リング」が登場するまでの「前史」に当ります。
今回のシリーズ記事は「Jホラー懐古」ということで、映画「リング」をブームの起点に置いています。
この映画は、今でこそ化け物「貞子」を主役としたJホラーの代表作と認識されていますが、公開時にはこんなに怖い内容であることは予想されておらず、観客のほとんどは「原作に興味がある」という人の方が多かったのではないかと思います。
したがって、公開時点での世間の空気を記録するためには、原作が当時どのように評価されていたのかを見直すことも必要と考え、筆者の視点から見た小説「リング」の歴史をつらつらと書いてみました。

映画が原作ファン向けに製作されたことは、続編である「らせん」と当時上映されたことからも伺われます。なおかつ「らせん」の監督はあの飯田譲治でした。
筆者などは、「女優霊」の中田秀夫監督・高橋洋脚本コンビが「リング」の世界と馴染めるとは思えず、映画館へ行くときには、どちらかというと飯田譲治の「らせん」の方に期待していたくらいです。

しかし、「リング」のラスト、テレビから這い出る貞子のショックは大きすぎました。
筆者は友人と観にいきましたが、二人とも「らせん」のことはまるで記憶に残らず、「リング」の衝撃についてばかり話しながら帰ってきた記憶があります。
「らせん」は、原作自体がホラーからSFへと話が変わってしまっており、賛否両論でしたが、筆者は非常に気に入っていました(ちなみに「らせん」は「リング」が文庫化されたあとで刊行されたため、発売直後からベストセラーとなり、筆者は初刷を買い損ねて重版を待って買う羽目になりました)。
映画「らせん」は原作を非常に忠実に映像化しており、ドラマ版「リング」とセットにすれば、鈴木光司の世界をハイレベルに再現したシリーズということになったはずなのですが、しかし、映画「リング」の原作とは別の恐怖を引きずり出した演出の前には霞んで見えるのもやむを得ないことでした。

これは世間のほとんどがそうだったようで、その後「リング2」という「らせん」とは別の続編まで作られてしまいました。
後年、「らせん」で主演した佐藤浩市が、Jホラーブームの中で作られた映画「感染」の製作発表記者会見で「『リング』がJホラーの火付け役らしいが、我々が一生懸命作った『らせん』はどこへ行ってしまったんだ!」というようなことを自嘲気味に発言していて、笑ってしまいました。

次回は、映画「リング」に影響を与えたものを見ていきたいと思います。

リング (角川ホラー文庫)
鈴木 光司
角川書店
1993-04-22




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