備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

2019年11月

映画「彼女がその名を知らない鳥たち」(白石和彌監督)

2017年公開なので、かなり今さらですが、白石和彌監督の映画「彼女がその名を知らない鳥たち」を観ました。
実は全くどんな内容なのか知らず、原作がミステリであることすら知らず、「蒼井優が出ている」という以外、一切の予備知識を持たず、単に「ヒマだから」というだけで観たのですが……これはビックリしました。
以下、ネタバレを気にせずに感想を書きますので、原作を未読、映画を未見の方はご注意を。

蒼井優の痛々しいダメ女っぷりは、それだけ驚異的でしたが、阿部サダヲのサイコ演技を楽しむサスペンス映画だと油断していたところが、まさかの真犯人。どんでん返しが用意されているとはまるで疑わずに観ていたため、仰天してしまいました。
「意外な犯人」のパターンは本格ミステリではいろいろありますが、この映画は蒼井優の一視点で描かれているため「語り手=犯人」パターンと言えます。つまり「信頼できない語り手」であるわけなのですが、一方で記憶を失っているため本人にその自覚はなく、いわば「探偵」として事件の真相を探ろうとします。
つまり「語り手=探偵=犯人」であったというわけで、真相を知ってから改めて見直すと、阿部サダヲはきちんと辻褄の合った演技を見せており、かなり感心します。

というわけで、本編も非常によかったのですが、さらに関西在住者としてはロケ地も見どころが多かったですね。
阪堺電車に乗っているので、蒼井優と阿部サダヲのマンションは堺方面かと思いきや、マンションから外へ出ると天神橋筋商店街やら淡路商店街やらいかにも大阪の商店街が広がります。地下鉄の階段を駆け下りて阪急電車へ乗り込むシーンは、天神橋筋、淡路近辺なら筋が通っている。
松坂桃李の勤めるデパートは、大阪城近くかと思えば、天王寺周辺までブラブラ歩いていたりして、いったいどこに建っているのかよくわかりません。
竹野内豊の登場シーンが神戸、というのは一貫していて(これは原作もそうです)、北野坂のナンパシーンはいかにも神戸。海外ロケかと思うような美しい砂浜も登場しますが、これが調べてみたところ、実は神戸空港島西緑地の人工海岸と知ってビックリ。(こちらに記載があります → https://www.kobefilm.jp/works/data/001977.html
蒼井優が竹野内豊を刺すシーンは、ポートアイランドスポーツセンター横の駐車場。以前に息子をスケートへ連れていったときに車を駐めた場所だったので、「こんなところでごちゃごちゃやってんのか!」と、笑ってしまいました。
ラストシーンも、関西の土地鑑があるとちょっと混乱しますね。
松坂桃李が刺されるシーンは夕陽丘近辺の路地ですが、引き続き、蒼井優が全てを思い出して阿部サダヲと語り合うシーンは、一気に30キロほど西へ飛んで、神戸の港を見下ろす公園。
実を言うとここで「???」となってしまったのですが、「まあ、景色のよいロケ地が、ほかになかったんだろう」と納得することにしました。(https://www.lmaga.jp/news/2017/10/30584/4/ こちらの記事を読むと、実は監督としては大阪の町並みをCGで遠景にはめ込みたかったそうです)

中途半端に観たことのある景色が映りつつ、映画としては「架空の町並み」ということで、関西在住者以外は全く気にならないと思いますが、筆者としてはだいぶ気になるところでした。
が、まあ気軽に行ける範囲でロケ地巡りをできるというのも貴重なことです。近くを通りかかるときには、いちいち場所を確認しに行こうかな、と思っています。

新宿鮫・鮫島警部は今、何歳?

201911新宿鮫013

大沢在昌、新宿鮫シリーズの新刊『暗約領域 新宿鮫Ⅺ』が刊行されました。
前作『絆回廊』から、なんと8年ぶり。
『絆回廊』とのその前の『狼花』とのあいだが5~6年空いていて、当時、これはちょっと待たされ過ぎだよなあ……と思ったものですが、今回はそれよりも年数が経ってしまいました。
前回の終わり方から考えて、すぐさま次作が出てもよさそうだと思っていたんですが。
ってことは、次が出るのは10年後? メインの読者層はもう死んじゃってるんじゃないか?

ところで筆者は、シリーズ全作をリアルタイムで追いかけている読者の中では最も若い世代ではないかと思います。
1作目が出たときは中学3年生。大沢在昌の名前はなんとなく書店で見て知っていたという程度だったのですが、あまりにイカレたタイトル(当時はそう思いました)に、熱のこもった賛辞が並ぶ帯を見て「これはなんだかすごそうな小説だ」と思って、新刊本として書店に並んですぐに買ってきたのでした。
しかし、その時の筆者にはピンと来ませんでしたね。ハードボイルドや冒険小説、警察小説のたぐいは全く読んだことがなかったため、むしろ読みづらい小説だとさえ思いました。
その後「このミス」で1位になっているのを見て、「ふーん。世間ではこういう小説が面白いとされているのか」などと思いつつも、自分には合わない世界だと感じていました。
そこで、高校1年のときに発売された2作目『毒猿』は新刊ではスルーしていたのですが、年末になると相変わらず「このミス」で上位に入っているので、やっぱり読んでみるか、と買ってきたところ……!!!!!
これは衝撃的な面白さでした。改めて1作目を読み直すと、なんだこれは、めちゃくちゃ面白いではないか。
中学3年から高校1年にかけて、高校受験以外には目立ったイベントはなかったはずなのですが、筆者の中で何かが確実に成長していたようです。
そんなわけで、その後の新作は毎回、発売日を待ち構えて買ってきました。高校3年のときは大学受験に備えて1年間読書を絶とうと決め、実際、島田荘司の大作『アトポス』なんかも「大学に入ってから読もう」と手をつけていなかったのに、新宿鮫4作目の『無間人形』だけは我慢できず、一日で読んでしまいました。この年に読んだのは、見事にこの1冊だけでした。
この頃の大沢在昌は、いま振り返っても本当に絶好調。『走らなあかん、夜明けまで』『B.D.T』『天使の牙』と、どれもこれも一気読み必至の徹夜本ばかりが新作として発表され、熱狂的に読んでいたもんです。対談集の『エンパラ』も最高でした。

と、思い出話に耽ってしまいましたが、本題。鮫島警部はいったい何歳なのか?

このシリーズ、時代設定は毎回、発表時のリアルタイムに設定されているように思われます。
新宿の最新の世相を反映させており、小道具も時代にあわせて新しいものが次々登場します。今作ではスマホも登場しました(前作『絆回廊』にスマホが出てきたかどうか、8年前のことなのでもはや忘れましたが、たぶん出てきてなかったと思います)。
また、ある時期に、それまで警視庁では「防犯課」だった部署名が「生活安全課」と変更されたため、「新宿鮫でもそんな庶民的な名前をそのまま使うのか?」と読者はみな心配したもんですが、今や「生活安全課」という呼称も特に違和感なく定着しています。
さらに今作では冒頭から、「平成二十九年に公布された住宅宿泊事業法により……」という記述も見られます。

ということは、登場人物たちも順調に年齢を重ねているはずで、初登場時に36歳くらいだった鮫島警部は、もはや還暦を過ぎているということになります。
しかし、それだと定年退職しているはずです。退職後に警備員として新宿の商業施設をウロウロしているというならともかく、こんな風に麻薬や殺人の捜査で第一線に出て頑張っているわけがありません。
となると、結論は一つ。サザエさん方式です。
「サザエさん」や「ガラスの仮面」と同じく、作中の時代と登場人物たちの年齢の進行は一致していないと判断したほうがよさそうです。

新宿鮫シリーズは、各回ごとに発生する事件とは別に、シリーズ全体を通してのストーリーがあります。鮫島と公安との暗闘、恋人・晶や、上司・桃井との関係。
各回ごとの事件は勢いよく語られていくものの、背景となっている大きな物語は遅々として進みません。色々と謎が多く、展開が気になるにも関わらず、一向に先が見えない。
はたして、鮫島の定年退職までに、シリーズは完結するのか?
実際のところ、作者が出し惜しみしているうちに、取り返しがつかないくらい長期間のシリーズになってしまったんじゃないかと、筆者としてはそんな風に疑っていますが、このままシリーズが中断されたりしたら30年来の読者としては本当に困ります。

今回の新作、まだ最後まで読んでいないのですが、初めの方を読んでいると相変わらず年齢不詳です。
これまで、鮫島の年齢が気になってかなりヤキモキしていましたが、いよいよ還暦を過ぎても刑事をやっているということがわかり、「サザエさん方式である」と確信を持つことができたので、実はかなり安心しました。

大丈夫。鮫島は年を取らない。シリーズは、作者が死ぬまでに完結してくれたらOK。

というわけで、次回作はのんびり気長に待ちたいと思います。

暗約領域 新宿鮫XI
大沢在昌
光文社
2019-11-19


春日太一『黙示録――映画プロデューサー・奥山和由の天国と地獄』(文藝春秋)

201911奥山和由012

春日太一氏の新刊「黙示録――映画プロデューサー・奥山和由の天国と地獄」を読みました。
これは本当に読んで良かった本ですね。好きな映画の裏話が聞ける、というレベルではなく、80~90年代の邦画に対する認識がガラリと改まりました。

そもそも、奥山和由というプロデューサーに対してはあまりよい印象を持っていませんでした。
親のコネで松竹へ入社すると「ハチ公物語」の大ヒットで調子に乗り、「RAMPO」では監督をないがしろにする横暴ぶり。「226」で笠原和夫の顰蹙を買い、ついには親子で松竹を追放される。
もちろん北野武監督を誕生させたり、「丑三つの村」「GONIN」など、筆者の大好きな映画をたくさんプロデュースしているということは知っていました。
しかし、それらの成果はすべて監督のおかげ、と思っており、プロデューサーの存在はほとんど意識していなかったわけです。
「いつかギラギラする日」なんかは、深作欣二と笠原和夫の秘蔵の企画からタイトルだけ持っていきやがって、とほとんど言い掛かりに近いことまで思っていました。

しかし、本書を読むと、これらはすべて全くの誤解。勘違い。
奥山和由が熱い思いとアイデアとを持って取り組んだことで生まれた作品であったということがよくわかります。
華々しい活躍ぶりは、筆者のごとき世間一般の素人からは胡散臭い目で見られ、松竹を追い出されたときにはマスコミからバッシングを受けます。しかし、このときに深作欣二や菅原文太という文句なしに信頼できる人たちから送られた直筆の手紙には泣きました。
映画プロデューサーというのは、角川春樹にしても奥山和由にしても、会社を追い出されてなんぼ、っていうものなんでしょうかね。

改めてプロデュース作を見直していこうという気になりました。
さっそく「いつかギラギラする日」のDVDを我が家のコレクションから取り出して見ていたわけですが、ラストシーン、ショーケンがパトカーの屋根の上を四駆で走り抜けるシーンは、本書の裏話を知ってから見ると爆笑です。

80~90年代の映画史として秀逸であり、奥山和由というプロデューサーの業績を記録したものとして貴重であり、名作の裏話として興味深い。
本当に読んで良かった本です。



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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
ブログ更新通知:https://twitter.com/squibbon19

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