備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

2019年06月

古屋兎丸作画!「明仁天皇物語」(小学館)

201906明仁天皇物語326

「昭和天皇物語」の4巻が発売されたので、仕事の帰りに書店へ寄ったところ、ビックリ!
なんと「明仁天皇物語」なる本が一緒に並べてありました。
しかも、古屋兎丸の作画!!
「Palepoli」とか「π」とか描いていた同じ筆で、やんごとない絵を描くことになるとは。
「昭和天皇物語」のパクリ企画か?と思いましたが、同じ小学館発行で、原作者も同じ。姉妹企画と言った方がよいようです。

筆者は昭和天皇ファンであるとともに、平成の天皇のファンでもありましたので、もちろん買ってきました。

内容そのものには、特に目新しいところはありません。
わずか1冊で完結させているため、有名なエピソードを拾う以上には話を膨らますことができなかったように思われます。しかし、今のところ平成の天皇についてはまとまった伝記は何も出ていませんので、「天皇とは何か?」という入門書として、息子に読ませたりするにはちょうどよいでしょう。
とてもコンパクトに、美しくまとめているのは間違いありません。

違和感を感じるのはタイトルですね。
やんごとない立場の方の名は、「いみな」として本来は口にだすのが憚られるものです。(日常生活でも、上司や両親を下の名前で読んだりしませんよね。同じようなものです)
天皇の名は口に出さず、現役であれば「天皇陛下」と呼び、死後は「明治天皇」「昭和天皇」のように諡号で呼びます。
「天皇陛下」という呼称が仰々しく感じられるためか、平成の時代から「明仁天皇」「今上天皇」という呼称が流行りだしたように感じます。
さすがに生前に「平成天皇」と呼ぶが誤り、ということはよく知られているようですが、個人的には
「明仁天皇」→諱を口にしているので✕
「今上天皇」→もともと「今上」というだけで「今の天皇」を指しているので、「今上天皇」では意味が重複しており✕。「今上陛下」が正解。
という感覚を持っています。

平成の時代に天皇だったこの方を正確に表すには、やはり「上皇陛下」とするしかないのですが、やはりそれが仰々しく感じられるのであれば、本書の帯には「平成の天皇」という言葉あります。最もニュートラルにこの方を表現するならば、これがベスト。したがって本書のタイトルも「平成の天皇物語」として欲しかったところです。(ちなみに笠原和夫が昭和59年に書いた映画シナリオのタイトルは「昭和の天皇」。完璧なタイトルです)
ついでにいうと、美智子様、雅子様は民間出身であるためか、あまり違和感なく名前で呼ばれていますが、昭和天皇の后であった香淳皇后については下の名前で呼ばれている場面を見たことがありません。天皇だけでなく、皇后についても本来は諱では呼ばないものなのです。
(こういったことをよくわかっているはずの保阪正康ですら著書で「明仁天皇」という表現を用いているので、仕方ないことなのかも、とも思いますが)

さて、それはともかくとして、冒頭にも書いたとおり、筆者は昭和天皇だけでなく、平成の天皇にも並々ならぬ関心を持っているのですが、まだまだ本が少ない。
しっかりした歴史家によるものは皆無と言ってよい状況です。
令和に入って、そういった本が増えていくことを期待しています。



喜国雅彦節全開の『今宵は誰と』(双葉社)

201906今宵は誰と325

かなり久しぶりに喜国雅彦の新刊が出ました。
「小説推理」に連載されていたものですが、そもそも漫画なのかエッセイなのか、扱っているのはミステリなのか純文学なのか、とりあえずこのタイトルの喜国作品だからエロがテーマになっているのは間違いなかろうということ以外、何も見当がつかない状態で買ってきました。

漫画だとしても、おそらくエッセイ漫画だろうという予想は大外れ。
文学をテーマにしたギャグ漫画でした。
一人暮らしを始めた青年が、ヒマつぶしに読書を始め、夜な夜な、夢の中で作品のヒロインたちと交流(交情?)を繰り広げるという展開で、1話ごとに文学作品が取り上げられています。
「砂の女」「潮騒」などの純文学からスタートするものの、そのうちに蘭郁二郎、夢野久作、江戸川乱歩など、戦前の探偵小説もポツポツと混じってくるようになります。
喜国雅彦は単著ではここ最近、エッセイの刊行が続いており、文学ネタの漫画は「メフィストの漫画」以来でしょうか。妄想に満ちつつも、ずっこける展開の喜国節を堪能できました。

筆者は名作と言われているような日本の純文学作品はほとんど読んでいないので、この漫画で取り上げられている作品も、タイトルは知っていても読んだことの無いものが大半でしたが、「エロ」の一点突破で内容紹介をしてもらうと、俄然、読んでみようかという気になってきますね。

以下、気づいた点をいくつか。

乱歩の「芋虫」を取り上げた章。最後のコマで喜国さん本人が登場し「検閲による伏字バージョン」で収録している本もある、とコメントしていますが、筆者が知る限りでは沖積舎から出ていた「江戸川乱歩ワンダーランド」がありますね。「悪夢」というタイトルで雑誌掲載されたときの挿絵・伏字をそのまま収録しています。
アニメ「ポリアンナ物語」の原作となった「少女パレアナ」も収録されていますが、このタイトルは村岡花子訳です。直近では角川文庫に収録され、本書でもこの文庫が紹介されていますが、角川文庫はすでに「少女ポリアンナ」のタイトルで新訳を刊行しているため、村岡訳は古本でしか買えません。

吉行淳之介「夕暮れまで」を扱った章では、夢の中の妄想が山上たつひこ「喜劇新思想大系」の名シーンを彷彿する展開となり、個人的にはぐっと来ました。
夢野久作「瓶詰地獄」は、あの陰惨としか思えない展開をあっけらかんとしたギャグに変換しており、喜国雅彦らしい一編です。

「小説推理」では今も連載継続中ということなので、続巻にも期待したいです。 

今宵は誰と─小説の中の女たち─
喜国 雅彦
双葉社
2019-06-19




平成の復刊ミステリ・その2 国書刊行会・探偵クラブ

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平成の復刊ブームをおさらいするシリーズ。第2回に紹介するのは1992~94年(平成4~6年)にかけて国書刊行会が出版した「探偵クラブ」です。
大阪圭吉がミステリファンのあいだで再評価されるようになったのは、このシリーズの第1回配本「とむらい機関車」がきっかけだったのではないかと記憶します。

鮎川哲也がライフワークのように続けていた企画に「幻の探偵作家を求めて」があります。
70年代の後半に雑誌「幻影城」で始まったシリーズで、その後、媒体を変えながら90年代まで続きましたが、消息不明となっている戦前の探偵作家を訪ね歩く内容でした。
同題の単行本は探訪記のみ収録されましたが、雑誌掲載時には、その作家の代表作も併録され、今にして思えば、今日の復刊ブームに対してこの企画が与えた影響は非常に大きなものがあったと感じられます。
今回紹介する「探偵クラブ」も、この流れから生まれた企画ではないかと思われる雰囲気があり、第1回配本には「幻の探偵作家を求めて」でも取り上げられた大阪圭吉が登場し、解説は鮎川哲也でした。
あとに続く巻でも、それぞれの作家の代表作をガッチリと抑え、今に至る復刊ブームの先駆けになったものと言えます。

刊行からすでに25年が経っていますが、さすが国書刊行会と言うべきか、一部の巻は未だに在庫が残っていて、新刊書店の棚に並んでいたりします(別に重版しているわけではなく、単に売れ残っている。しかし、裁断処分などにはしていない)。品切れになっている巻も、古本での入手は比較的容易です。
「幻の探偵作家を求めて」自体はすでに幻になりつつあり、近い内に復刊されるという話も目にしましたが、合わせてこのシリーズもおすすめです。

大阪圭吉 「とむらい機関車
三橋一夫 「勇士カリガッチ博士
葛山二郎 「股から覗く
渡辺啓助 「聖悪魔
蒼井雄 「瀬戸内海の惨劇
山田風太郎 「虚像淫楽
大坪砂男 「天狗
岡田鯱彦 「薫大将と匂の宮
蘭郁二郎 「火星の魔術師
城昌幸 「怪奇製造人
大下宇陀児 「烙印
甲賀三郎 「緑色の犯罪
角田喜久雄 「奇蹟のボレロ
井上良夫 「探偵小説のプロフィル
小酒井不木 「人工心臓

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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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