備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

2018年09月

平成ミステリ史私観(9年)

笠原和夫シナリオ集刊行で大興奮してしまい、ミステリ史の記事をしばらく中断していましたが、再開します。

今回は平成9年についてです。
前回書いたとおり、「ミステリ」というジャンルは「エンターテインメント全般(ただしSFは除く)」という意味になってしまい、この年の「このミス」ランキングを見ると、見事に「本格」が見当たりません。
  1. OUT(桐野夏生)
  2. 黒い家(貴志祐介)
  3. 死の泉(皆川博子)
  4. 絡新婦の理(京極夏彦)
  5. 鎮魂歌 不夜城II(馳星周)
  6. 神々の山嶺(夢枕獏)
  7. 嗤う伊右衛門(京極夏彦)
  8. 逃亡(帚木蓬生)
  9. 三月は深き紅の淵を(恩田陸)
  10. 氷舞 新宿鮫VI(大沢在昌)
11位にようやく加納朋子「ガラスの麒麟」が入っているのが、本格勢の最高位でした。
「ミステリブーム」と言われながら、このような状況になっていることに対して「俺の読みたいミステリが売れていない!」と危機感を持った人が増えてきたようです。
この年から探偵小説研究会が「本格ミステリベスト10」の選定を始めるようになり、翌年には東京創元社から年刊のブックレットが出始めます。
とうとう、「このミス」から「本格」のみが分派した形です。
この年の1位は麻耶雄嵩「鴉」。2位が加納朋子「ガラスの麒麟」。
本格ファンには非常に納得の順位でした。
「本格ミステリベスト10」はその後、出版元を原書房へ変更して現在も刊行が続いています。
ちなみに、筆者がこの年、最も堪能したのは井上夢人の連作短編集「風が吹いたら桶屋がもうかる」でした。
井上夢人には珍しい「本格ミステリ」で、にもかかわらずいつもどおり井上夢人らしさが溢れている傑作です。実は未だに個人的なミステリのオールタイムベストの上位に位置しているのですが、刊行当時あまり話題にならず、井上夢人の代表作はほとんどが今も入手可能なのに、これはさっさと品切れになってしまっています。もう20年以上経っているけど、改めて講談社文庫あたりで拾ってもらえないものでしょうか。


国書刊行会「笠原和夫傑作選 第二巻 仁義なき戦い――実録映画篇」入手

201809笠原和夫263

さて、しつこく「笠原和夫傑作選」の話が続きます。
前回まで、購入前にもかかわらず解説記事を書いていましたが、今回は購入レポートです。
この巻については、収録作のシナリオをすべて持っているため、正直なところ「5000円出して買うべきかどうか……」とちょっと悩んだのですが、しかし、一巻と三巻だけ買って二巻が抜けているというのも蔵書としていかがなものかと思われるため、買うことにしたわけです。
ただし、笠原和夫という脚本家にそれほど深い興味がなくても、「仁義なき戦い」は大好き、という方は世の中に多いと思いますので、いちばん買う価値がある巻はやはりこの第二巻だろうと思います。

収録作品よりも、おまけに期待していましたが、解題は期待以上の内容です。
以前にやはり国書刊行会から「映画の奈落」を刊行した伊藤彰彦氏が書いています。
製作の背景から、評価に至るまで、簡潔ではありますが十分な内容が書き込まれてます。
また、月報のような付録冊子が挟んであり、ここには笠原和夫のエッセイと、藤脇邦夫氏による笠原和夫論が収録されています。
『笠原和夫シナリオ集』あとがき 笠原和夫
シリーズ″実録″物の実録 笠原和夫
 笠原和夫脚本における作劇術についての分析 藤脇邦夫
「『笠原和夫シナリオ集』あとがき」は、幻冬舎アウトロー文庫から「仁義なき戦い」シナリオ集が刊行された際に付されたあとがきです。
「シリーズ″実録″物の実録」は、雑誌「宝島」1975年1月号に掲載された文章ということです。該当号の書影を古本屋さんのサイトで見つけたので貼っておきます。執筆者に笠原和夫の名が見えます。

宝島

「笠原和夫脚本における作劇術についての分析」の藤脇邦夫氏は「出版幻想論」などの著書で出版業界では有名な方ですが、映画について文章を書かれているのは初めて見ました。笠原和夫のエッセイ集「映画はやくざなり」に収録されている「シナリオ骨法十箇条」に則って「仁義なき戦い」シリーズのシナリオを分析するという、非常に面白い内容です。

という形で、まずはおまけを堪能してから本編をパラパラとめくってみました。
冒頭にも書いたとおり、この巻の収録作はすべて手元に揃っており、「仁義なき戦い」については幻冬舎アウトロー文庫で何度も読み返しているので、まあ本当にパラパラ眺めるだけのつもりでページを開いたのですが……結局、熟読。
笠原和夫のシナリオは、やはり読み始めると引き込まれてしまいますね。
ただ、本が大きすぎて通勤電車の中で読むのは厳しいため、途中まで読んだところで改めて幻冬舎アウトロー文庫版を本棚から出してきて、そっちで読み続けているという状態。

笠原和夫を「読む」

国書刊行会「笠原和夫傑作選」収録作品解説(第3回)

前回に続き、国書刊行会「笠原和夫傑作選」について。
今回は第3回配本である「第三巻 日本暗殺秘録――昭和史~戦争映画篇」の作品解説です。
昭和の闇を描き続けた笠原和夫にとって、この巻はまさに本領発揮。映画を鑑賞するだけでなく、シナリオを読み込む価値がある力作が並びます。晩年のインタビュー「昭和の劇」を読んでいても、最も面白いのはやはりこの時期ですね。

「日本暗殺秘録」(1969年 中島貞夫・監督 千葉真一・主演)
日本近代史上のテロ事件をオムニバス形式で描いた作品。なかなかソフト化されなかったためカルト映画のような扱いになっていましたが、今はDVDが出ています。
筆者も大好きな映画であり、以前にこのような記事も書いています。
笠原和夫脚本「日本暗殺秘録」鑑賞の参考図書





「あゝ決戦航空隊」(1974年 山下耕作・監督 鶴田浩二・主演)
「博奕打ち 総長賭博」など任侠映画の傑作を共に作ってきた山下耕作、鶴田浩二と改めて組んだ戦争映画。これまた名作。神風特別攻撃隊を創始し「特攻の父」と言われた海軍中将・大西瀧治郎を主人公にした物語です。
このように紹介すると非常に右翼的な内容と思われるかもしれませんが、笠原和夫のシナリオは天皇批判に満ちています。敗戦が近づくと、大西は「二千万人特攻論」を唱えますが、笠原和夫によればこれは「陛下も最後に特攻してほしい」という願望だったということで、後半はそのような思想で書かれたセリフががんがんと出てきます。
終戦をめぐる緊迫した雰囲気は「日本のいちばん長い日」を凌ぎます。「日本のいちばん長い日」では大西中将は単なる狂人として登場しますが、笠原和夫の徹底した取材に裏付けられた大西像は、従来のそのような見方を覆すリアリティがあります。




「大日本帝国」(1982年 舛田利雄・監督 丹波哲郎・主演)
これまた、右翼の皮をかぶった左翼映画。
篠田三郎演じる学徒出陣した中尉は、戦犯として処刑される際に「天皇陛下ッ、お先にまいりますッ」と叫びながら死んでいきます。要するに、陛下も後からついてきてくださるでしょう、ということ。
関根恵子演じるヒロイン・美代は、結婚したばかりの夫が召集されますが、その銃後の会話。
「天皇陛下も戦争に行くのかしら?」「天子さまは宮城だョ、ずーっと」
こんなセリフを昭和天皇存命中にバンバンと飛ばしていたわけです。
しかし、筆者としては最も感動したのはラストシーンです。
美代と夫・幸吉の再会シーン。
これは何度読んでも泣けます。もはやシナリオとは言えないレベルの描写。そして、映画本編を見ると、その通りの完璧な演技をしている関根恵子に驚き、またまた涙が出てきます。
個人的には、笠原和夫のシナリオの中で最も好きなシーンです。




「昭和の天皇」
(未映画化)
これはぜひとも映画を完成させてほしかった一本です。
「あゝ決戦航空隊」や「太平洋戦争」で激しく天皇批判を繰り広げた笠原和夫ですが、昭和天皇への思いは愛憎相半ばしており、同時代人として敬意を抱いていたことも伺われます。
「昭和の劇」の中で昭和天皇について語って部分は特に興味深いものです。
この「昭和の天皇」は、1984年(昭和59年)に執筆されたものですが、右翼関係への調整がうまくゆかず結局、流れてしまったようです。
どんな内容なのか読んでみたいとずっと願っていたところ、2010年に雑誌「en-taxi」の付録として刊行されたことがあり、筆者はその時に読みました。
内容的には極めて穏やかに、昭和天皇のよく知られているエピソードをまとめており、正直なところ笠原和夫にはもっと過激なものを期待してしまっていましたが、まあ商業映画として公開することを目的としているからには、妥当なラインだったのでしょう。
読んでみると拍子抜けですが、とはいえ、笠原和夫ファンとしては一読の価値があるシナリオです。

「226【第1稿】」(1989年 五社英雄・監督 萩原健一・主演)
二・二六事件を描いた、奥山和由製作の松竹映画。
ポイントは「第1稿」という点にあります。
「昭和の劇」では、この映画について奥山和由への不満をしきりに語っています。
笠原和夫は「二・二六事件は壬申の乱だった」、つまり昭和天皇と秩父宮との皇位をめぐる対立が背景にあったという考えを示しており、「226」の第1稿は、それを前提として物語が組み立てられていたようです。
監督はそのままの内容で撮りたがったということですが、タブーに触れる内容に恐れをなした奥山は秩父宮に関するくだりを外すよう要求し、代わりに「ハチ公物語」がヒットしていたから、犬を登場させてくれ、という話になり、笠原が考えていたのはまるで違う映画になってしまった、ということを語っています。
この映画のシナリオは劇場公開当時に書籍として刊行されていますが、改稿後のものです。
今回の「傑作選」では、どこに埋もれていたのやら、なんと幻の「第1稿」を収録するとのこと。「昭和の天皇」に期待したものの拍子抜けした「過激な笠原和夫」を、今度こそ期待しても良さそうです。




「仰げば尊し」(未映画化)
笠原和夫最後の脚本ですが、未映画化に終わっています。
三芳八十一著「だちかん先生」という、ほとんど誰も聞いたことのない本を原作に、田舎の教師と子どもたちとのふれあいを描くという、全く笠原和夫らしからぬ物語のようですが、笠原本人は、本来こういうのをやりたかったんだよ!と語っています。東映に入社してしまったがためにチャンチャンバラバラのシナリオばかり書いてきたが、それは本意ではなかったとのこと。
「昭和の劇」のインタビュワー荒井晴彦は、シナリオの教科書みたいなホンだと、絶賛しています。これまで公刊されたことはありませんが、この機会に「本来の笠原和夫」を読めるわけで、楽しみです。

笠原和夫を「読む」

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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
ブログ更新通知:https://twitter.com/squibbon19

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