備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

2018年07月

花輪和一「御伽草子」に秘められた祖父江慎の企み

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漫画家・花輪和一と装丁家・祖父江慎。
いずれも信者に近い熱狂的なファンを持つ偉大な存在です。
その二人が初めてタッグを組んだのが1991年に発行された「御伽草子」(双葉社・アクションコミックス)。

花輪和一、祖父江慎のどちらの話を始めても延々何日もかかってしまいますが、今回は祖父江慎の話です。

祖父江慎の装丁は説明されないとわからないくらい、いろいろな仕掛けやネタが組み込まれていることで有名ですが、本書のくわだてを知ったときはかなり衝撃を受けました。

2003年に発行された「DTPWORLD別冊 BOOK DESIGN Vol.1」(ワークスコーポレーション)という雑誌に祖父江慎の装丁について何ページかの記事が載りました。
その中で「御伽草子」についても触れらていたのですが、中面にある章扉は金を敷いた紙を使用しており、年数が経つにつれて紙が酸化して腐食していくを楽しむ仕掛けになっているというのです。
祖父江慎の考え方として「本は永遠ではない」ということがあるそうで、それを実践しているということでした。

筆者はかなり美本にこだわる方で、とにかく本は発行時点の状態で、劣化させずに保存したいということに心血を注いでいます。(関連記事:「本棚の大敵とは? 日焼け、シミを防ぐ」「小口研磨本は大キライ! 美本を揃えるテクニック」)
そのような考え方の人間にとって「経年劣化を楽しむ」という発想はまさに衝撃的なものでした。

2003年の雑誌記事でそれを知った時点で、手持ちの「御伽草子」を急いでチェックしてみたのですが、筆者が持っているのは1998年の3刷のため5年ほどしか経っておらず、なおかつ他の本と同じく大事に大事に保管していたため、全く劣化は見られませんでした。
つい先日、急にこのことを思い出して15年ぶりに(本の刊行からちょうど20年)チェックしてみると、おお、少し変化が見られますよ。

DSC02753

写真でわかりづらいかもしれませんが、向かい合った右側のページのインクの有無によって劣化のスピードが異なるようで、絵柄が反転して写っています。
ちなみに2年前に発行された祖父江慎の作品集「祖父江慎+コズフィッシュ」でも本書の腐食ネタは取り上げられており、コズフィッシュで腐食進行中という2冊の写真も載っていましたが、こちらはもっとはっきりと右側のページが写り込んでいました。(ちなみに、それは初版本なので筆者の手持ちのものよりさらに7年ほど古い本です)

ただ、やはり保管状態が良すぎるのか、劇的には進行していませんね。
同じく花輪和一作品の装丁をした限定5000部の「ニッポン昔話」(2001年・小学館)でも同じしかけが施されていますが、こちらは函入のため、さらに劣化の速度は遅くなっており、今のところは本体は小口にシミが見られるほかはかなり綺麗なままです。

というわけで、本来は筆者は「本の劣化は絶対にあってはならない」とまで考えている人間なのですが、祖父江慎装丁のこの2冊だけは「育てている」という気持ちで劣化を楽しむことにしています。



ニッポン昔話 (Big comics special)
花輪 和一
小学館
2000-12





祖父江慎+コズフィッシュ
祖父江 慎
パイインターナショナル
2016-04-11



私の好きな橋本忍作品

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先日、加藤剛の追悼のつもりで「影の車」の記事を書きましたが、その直後に脚本の橋本忍も亡くなってしまいました。まあ、橋本忍作品という観点でいうと「影の車」は決して代表作とは言えませんが……

ところで筆者は、映画は基本的に監督で追いかけいるため、脚本家に注目して映画を見るのは笠原和夫と高橋洋くらいです。
橋本忍が脚本を書いているかどうかは、実はあまり意識したことがなく、しかし、日本映画で最も好きな監督は黒澤明と野村芳太郎なので、自然と手元にDVDが集まってしまっているという状況です。作家性が発揮されているのかどうかわかりづらい大作が多く、ビッグネームの割りにはいまいち印象が薄いんですよね。

Wikipediaに載っている作品リストのうち、筆者がDVDを持っている作品は以下のとおり。

羅生門(1950年8月26日公開、黒澤明監督、大映)
生きる(1952年10月9日公開、黒澤明監督、東宝)
七人の侍(1954年4月26日公開、黒澤明監督、東宝)
生きものの記録(1955年11月22日公開、黒澤明監督、東宝)
蜘蛛巣城(1957年1月15日公開、黒澤明監督、東宝)
張込み(1958年1月15日公開、野村芳太郎監督、松竹)
隠し砦の三悪人(1958年12月28日公開、黒澤明監督、東宝)
悪い奴ほどよく眠る(1960年9月15日公開、黒澤明監督、東宝)
ゼロの焦点(1961年3月19日公開、野村芳太郎監督、松竹)
切腹(1962年9月16日公開、小林正樹監督、松竹)
侍(1965年1月3日公開、岡本喜八監督、東宝)
大菩薩峠(1966年2月25日公開、岡本喜八監督、東宝)
日本のいちばん長い日(1967年8月3日公開、岡本喜八監督、東宝)
影の車(1970年6月6日公開、野村芳太郎監督、松竹)
どですかでん(1970年10月31日公開、黒澤明監督、東宝)
日本沈没(1973年12月29日公開、森谷司郎監督、東宝)
砂の器(1974年10月19日公開、野村芳太郎監督、松竹)
八甲田山(1977年6月4日公開、森谷司郎監督、東宝)
八つ墓村(1977年10月29日公開、野村芳太郎監督、松竹)

「砂の器」の印象が強いため、野村芳太郎作品が多いような気がしていましたが、こうして並べてみるとそうでもないですね。
初期は黒澤明作品が非常に多いのですが、とはいえ橋本忍の著書「複眼の映像」にもあるとおり、黒澤映画の脚本はチームによる共同作業です。どの辺が橋本忍によるものなのか、素人にはよくわかりません。

そんなわけで大変お世話になっているのに、どんな作家なのかが見えづらいというのが筆者の持っている印象なのですが、上記の中でお気に入りのものを上げるとすれれば、やはり超大作の以下ですね。



これは大好きな映画です。橋本忍作品で、唯一シナリオを読んだことがあるのもこの映画です。
といっても、戦争映画としては笠原和夫ほど過激な作家性を感じることはなく、岡本喜八の演出や、超豪華俳優陣の汗みどろに演技が強烈です。暑い季節になると繰り返し見てしまう映画です。



これも、やはりシナリオと言うよりは特撮が見どころですね。
東北で3.11に被災した直後、無性に見たくなり、書棚が全て崩壊した書庫からこの映画のDVDを探し出してきて、夜中に一人で見ていたものです。



「八甲田山」も実はめっちゃ好きです。一時期、北大路欣也が犬の声を当てているソフトバンクのCMでBGMにこの映画のテーマ曲を使用していましたが、テレビから流れてくるたびに「おお」と興奮してしまったものです。
この映画のどこが好きかといえば、ストーリーももちろん良いのですが、冬山の厳しさが、本物の映像として記録されている点です。スキー好きで雪山へ頻繁に出かける者としては、管理された安全な雪山とのあまりの違いに心底恐怖を感じます。
これまた、橋本忍の手柄というより、監督の森谷司郎、あるいはそれ以上に撮影監督の木村大作の功績か、という気がしています。

というわけで、どうもやはり筆者にとっては橋本忍の印象は薄い。
著書である「複眼の映像」も自作について書かれたものではなく、黒澤明の評伝でした。黒澤明ファンにとっては大変な名著ですが、橋本忍作品の理解にはあまり役立ちません。
そんな中で、実はずっと待ち焦がれている本があります。
映画研究家の春日太一さんが何年も前から橋本忍の評伝を書いているのです。
しかし、橋本忍の訃報を受けてアップされた7月20日付のブログを読むと、まだまだ完成は先のようですね。
素人にはなかなかわかりづらい橋本忍の凄さを、この本を読めばわかるに違いない、と勝手に思い込んで、とても楽しみにしているのです。
 

「古本」についての名作

201807子どもより古書が大事と思いたい239

ミステリ好きのご多分に漏れず、筆者も古本屋は大好きです。
一時期は古本について書かれたエッセイ・小説を読み漁っていた時期もあるので、気に入っていたものをいくつかご紹介しましょう。



フランス文学者・鹿島教授の古本にまつわるエッセイを集めたもの。
筆者が「古本エッセイ」という「金脈」を発見したのは約20年前に本書を読んでからでした(リンク先は新版)。
といっても、鹿島教授が追い求めている本は19世紀フランスの挿絵本ということで、我々のようにミステリの文庫本を探し回っているだけの人間とは全然レベルの違うことをやっているのですが、行動原理は全く同じです。抱腹絶倒の古本地獄。
自分の趣味を「これでいいのだ」と保証してもらえたような気分になったものです。

早稲田古本屋日録
向井 透史
右文書院
2006-02


古書店主が書いたエッセイも無数に刊行されていますが、極めつけの傑作が本書です。
エッセイといいながら、ほとんど短編小説といってよい印象的なエピソードが並びます。
「古本エッセイ」ではなく、単なる「エッセイ」というカテゴリにしても、宮本輝の初期のエッセイに肩を並べるハイレベルな内容。著者の年齢が本書が発行された時点で30代半ばとは思えない老成ぶりです。
このタイトルで手に取る読者はかなり限られているようで、刊行から10年以上経ってもいまだに初版のまま、しかも品切れにすらなっていないようですが、古本界隈ではかなり注目され、本書が出たあと、著者の文章・コラムを雑誌などで見かけることが多くなりました。
本書に続けて「早稲田古本屋街」という、早稲田古書街の各店を取材した本も出て、こちらもかなり素晴らしい文章と内容でしたが、今のところ著書がこの2冊で止まってしまったのが残念です。

早稲田古本屋街
向井 透史
未来社
2006-10-01




旅行関係のコミックエッセイで知られるグレゴリ青山さんですが、学生時代に大阪梅田・かっぱ横丁の阪急古書のまちでバイトをしていたそうで、その時の体験を綴っています。
阪急古書のまちはちょっと前にかっぱ横丁から紀伊國屋書店の隣へ移転しましたが、今どきの新古書店は一線を画す、昔ながらの硬めの古本屋が軒を連ねているところです。
エッセイに登場する関係者は皆、個性的なことにかけては筋金入りで、グレゴリ青山がふつうの女の子にしか見えない。
古本関係のコミックエッセイでは一番の面白さです。

新装版 栞と紙魚子1 (Nemuki+コミックス)
諸星 大二郎
朝日新聞出版
2014-11-07


ここまでエッセイを紹介してきましたが、次はコミックを。
栞と紙魚子、というヒロインの二人の名前からしてとんでもないのですが、諸星大二郎にしてはマイルドな口当たりのシリーズです。
紙魚子は古本屋の娘という設定になっているものの、ほとんどのエピソードは古本とは無関係の話で、特に古本好きのために書かれた漫画ではありません。
ところが、一編だけものすごい話があります。タイトルも「古本地獄屋敷」。
妄執に取り憑かれた亡者たちがうごめく古本の迷宮を描いており、古本好きにとっては地獄なのか天国なのか。
これを読むだけで、諸星大二郎の古本愛(?)がよくわかります。全古本好き必読。
現在刊行されている新装版では第3巻に収録されているようです。

最後にガイドブックをいくつか。

東京古書店グラフィティ
池谷 伊佐夫
東京書籍
1996-10


東京の古書店を回り、店内の鳥瞰図を丁寧なイラストで描いたもの。
刊行から20年以上も経ってしまったのでガイドブックとしての機能は弱まってしまいましたが、どんなガイドブックよりも遥かに、ソソる内容。古本好きには夢のような空間を広がっています。
関西の古書店を取材した「三都古書店グラフィティ」もあります。

三都古書店グラフィティ
池谷 伊佐夫
東京書籍
1998-07





ミステリ研究家の野村宏平氏が出した、タイトル通りの内容の本。ミステリファンがチェックすべき古本屋が全国津々浦々紹介されています。
この本が出た当時、筆者は2冊購入し、1冊は自宅に保管用、もう1冊は旅先への携行用としていましたが、これも刊行から10年以上経って、いくつかの店が消えるとともに、要チェックの店が新たに登場してきてもいます。改訂版の刊行を希望。

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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
ブログ更新通知:https://twitter.com/squibbon19

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