備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

2018年06月

怖くて見事な怪談ミステリ「火のないところに煙は」芦沢央

201806火のないところに煙は236

ああ、何だってこんな日に読んでしまったんだ……そう思わずにいられません。
週末は家族は実家へ泊まりにいっていて自宅には筆者ひとり。外出先からの帰りに本書を購入し、電車の中で読みはじめ、そのまま家でも読みふけり、真夜中に読み終わりました。
……怖い。電気をつけたまま寝たい。

芦沢央さんはずっと気になっていた作家ですが、読んだのは初めてです。
新刊の評判がとてもよいのを目にして、しかもそれが「怪談」だというので、怪談大好きの筆者としては芦沢作品を読んでみるちょうど良いチャンス、と考えて買ってきたわけです。

まだ出たばかりの本なのであまり内容を書くわけにもいきませんが、いろいろな面でこれは素晴らしい作品だと思いますね。
・「実話怪談」としてよくできていて、本当に怖い。
・「怪異」の存在を前提にした「異世界ミステリ」と考えると、論理展開が見事。真相を明かされるともっと怖くなる。
・どんでん返しに向けた伏線の張り方が神業。

筆者は「実話怪談」が大好きで、本当の話なのかどうかよくわからなくても「実話」と謳ってあるだけで「ほほう」と感心して読んで、しかも怖がってしまうのですが、「フィクション」として発表された物語で本当に怖い話にはなかなかお目にかかれません。
本書はその点で花まるの合格点。実話怪談風に語られる怪異はモロに好みでした。
怖い話を読むと妙に嬉しくなってしまう筆者は、電車の中で一話目を読み終え、思わず顔がニヤけてしまいました。これはイイ!
しかし、この興奮は読み終わった段階で「本物の恐怖」に変わりました。
これはシャレにならん怖さ。畳み掛けるように明かされていく真相の不気味さ。
「疑ってはいけない」ってどのレベルで疑っちゃいけないんだ? これは本当にフィクションなのか? それすら疑ってはいけない? せめて何かしらの保証が欲しかったよ!
一方で、ミステリとしても超絶技巧としか言いようのない完成度です。2年もかけて連作短編として発表されたとは思えないネタの仕込み方。こんなふうに、色んな方向から何回もひっくり返せる話って、いったいどんな頭で考えるんでしょう。

語りたいことがたくさんあるので、いずれ日が経ってから、読了された方が増えた頃を見計らってネタバレを気にしない感想も書いてみようかなと思っています。
それまでに、芦沢さんの過去作も読んでおこう。

火のないところに煙は
芦沢 央
新潮社
2018-06-22

 
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芦沢央「今だけのあの子」は「日常の謎」の名作

筒井康隆「漂流」、待望の文庫化(「読書の極意と掟」)


201806漂流232

来月の講談社文庫新刊に筒井康隆「読書の極意と掟」というものがありました。

読書の極意と掟 (講談社文庫)
筒井 康隆
講談社
2018-07-13


講談社からは「創作の極意と掟」というエッセイが出ているので、それの間違いかと思いましたが、しかしよく考えると、こっちはとっくに文庫になっています。
いったい何だろうこれは、と調べてみたところ、なんと2011年に朝日新聞出版から出た「漂流 本から本へ」の文庫化なのですね。

筒井康隆のエッセイは毒を含んだものが多く、読み始めると病みつきになりますが、「漂流」は全くそのような毒がありません。筒井康隆とは思えないくらい、とても素直な文章で書かれています。にも関わらず、実は筆者は筒井康隆のエッセイで一番好きなのはこの本なのです。

もともとは朝日新聞の読書欄に連載されていて、その時から愛読していました。
帯に「書評的自伝」とありますが、これまでに出会った本を絡めながら、自伝的に思い出話を綴っています。
筆者としては、乱歩の登場回数が予想外に多い点がまず嬉しいポイントでした。

ご存じのとおり、筒井康隆の商業デビューは乱歩が編集していた雑誌「宝石」への短編掲載です。
まるで作風の違う筒井康隆に注目した乱歩の慧眼には驚きますが、その一方で筒井康隆は乱歩をどう思っていたのだろうということがずっと気になっていました。
本書を読むと、特に幼少期はかなり熱狂的な乱歩ファンだったことがわかります。「孤島の鬼」をうっかり上級生へ貸して借りパクされてしまった話など、本が貴重だった時代だけに本当に悔しかったろうと、同情を禁じ得ません。
ボアゴベの「鉄仮面」も「江戸川乱歩訳」で紹介されています。これは乱歩名義で刊行はされたものの、実際には別人によって訳されたと推定されているものですが、「乱歩が自身でリライトしたのだと信じたい気持ちでいる」と、乱歩の思い出ばかり綴っています。(筆者はこの章を読んで興味を持ち、「鉄仮面」の原作と「乱歩訳」との両方を読みました)

そのほかには、デュマ「モンテ・クリスト伯」やディケンズ「荒涼館」など、名作とされる小説についても書いています。
筆者は「モンテ・クリスト伯」の湯水のように金を使うエピソードから、何となく筒井康隆の「富豪刑事」を連想していたのですが、実際のところ「富豪刑事」着想のヒントはここにあったのかも知れません。
「荒涼館」は村上春樹の何かの小説に登場したということで、しばらく品切れだったちくま文庫版が復刊し、その後は岩波文庫から新訳も出ていますが、筆者はこの「漂流」で紹介されていたことから買いました。(しかし、数年にわたって積ん読中……)

筒井康隆だから前衛的な本ばかり読んでいるのでは、と警戒される方もいるかも知れませんが、全くそんなことはなく、世界的な名作についても個人的な思い出と絡めながら熱く語る一方で、現代文学、SF、演劇などについても一般読者にわかりやすいよう丁寧に紹介してくれています。
筒井康隆のことがますます好きになり、ついでに読書の幅も広がる、素晴らしい本です。
待望の文庫化の機会に、ぜひどうぞ。


読書の極意と掟 (講談社文庫)
筒井 康隆
講談社
2018-07-13



ドラマ「モンテ・クリスト伯」の残念ポイント

引き続きドラマ「モンテ・クリスト伯」の話です。

前回の記事は、主にあらすじの面から原作との違いを振り返ってみました。
今回は、キャラクター設定についてです。

主人公エドモン・ダンテス(モンテ・クリスト伯爵)の設定は、あらすじを見る限りでは原作に忠実なように見えます。
しかし、ドラマを通して見ていると、やはり原作からは若干の違和感があります。
簡単にいうと、こんなサイコ野郎だったっけ??ということになります。

原作でも確かに傍若無人な振る舞いは目立ち、また復讐の対象者には、慇懃な態度をとりながらも極めて冷酷に計画を進めていきます。
しかし、そうでありながら、きちんと心に血が通っていることがわかる描写が端々にあります。

いくらひどい目に遭ったとは言え、このような大掛かりな復讐を、まともな頭の持ち主が良心を痛めずに実行できるものなのか。
実は原作にはそこに一つの仕掛けがあります。
ダンテスは「この復讐は神に許されている」と考えているのです。
従って、冷酷な計画であるように見えても、全ては神が許す範囲内であり、それを超えるような振る舞いは決してしません。
獄中でファリア神父と出会ったことで生まれた信心が、このような形で物語に一本の筋を与えているのです。

「神に許し」が最も強く意識されるのは、ヴィルフォールに対するエピソードです。
ドラマでは、入間公平の奥さんは自ら毒を飲みましたが、原作でもヴィルフォール夫人は息子を道連れにして自殺します。
ヴィルフォールは二人の亡骸を前にして、モンテ・クリスト伯爵に対し「これがお前の復讐の結果だ!」と詰め寄り、その後発狂します。
この光景を見た伯爵は「神が許す範囲を超えてしまった!」と衝撃を受けるのです。

このエピソードの前にすでにフェルナン(ドラマでは南条)は自殺していましたが、「最後に残った者だけは命を助けよう」と考え、ダングラール(ドラマでは神楽)は解放されます。
ドラマでは最後に「ああ、楽しかった」とつぶやくのですが、原作の設定から言えば、このようなセリフはあり得ません。

というわけで、ストーリー面から見ると、現代日本に置き換えた割りにはかなり頑張って原作を再現していたと思いますが、精神面では、やはり原作の方が深みがあると思いました。
ドラマを見ていろいろと疑問を感じたという方は、ぜひ原作も手に取っていただきたいと思います。長大な古典名作文学ということで尻込みされる方も多いようですが、ざっくりしたストーリーが頭に入っていればあっという間に読めてしまう、エンターテインメントの傑作です。
ドラマがいかに原作を尊重していたか、しかしどの点で及んでいないか、ぜひ比べてみてください。





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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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