備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

2018年05月

角川文庫版・横溝正史「真珠郎」復刊

201711真珠郎145

今月、丸善ジュンク堂書店限定ということで横溝正史「真珠郎」(角川文庫)が復刊されました。
表紙には以前と同じく杉本一文のイラストが使用されています。
いくつかのネット書店で「新装版」という新刊情報が出ていたようですが、限定復刊のため、リアル書店では丸善ジュンク堂の系列店のみ、ネット書店ではhontoのみの取り扱いとなっているようです。

戦後の金田一耕助シリーズは、今に至るも国内本格ミステリの最高峰とされていますが、戦前の作風はそれらとは異なり、乱歩の長編と同じく通俗的なものでした。
乱歩の作品が残虐で猟奇的な内容のものが多かったのに対し、横溝正史の作品は耽美的・幻想的な雰囲気であり、美少年が頻繁に登場し、その系譜は戦後の本格ミステリにも引き継がれています。
中でも「真珠郎」は耽美的な美少年趣味と、後の作品に通じる本格ミステリの魅力とが融合しており、戦前の長編では「呪ひの塔」と並ぶ最高傑作とされています。
金田一耕助は戦後の第一作である「本陣殺人事件」が初登場であり、「真珠郎」には登場しません。ドラマ化されるときはいつも金田一耕助ものに改変されているため、世間では金田一シリーズと思っている方もいるようですが、実際には由利麟太郎が活躍する一編です。

角川文庫は、以前は由利麟太郎シリーズも全て収録していたのですが、横溝正史ブームが下火になるに連れ順次、姿を消していき、その後、装丁を変えて「金田一耕助ファイル」などという名前で再編集されたため今はほとんどは金田一耕助シリーズしか収録されていません。なぜか、時代小説の「髑髏検校」だけ新装版が収録されていますが、それ以外は全て金田一ものです。
さらに、かつて横溝作品の表紙を彩った杉本一文のイラストは全く使われておらず、今回の復刊を機に「真珠郎」がそのままレギュラーとなれば、約20年ぶりの杉本一文復活ということになり、これはなかなかめでたいことです。

「真珠郎」は角川文庫版が絶版となったあと、2000年に扶桑社文庫から「昭和ミステリ秘宝」の一冊として刊行されたことがあります。
このときは、初版単行本に付された乱歩による序文なども収録したものでした。



また、横溝ブームの最中、1976年に角川書店から初版の復刻版が刊行されたこともあります。
先日、たまたま覗いた古本屋にこれがかなり格安で置いてあったので、「お」と思って手に取ったのですが、ハードカバーと本文とが逆さまに製本されたもので、不良品でありながらなぜか古書で流通してしまったようで、安いのはそれが理由でした。
ちょっと悩みましたが、結局買わず。

さて、今回の角川文庫の復刊ですが、ひとまずは丸善ジュンク堂書店系列の限定復刊ということですが、ネット書店各社に情報が流れていたり、そもそも本文をまるまる改版している気合の入れ方を見ると、いずれレギュラー化するつもりでは、とニラんでいます。
角川文庫が杉本一文の表紙での復刊に乗り出したのはこれは本当に画期的なことで、金田一耕助シリーズ以外の、絶版のままではいけない作品(「蝶々殺人事件」「鬼火・蔵の中」「呪いの塔」あたり)も引き続き復活することを期待しています。



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竹本健治「ウロボロスの基礎論」回顧

201805ウロボロスの基礎論226

さて、前回の記事に引き続き、竹本健治「ウロボロスの基礎論」について。
先月、「偽書」の新装版文庫が出たときには特に何もコメントしていないにも関わらず、なぜ「基礎論」だけ騒いでいるのかというと、理由があります。文庫化を待望していたのです。

筆者が初めて読んだ竹本健治作品は、実は「ウロボロスの偽書」でした。
1991年に単行本が出てすぐに読んだので、高校1年のときです。
国内現代ミステリを本格的に読み始めたのが中学2年(1989年頃)で、高校受験を挟み、ミステリ界の状況がようやくわかってきた段階でした。
それ以前から、文春文庫「東西ミステリーベスト100」で紹介されていた「匣の中の失楽」の作者として竹本健治さんの名は知っていましたが、ちょうどこの頃は「匣」もゲーム三部作も、全てが入手困難で読めない時期だったのです。(平成元年の消費税導入の影響と言われていますが、あらゆる文庫の旧作が絶版となり、角川文庫の横溝正史、鮎川哲也、仁木悦子などの名作が一気に棚から消え、加えて現役作家である竹本健治、泡坂妻夫あたりも、初期作はほとんど入手不可。この状況は数年で解消しますが、たまたまそんな時期にミステリを読み始めてしまったわけです)

そんなわけで、「匣」を古本屋で探し回ってはいたものの見つからず(実は未だに旧講談社文庫版は見たことがなかったりします)、竹本作品に触れることなく過ごしていました。

そんなところへ、「偽書」が刊行されたわけですが、なんと島田荘司大先生が登場しているというではありませんか。
当時の筆者にとっては「島田荘司=神」。
寝ても覚めても島田荘司のことしか頭にないというくらい熱中し、エッセイまで含めて全著作をことごとく読み尽くしていたため、「偽書」の広告を見て「これは買わなくっちゃ!」と走って買いに行きました。

そんなわけで、「ウロボロスの偽書」は非常に楽しみながら読んだため、93年に「臨時増刊小説現代」で続編「ウロボロスの基礎論」の連載が始まると、これまたミーハー魂全開で読み始めました。

しかし、これはやはりちょっとふざけすぎ……と思ってしまったんですよね。
連載中に掲載誌のタイトルが「メフィスト」と変わりましたが、そのまま連載は最後まで追いかけていました。しかし、単行本が出たときには「偽書ほどではないし、連載で全部読んだから、見送ってもいいや」と考え、そのまま買わずに済ませてしまいました。

当初は「ウロボロス」シリーズはこの2冊で終わりだろうと思っていたため、それで良かったのですが、しばらくするとまた「メフィスト」で「ウロボロスの純正音律」の連載が始まりました。
しかも、この連載の長いこと長いこと。足掛け8年ほど「まだやってるの?」というくらい長期間連載され、この間にいつしか「メフィスト」を買う習慣もなくなってしまったため、これは完結後に単行本を買って読みました。
これがものすごい大傑作! シリーズで一番だと思いました。
そうなると悔やまれるのが「基礎論」の単行本を買っていなかったこと。久しぶりに読み直そうか、と思ったときには読む術が無くなっていたのでした。
そんなわけで、個人的には約25年ぶり、懐かしさに満ちた再読となったわけです。

改めて読んでみると、連載で読んでいたよりはるかに「ちゃんとした小説」という印象を持ちました。
こんなめちゃくちゃな雰囲気なのに、通して読むと冒頭から結末まで筋が通った展開で、意外にも、というと失礼かも知れませんが、作者がきちんとした構想を持って書いていたことがよくわかりました。
いや、連載で読んでいたときは、本当にエッセイのようにしか読めなかったんです。
割り込み原稿も、小野不由美のマンガや法月綸太郎の田中氏への反撃など、ライブ感がありすぎて小説作品の一部という雰囲気は全くありません。
しかし、年数が経ち、パッケージされたものを読むと、これはこれで実験的な小説の一部と納得できるようになってきました。
また中井英夫の死について綴った部分も、日記のつもりで読んでいましたが、改めて読み返すと、タイミング的には、むしろ中井英夫の死によってこの物語が起動したのでは、という印象すら持ち、物語の重要なピースと感じました。
年数が経ってから再読できたおかげで印象がかわり、とても楽しめました。

今回の文庫化で嬉しかったもう一点。単行本の帯に掲載された登場人物からの寄せ書きがオマケで収録されているところ。山口雅也さんの「人間が描けていない」という一言に、初刊当時はかなりウケました。作中にもありますが、当時は「人間が描けていない」というのが流行り文句だったんです。
考えてみると、最近はあんまり聞かないですね、この言葉。

あまり聞かなくなったという言葉と言えば、「やおい」という言葉も。20年くらい前は「やおい」とか「耽美」とか言われていたのです。その手の漫画や小説は。
いつの間にか「BL(ボーイズラブ)」と言葉に取って代わられました。全然興味のない分野なのでどう呼ばれていても全く構わないのですが、個人的には「BL」の方が意味がわかりやすく、ニュートラルな語感なので、初めて聞いたときにはちょっとホッとした(?)記憶があります。特に「耽美」という単語が文芸の世界において、このジャンルに乗っ取られているのは違和感ありまくりだったので。
どうでもよいことをいろいろ思い出しました。




ついでに……
たまたま文庫版巻末の目録に誤植を見つけたのでつぶやいたところ、ご本人からコメントをいただけたので、貼っておきます。



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竹本健治「ウロボロスの基礎論」の基礎論

201805ウロボロスの基礎論226

今月、初の文庫化となった竹本健治「ウロボロスの基礎論」。
筆者は雑誌「メフィスト」での連載時に読んでいたのですが、改めて読むと(フィクションとノンフィクションとが入り混じっているとは言え、)当時の空気が濃厚にパックされていて、とても懐かしい気分になりました。

考えてみると連載開始からすでに25年……。
そんなに経ったとはとても思えない、というか、なんだかつい最近のことのようにも感じてしまう。ちょうど、今の朝ドラ「半分、青い」を見ている時と同じような気分です。
しかし、今回の文庫化で初めて本作を手に取る若い読者にとっては、生まれたばかりか、下手をするとまだ生まれてなかったりする時代なわけで、当時のミステリ界がどんな状況だったかをさらっと書いておく価値はあるかな、と思いましたので、「ウロボロスの基礎論」関連事項を年表風に書き出しておきたいと思います。(以下は一応、筆者が記憶する範囲内で全て事実ノンフィションです)

◎1977年 竹本健治「匣の中の失楽」、雑誌「幻影城」にて連載開始。
そこまでさかのぼらなくても……と思われるかも知れませんが、「ウロボロス」シリーズの人間関係をうかがうには、「幻影城」は避けて通れません。
「幻影城」は、1975年に創刊されわずか4年で廃刊となってしまった雑誌ですが、「探偵小説専門誌」を謳い、横溝正史のブームから島田荘司や笠井潔らの登場前夜の時代、日本のミステリ界の中心的な存在となり、やがて来たる新本格ブームへの地ならしをしたと言える存在です。
「ウロボロス」シリーズの登場人物としては、友成純一も「幻影城」の第2回評論賞を受賞してデビューしました。この回は栗本薫と同時受賞しているのですが、実は最終候補には新保博久も残っていたりします。また、各大学ミステリクラブの近況を報告するコーナーがあるのですが、そこには山口雅也が寄稿していたりと、「幻影城」と縁が浅からぬ人はたくさんいます。

◎1979年 「幻影城」廃刊。笠井潔「バイバイ、エンジェル」にてデビュー。
◎1981年 島田荘司「占星術殺人事件」にてデビュー。
「幻影城」は経営が困難となり、夜逃げ同然で廃刊しましたが、前後して笠井潔がデビュー。その2年後にはいよいよ島田荘司が登場。このあたりから、現在に至る本格ミステリブームが始まります。

◎1987年 綾辻行人「十角館の殺人」にてデビュー。
「新本格」という宣伝文句が用いられるのは実際にはもう少しあとですが、綾辻行人の登場が「新本格」のスタートとみなされています。
綾辻行人、法月綸太郎、歌野晶午(1988年デビュー)、我孫子武丸(1989年デビュー)と講談社ノベルスの書き下ろしでデビューした新人たちには「島田荘司の推薦文とペンネーム命名」がセットになっていました。
このため、当時は新本格と並行して「島田スクール」などとも呼ばれたものです。
一方で、東京創元社からは有栖川有栖「月光ゲーム」、山口雅也「生ける屍の死」(いずれも1989年)などが刊行され、当初は講談社系の新人とは一線を画しているような印象がありましたが、いつの間にかどちらも「新本格」と呼ばれるようになりました。

◎1988年 「ウロボロスの偽書」連載開始。
「ウロボロスの偽書」は当初、雑誌「奇想天外」にて連載が始まりましたが、雑誌が廃刊となり、1991年に単行本となって完結しました。
1987年に作家デビューしていた綾辻行人は登場しますが(そもそも、デビュー前から竹本健治と親交があったこともあり)、他のいわゆる「綾辻以後の新本格作家」はまだデビューしておらず、登場していません。

◎1989年 島田荘司「本格ミステリー宣言」
我孫子武丸のデビュー作「8の殺人」の巻末に寄せられた推薦文を兼ねたエッセイが「本格ミステリー宣言」ですが、後に同タイトルの本格ミステリー論がまとめられました。「奇想、天を動かす」(1989年)や「暗闇坂の人喰いの木」(1990年)によって、理論が実作として著されます。
このあたりで、「本格ブームが起こっている」ということが世間で認知され始めたように感じます。

◎1991年 麻耶雄嵩「翼ある闇」にてデビュー。
京大ミステリ研出身、島田荘司の推薦文とペンネーム命名という、綾辻行人以来の正統的な手順を踏んで登場した麻耶雄嵩。1作目もとんでもない怪作ですが、2作目「夏と冬の奏鳴曲」のインパクトが強すぎて、あっという間に伝説的な作家となりました。
当初は顔写真もあまり出さず、あとがきも書かず、どんな作家なのか謎めいた雰囲気で、「基礎論」に描かれた素顔(?)には興味津々でした。

◎1992年 笠井潔「哲学者の密室」刊行。
しばらくミステリから離れていた笠井潔も超大作「哲学者の密室」によってミステリ界へ復帰し、同時に島田荘司「本格ミステリー宣言」に呼応して、旺盛なミステリ評論活動をスタートします。
やがて笠井潔の評論活動はミステリ界において一つの「核」となり、氏が中心となって1995年に設立した「探偵小説研究会」は、現在も本格ミステリ評論の牙城となっています。

◎1993年 「ウロボロスの基礎論」連載開始。
上記の流れの中で連載の始まった「ウロボロスの基礎論」ですが、押さえておきたいポイントは京極夏彦デビュー前夜、ということでしょうか。正確には、連載中の1994年にデビューしています。
新本格ミステリ作家とは作風が大いに異なるものの、講談社ノベルスからのデビューということもあって、交友関係はかぶっており、続編の「ウロボロスの純正音律」には登場します。
また、「エワマワセ」で一瞬だけ「ウロボロスの基礎論」に登場した清涼院流水は1996年のデビューです(ちなみに文庫版には「エワマワセ」が清涼院流水と追記がありましたが、連載時には単なる学生だったため、もちろん名前は書かれていません。清涼院流水のデビュー作「コズミック」のあとがきに、この一件をほのめかす記述がありました)。
このように、綾辻行人から始まった「新本格」ブームが定着し、やがて「第二世代」などとも呼ばれるメフィスト賞作家たちが登場してブームが「本格」にとどまらない形で拡散していく直前の、絶妙なタイミングで本書は執筆されたことになります。

というわけで、「ウロボロスの基礎論」を読むにあたって参考になりそうな当時の状況を思いつくままに書いてみました。
次回は、本作への個人的な思い入れを綴ります。




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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
ブログ更新通知:https://twitter.com/squibbon19

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