「別冊太陽」の1994年冬号は「乱歩の時代――昭和エロ・グロ・ナンセンス」というタイトルの特集でした。タイトル通り「時代」に焦点をあて、乱歩本人に関する記述はほぼありません。
しかし、この内容が本当に素晴らしかった。
「構成」ということで米沢嘉博氏の名が記載されていますが、この方はコミケを率いていたことで有名ですね。
目次は以下のとおりです。
エロ・グロ・ナンセンスの時代と江戸川乱歩(紀田順一郎)
エロ・グロ・ナンセンスの系譜(鈴木貞美)
探偵小説の誕生(鈴木貞美)
モダン都市の幻想(鈴木貞美)
「新青年」が生んだ作家たち(伊藤秀雄)
怪奇・幻想小説の流行(八木昇)
魔術・心霊学・霊術(一柳廣孝)
機械への嗜好性―乱歩とプロレタリア文学(荒俣宏)
海野十三と科学小説(會津信吾)
「科学画報」と通俗科学(會津信吾)
電気博覧会(橋爪紳也)
レンズ仕掛けのレトリック(高橋世織)
ロボット・ブーム(米沢嘉博)
「人種と風俗」への好奇心(米沢嘉博)
エロティシズムへの偏奇(中田耕治)
モダニズムへの裸体郷(秋田昌美)
歓楽都市探訪(米沢嘉博)
カフェー(初田亨)
好色燐寸(米沢嘉博)
小野佐世男と風俗マンガ(小野耕世)
異形たちの蜜月(久世光彦)
残虐のグラフィズム(秋田昌美)
サディズム・マゾヒズム(秋田昌美)
伊藤晴雨の「責め絵」(北原童夢)
美少年・美少女と異装(川崎賢子)
万国衛生博覧会(田中聡)
近代・性出版の幕開け(関井光男)
乱歩と同性愛(古川誠)
性科学雑誌と変態性欲(関井光男)
発禁図書文学案内(城市郎)
エロ出版のオルガナイザー、梅原北明(城市郎)
画業から奇書出版へ、酒井潔(城市郎)
猟奇犯罪事件簿(下川耿史)
亡父乱歩のいた風景(平井隆太郎)
特別付録・覆刻[犯罪図鑑](昭和七年平凡社版江戸川乱歩全集付録)
それぞれその筋の第一人者が執筆している豪華な内容です。
乱歩が通俗長編を量産した大正から昭和初期にかけての、文化・風俗をうかがうことができる好企画でした。
この特集の中で特に注目すべきは「伊藤晴雨」と「発禁図書」についてでした。
本書の記事がきっかけになったのかどうかわかりませんが、本書の刊行後、この2つについてはちょっとしたブームが起きます。
伊藤晴雨は乱歩とは特に絡んだことはない、単に同時代の画家なのですが、女性を縛り上げた絵ばかり描いていた奇人です。妊娠中の妻まで逆さ吊りにしたということなので、ハンパではありません。
本書刊行後に伊藤晴雨関係の本がたくさん出て、SM界の大御所・団鬼六による伝記まで刊行されました。また、1998年に公開された実相寺昭雄監督の「D坂の殺人事件」には「伝説の責め絵師」まで登場しますが、明らかの本記事から連想したキャラと思われます。
「発禁図書」については、このあと「別冊太陽」では城市郎氏による「発禁本」シリーズが続きました。性風俗がメインですが、政治的なものも含まれ、非常に興味深い内容でした。
最後に綴じ込み付録として「犯罪図鑑」というものがついていますが、これは江戸川乱歩初の全集である平凡社版全集の全巻購入特典として製作されたものの覆刻です。全巻を通して「探偵趣味」という冊子が付録して挟み込まれていましたが、それとは別に製作されたもので、乱歩作品とはあまり関係なく「乱歩が好きな人は、どうせこんなのも好きでしょ」という感じのエロ・グロ・ナンセンス写真集ですが、戦前においてすでにこの「別冊太陽」を先取りしているような内容です。
乱歩の回顧録「探偵小説四十年」によれば発禁となったそうなのでレアなものと言えますが、現在でも古書で流通しており、それなりの部数が市場へ出回っていたようです。
「別冊太陽」は雑誌とはいえ重版もしているようで、本書もかなり長く書店の棚にあったように思いますが、さすがに20年以上経つともうなくなっています。単行本で復活してほしいなあ、と思うような、このまま忘れられるには惜しい本でした。