備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

2018年02月

江戸川乱歩関係お宝本紹介「別冊太陽88 乱歩の時代」(1994年・平凡社)

201801乱歩の時代174

「別冊太陽」の1994年冬号は「乱歩の時代――昭和エロ・グロ・ナンセンス」というタイトルの特集でした。タイトル通り「時代」に焦点をあて、乱歩本人に関する記述はほぼありません。
しかし、この内容が本当に素晴らしかった。
「構成」ということで米沢嘉博氏の名が記載されていますが、この方はコミケを率いていたことで有名ですね。

目次は以下のとおりです。

エロ・グロ・ナンセンスの時代と江戸川乱歩(紀田順一郎)
エロ・グロ・ナンセンスの系譜(鈴木貞美)
探偵小説の誕生(鈴木貞美)
モダン都市の幻想(鈴木貞美)
「新青年」が生んだ作家たち(伊藤秀雄)
怪奇・幻想小説の流行(八木昇)
魔術・心霊学・霊術(一柳廣孝)
機械への嗜好性―乱歩とプロレタリア文学(荒俣宏)
海野十三と科学小説(會津信吾)
「科学画報」と通俗科学(會津信吾)
電気博覧会(橋爪紳也)
レンズ仕掛けのレトリック(高橋世織)
ロボット・ブーム(米沢嘉博)
「人種と風俗」への好奇心(米沢嘉博)
エロティシズムへの偏奇(中田耕治)
モダニズムへの裸体郷(秋田昌美)
歓楽都市探訪(米沢嘉博)
カフェー(初田亨)
好色燐寸(米沢嘉博)
小野佐世男と風俗マンガ(小野耕世)
異形たちの蜜月(久世光彦)
残虐のグラフィズム(秋田昌美)
サディズム・マゾヒズム(秋田昌美)
伊藤晴雨の「責め絵」(北原童夢)
美少年・美少女と異装(川崎賢子)
万国衛生博覧会(田中聡)
近代・性出版の幕開け(関井光男)
乱歩と同性愛(古川誠)
性科学雑誌と変態性欲(関井光男)
発禁図書文学案内(城市郎)
エロ出版のオルガナイザー、梅原北明(城市郎)
画業から奇書出版へ、酒井潔(城市郎)
猟奇犯罪事件簿(下川耿史)
亡父乱歩のいた風景(平井隆太郎)
特別付録・覆刻[犯罪図鑑](昭和七年平凡社版江戸川乱歩全集付録)

それぞれその筋の第一人者が執筆している豪華な内容です。
乱歩が通俗長編を量産した大正から昭和初期にかけての、文化・風俗をうかがうことができる好企画でした。
この特集の中で特に注目すべきは「伊藤晴雨」と「発禁図書」についてでした。
本書の記事がきっかけになったのかどうかわかりませんが、本書の刊行後、この2つについてはちょっとしたブームが起きます。
伊藤晴雨は乱歩とは特に絡んだことはない、単に同時代の画家なのですが、女性を縛り上げた絵ばかり描いていた奇人です。妊娠中の妻まで逆さ吊りにしたということなので、ハンパではありません。
本書刊行後に伊藤晴雨関係の本がたくさん出て、SM界の大御所・団鬼六による伝記まで刊行されました。また、1998年に公開された実相寺昭雄監督の「D坂の殺人事件」には「伝説の責め絵師」まで登場しますが、明らかの本記事から連想したキャラと思われます。

「発禁図書」については、このあと「別冊太陽」では城市郎氏による「発禁本」シリーズが続きました。性風俗がメインですが、政治的なものも含まれ、非常に興味深い内容でした。

最後に綴じ込み付録として「犯罪図鑑」というものがついていますが、これは江戸川乱歩初の全集である平凡社版全集の全巻購入特典として製作されたものの覆刻です。全巻を通して「探偵趣味」という冊子が付録して挟み込まれていましたが、それとは別に製作されたもので、乱歩作品とはあまり関係なく「乱歩が好きな人は、どうせこんなのも好きでしょ」という感じのエロ・グロ・ナンセンス写真集ですが、戦前においてすでにこの「別冊太陽」を先取りしているような内容です。
乱歩の回顧録「探偵小説四十年」によれば発禁となったそうなのでレアなものと言えますが、現在でも古書で流通しており、それなりの部数が市場へ出回っていたようです。

「別冊太陽」は雑誌とはいえ重版もしているようで、本書もかなり長く書店の棚にあったように思いますが、さすがに20年以上経つともうなくなっています。単行本で復活してほしいなあ、と思うような、このまま忘れられるには惜しい本でした。



家庭に常備すべき怪談本「日本現代怪異事典」

201802日本現代怪異事典182

発売から少し経ってしまいましたが、ようやく朝里樹「日本現代怪異事典」(笠間書院)を入手しました。
このブログでわざわざ紹介するまでもない話題の本で、出てすぐに売り切れていたため初版を買い損ね、重版されるのを待って購入しました。
「学校の怪談」に代表されるような、戦後日本で語られた都市伝説のうち怪異にまつわるものを網羅した本です。
筆者が知る限りでは、この手の内容を一冊にまとめた本としては、これまでポプラ社から出ていた「学校の怪談大事典」が最強だと思っていましたが、本書は質量ともに圧倒しています。
また、このような本が笠間書院から出たというのも驚きですね。笠間書院は、茶色い箱に入った国文学関係の硬い本ばかり出している印象を持っていました。価格もこの質と量、そして出版元を考えると本体価格2200円は激安です。笠間書院がふだん出している本は安くて3000円超え、たいていは1万円前後ですもんね。

と、値段のことはどうでも良いのですが、この本は一家に一冊あると本当に便利だと思います。筆者の購入目的は「家庭の医学」のように、わが家に怪談を常備することなのです。

筆者の長男は現在小学3年生なのですが、「怖い話を聞かせて」とせがまれることがよくあります。
よっしゃ、怪談好きのパパに任せておけ、と言えれば良いのですが、実をいうと筆者の脳は「物語を記憶する」という機能が欠損しており、本を読んでいるあいだは「むっちゃ怖い!」「面白い!」と興奮していても、読み終わった瞬間にディテールをほとんど忘れてしまうのです。
短い怪談に於いても然り。
「あの話、怖かったよな。確かあの本に載ってたな」
ということはよく覚えているのですが、さて自身で改めて語ろうとすると細かい部分を思い出せず、ちっとも怖くない話になってしまうのです。

以前、子どもから怖い話をせがまれた時、弱り果てた筆者はこんな話をしました。

『悪魔の人形』
あるところに老人と少女が二人で暮らしていた。ある時、老人は外出先でクマのぬいぐるみを買い、少女への土産として持ち帰った。クマを見た少女は叫んだ。
「あ!クマの人形(あくまのにんぎょう)」

『猫のたましい』
ある老人が、タマという名の猫と、やはりタマという名の犬を飼っていた。
ある晩、夜中に猫のタマがしきりに鳴き続けた。やかましくて眠れない老人はこう言った。
「猫のタマ、しっー!(ねこのたましい)」

『悪の十字架』
ある店の主人が、朝から店を開ける支度をしていた。店の前を通りかかった男が、時計を見ながら言った。
「おじさん、開くの10時か?(あくのじゅうじか)」


えー、以上は出典は忘れましたが、小学生の頃に読んだ本に載っていたダジャレです。息子はタイトルを聞いた段階では「うんうん」と真剣な顔になるのですが、オチを聞くたびに「怖くない!」とがっかり。
しまいには、横で聞いていた妻までもが「あんたはしょうもない本ばっかり棚に並べてるくせに、怖い話もできないの!?」と怒りだしました。
こうなってくると、本当に怖い話をしなければいけませんが、なにぶん記憶だけで語れるレパートリーを持ち合わせていません。ここは、小学生なら確実にビビるであろう最強クラスの怪談を持ち出して、「パパの話は本当に怖いから聞きたくない」と思わせるしか、逃げる方法はない。

そこで語ったのが、この話です。

ある若者グループが海へ出かけ、崖から飛び込んで遊んでいた。ところが、そのうちの一人が溺れて死んでしまった。のちに、その時撮った写真を現像すると、海面から無数の手が伸びているのが写っていた。

有名な怪談で、本書「日本現代怪異事典」でも当然、紹介されていますが、筆者は小学生の頃だったかに初めて聞いて、本当に怖ろしい気分になった記憶があります。
さあ、これでどうだ。
自信満々で聞かせた筆者に対し、長男は
「ああ、それはね、海坊主って言うんだよ。怖くない怖くない」
とニコニコしながら流されてしまいました。

さて、そんな形で撃沈した筆者ですが、もしその時この本が手元にあれば「じゃ、こっちの話は? こんな話もあるぞ」と次々と弾を繰り出すことができたはずです。
いやあ、もっと早くに巡り会いたかった本だな。

まあ、そのような使い方だけでなく、1975年生まれの筆者にとっても、小学生の頃に学校で話題になっていた怪談が大量に紹介されていて、とても懐かしい気分になります。
6年生くらいの時に「紫鏡という言葉を20歳になるまで覚えていると死ぬ」という話を聞いたときは、かなり深刻に悩んだもんですね。20歳のころには無事に忘れてましたが、40過ぎてまた覚えちゃったよ。
こんな大部な本の著者がまだ20代というのも驚きです。巻末の参考文献リストは、そのまま戦後日本怪談史というもいうべきもので、本当に勉強熱心ですばらしいと思います。

日本現代怪異事典
朝里 樹
笠間書院
2018-01-17




関連記事:
最恐!実話怪談名作エピソード5選

夢のなかで見つけた本

201802東西ミステリーベスト100180

読むことを夢想している本ではなく、夢のなかで初めて見つけた本の話です。

文春文庫の「東西ミステリーベスト100」という本があります。
2013年に新版が出ましたが、最初に刊行されたのは1986年のことで、筆者は小学6年生の頃(1987年)に買った記憶があります。
中学入学直前なので、ミステリのことを何も知らない時期に手に入れ、以後、本書をバイブルとして、紹介された内容を手がかりにミステリを読み進めていったものです。

ところで、本書の中には罪深い間違いが一箇所ありました。
「亜愛一郎の狼狽」紹介文の中です。
筆者は亜愛一郎シリーズのことも、もちろん本書をきっかけに知ったのですが、のちにこんな記事を書いてしまうくらい、ドハマりました。
最初に買ったのはたまたま書店で見かけた「亜愛一郎の転倒」で、それから慌てて「亜愛一郎の狼狽」「亜愛一郎の逃亡」も探して読みました。全て角川文庫版です。しかし、あとの一冊がどうしても見つかりません……ん?あと一冊?
そう、亜愛一郎シリーズは3冊で全てのはずなのに、いったい筆者はナニを探していたのか。

実は1986年版「東西ミステリーベスト100」のなかでは、亜愛一郎シリーズは「狼狽」「転倒」、そして「消失丶丶」の3冊だと紹介されていたのです。
このため、筆者は本屋で「亜愛一郎の逃亡」を見つけた時、「あ、4冊目もあったんだ」と思い込み、引き続き「亜愛一郎の消失丶丶」を探し続けていたのです。
当時はインターネットもなく、またミステリに詳しい人が周りにいたわけでもないため、この思い込みは数年にわたって解消されることなく続きました。

その間、夢のなかでは何度も「亜愛一郎の消失」を買いました。
あるときは、徳間文庫から出ているのを発見しました。「なんだ角川文庫じゃなかったのか。道理で見つからなかったわけだ」と納得し、手を伸ばしたところで残念ながら目が覚める。
またあるときは短編集ではなく、長編でした。なんと長編ッ!と、手を伸ばしたところでやはり目が覚める。
結局、「亜愛一郎の消失」という本は存在しない、ということをいつ頃の時期にどうやって納得したのか忘れましたが、インターネットが普及した現代ではこのような悲劇はもう起こらないことでしょう。

さて、ほかに夢の中で見かけた本で印象深いのは、笠井潔の本があります。
筆者は東日本大震災を挟む数年間、東北にいたことがありますが、魚が大好きなので、三陸海岸沿いの港町へ旅行し、観光客向けの市場を覗いて買い食いするのが何よりの楽しみでした。
そんなある時、例によって旅先で市場の中へ入っていくと、一角が古本屋でした。
こんな水気の多い場所で本を売るなんて、と驚きましたが、なかなか雰囲気の良い店で、渋い本がズラッと並んでいます。
その中に、笠井潔の見たことのない本がありました。「オイディプス症候群」に似た感じで、重厚な装丁で、濃いグレーのカバーに黒い文字でタイトルが印刷してあるため、なんという本なのかよく見えません。
こんな本があったのか、と棚の最上段にあった本へ手を伸ばすと……そこで目が覚めました。
うーん、ちょっとでも内容を覗くまで待ってほしかったもんですが、残念でした。
装丁から推察するに、あの本こそ、笠井潔の最高傑作だったのではないか、そんな思いが抜けません。

それにしても、入手困難な本、自分しか知らない本を発見する夢というのは、一番楽しく、しかし覚めると悔しい思いをする夢です。



スポンサーリンク
profile

筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
ブログ更新通知:https://twitter.com/squibbon19

プロフィール

squibbon