備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

2017年08月

「Yの悲劇」が横溝正史へ与えた影響とは?

201706獄門島094

※ご注意※今回の記事は「Yの悲劇」「獄門島」のネタに触れています。未読の方はただちに画面を閉じてください。

海外ミステリの人気投票で長らく1位が指定席となっていたエラリー・クイーンの「Yの悲劇」。
筆者は実は読む前に、故人のシナリオに基づいて犯人が事件を起こす、というネタを知っていました。
中学生の頃のことで、どういった経緯でこれを知ったのか忘れてしまったのですが、その時に「それって獄門島と同じでは?」と思ったことはよく覚えています。
今回はその辺の話を書いてみます。

筆者は本編を読まずにネタを知ったので、トリックの骨格が共通していることにすぐ気づいたのですが、逆にネタを知らずにふつうに読んで、「こいつが犯人だったとは!」ときちんと驚いた経験を持つまともな読者だと、この点に気づいている方が少ないように感じています。
筆者は周囲のミステリ好きに「獄門島」と「Yの悲劇」との共通点について語って、怪訝な顔をされたことが何度かあります。(なお、筆者は横溝正史の有名作品をほとんど読み終えた頃に「Y」のネタを知り、さらに数年経ってから本編を読みました)

しかし、実はこの犯人像については、横溝正史本人も発想の原点が「Yの悲劇」であることを認めているのです。
小林信彦による、横溝正史へのインタビューを構成した「横溝正史読本」はネタバレを忌避せずにガンガンと話を突っ込んでいる好著ですが(以前にこちらの記事でも紹介)、その中に、「獄門島」の「気違いじゃが仕方がない」というネタは「Yの悲劇」の「マンドリン」を自己流でやってみたもの、という発言があります。
マンドリンというのは、故人の書いたシナリオにある「鈍器」という記述を実行犯が「楽器」と勘違いする、というものですが、「気違いじゃが仕方がない」は、やはり故人の書いたシナリオの指示に実行犯が納得していないという話です。
横溝正史はこの構図を面白がって、自作へ取り入れていたわけなのです。
「気違いじゃが仕方がない」というセリフは国内ミステリ史上、最高のセリフではないかとまで評価されているものですが、このように発想の元ネタがあるものでした。

この点以外にも、横溝正史ファンが「Yの悲劇」を読むと、いたるところに横溝正史作品を彷彿させる部分が見られ、興味深いものです。
まず、ヨーク・ハッターが簡潔な遺書をのこして自殺し、しかし、その後連続する事件にヨークの影が感じられる、という展開はモロに「悪魔が来りて笛を吹く」の椿子爵とかぶると言ってよいでしょう。
また、中盤にあるエミリー・ハッターの遺書発表シーン、それに続く一族の反応は「犬神家の一族」そのままです。(「Yの悲劇」の遺書発表シーンが物語にとって必要だったのかどうか、筆者はいまいちよくわからないのですが……)

ところで筆者は、このような点を指摘して「獄門島」をはじめとする横溝正史作品の価値を貶めたいわけではありません。
逆に、元ネタあるとわかってもなおかつ、これは偉大な業績なのです。
ミステリとは、先立つ作品からの引用、オマージュによって連綿と紡がれてきたジャンルです。「Yの悲劇」の各ポイントに注目して、それを上回るインパクトを持つ描写へ転換したことは、横溝正史の功績というべきです。

さらにいえば、当時のミステリ作家はネタの流用をあまり問題視していません。
前述の「横溝正史読本」では、「マンドリン」のくだりに続いて、実行犯のトリックはカーの諸作から発想した、という話をしています。
悪びれることなく語っていますので、横溝本人もネタの流用をまるで気にしていないことが伺われるどころか、「わたし流に訳しているんです」という発言までしています。
また、別のエッセイ集「真説金田一耕助」では、クリスティが「そして誰もいなくなった」においてマザーグースの見立てをしているのを読み、「クリスティがヴァン・ダインの真似をして許されるなら、自分もやろう」と考え、「獄門島」の俳句への見立てを考えたという話も回顧しています。(「真説金田一耕助」については、以前にこちらの記事

海外ミステリの有名作からネタをいただくのは、戦前から活躍している探偵作家にとっては「当たり前」のことだったようです。乱歩も同じようなことを多くの作品でやっています。
当時の読者は現代ほど海外ミステリに親しんでおらず、海外ミステリからのネタの流用は、当時の作家にとってはいわば「翻訳・紹介」の延長上にあったと思われます。

横溝正史はカーのファンであることは公言しており、作風にも濃厚に現れています。
一方、クイーンについてはあまり言及していないにもかかわらず、注意深く観察すると、作品の根幹にかかわる部分にはクイーンの影響が強く現れていることがわかります。
ほかにも例をあげられると面白いと思いますが、詳細に語り始めると筆者の手に余る仕事になるので、とりあえず「Yの悲劇」からの影響を指摘できたところでオシマイにします。

関連記事:
横溝正史エッセイ集 番外編『横溝正史読本』
横溝正史エッセイ集 その4『真説 金田一耕助』
「犬神家の一族」は本格か?
横溝正史「悪魔が来りて笛を吹く」の舞台をGoogleストリートビューで巡る

獄門島 (角川文庫)
横溝 正史
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Yの悲劇 (角川文庫 ク 19-2)
Yの悲劇 (角川文庫) ←越前敏弥の新訳はおすすめです。
エラリー・クイーン
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真珠湾攻撃を読む

先日、終戦について書きましたので、今回は日米開戦、真珠湾攻撃について書かれた本から、おすすめをご紹介しましょう。

黒澤明vs.ハリウッド―『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて (文春文庫)
1970年のハリウッド映画「トラ・トラ・トラ!」は、日米双方からの視点で真珠湾攻撃を描くという試みで、米側の監督にはリチャード・フライシャー、そして日本側の監督には当初、黒澤明が起用されました。
しかし、さまざまなトラブルの結果、黒澤明は降板します。
本書は、その過程を詳細に追ったノンフィクションです。
のっけから、真珠湾攻撃を扱った本の紹介としては、変化球ではないかと思われるかもしれませんが、実はこの本、真珠湾のことを知るためにも非常によくできています。
筆者自身、実を言えば、真珠湾攻撃ということに興味を持ったのは本書を読んでからなのです。

なお、真珠湾攻撃について書いている本記事の主旨からそれますが、映画「トラ・トラ・トラ!」は、黒澤監督降板後は、舛田利雄・深作欣二の二人体制で日本側シーンの撮影に臨み、完成にこぎつけます。
黒澤明が執筆したシナリオはいったん白紙になったと言われていますが、本書によれば、随所にアイデアは残されているということで、映画とシナリオを比較してみるのも一興です。
映画を観るならば、やはりBlu-rayがおすすめです。非常に高画質に仕上がっています。
シナリオは「黒澤明―天才の苦悩と創造」というムックに収録されています。このムックは黒澤明が描いた全絵コンテも収録しており、幻の黒澤バージョンの全貌を伺うことができます。

黒沢明―天才の苦悩と創造 (キネ旬ムック)
トラ・トラ・トラ!(ニュー・デジタル・リマスター版) [Blu-ray]


真珠湾攻撃を立案したとされる、当時の聯合艦隊司令長官・山本五十六の伝記小説。
阿川弘之の代表作です。
山本五十六の魅力的な人間像が描かれています。もちろん、真珠湾攻撃も詳細に記述されます。



映画「トラ・トラ・トラ!」で田村高廣が演じていた攻撃隊長が淵田美津雄です。阿川弘之「山本五十六」にも印象的に登場します。
本書は、その現場指揮官の生の証言を記録した貴重な一冊です。
この淵田美津雄は戦後、キリスト教徒となり、アメリカで戦争の愚かさを訴える伝道の旅を続けました。この話は、昨年夏に放映されたNHKスペシャル「ふたりの贖罪」で取り上げられています。


次は、フィクションです。
真珠湾奇襲を目指す艦隊は11月末に択捉島単冠湾に集結します。この情報をアメリカへ打電しようとする日系アメリカ人スパイを主人公にした冒険小説です。
佐々木譲お得意の北海道を舞台にした小説で、激しく、そして緊迫した物語を堪能できます。
真珠湾攻撃そのものは描かれませんが、その前哨戦です。


太平洋戦争が始まった日、そして終わったときに人びとは何を考えていたのか?
残された日記や記録から、時系列で事実を積み重ねていきます。
戦後になってから当時を振り返った証言は山のように存在しますが、リアルタイムの記録からは、戦後の回想とは全く違った、人間の息遣いが伝わってきます。
山田風太郎の傑作の一つとされています。

以上、真珠湾攻撃と直接関係ない本をやたらと上げてしまいました。
最後に太平洋戦争の通史として定評があるものをご紹介しておくと、やはり、半藤一利「昭和史」、ジョン・トーランド「大日本帝国の興亡」ということになるでしょう。

大日本帝国の興亡〔新版〕1:暁のZ作戦 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
大日本帝国の興亡〔新版〕2 :昇る太陽 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)大日本帝国の興亡〔新版〕3:死の島々 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)大日本帝国の興亡〔新版〕4:神風吹かず (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)大日本帝国の興亡〔新版〕5:平和への道 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
大日本帝国の興亡〔新版〕 全5冊 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

震災と怪談

201708みちのく怪談コンテスト116

戦争や自然災害など、大きな惨事のあとには怪談が生まれます。
このことについてはいろいろな人が分析をしていますが、死者の鎮魂とともに、惨事を物語として語ることで、後世へ記憶を受け継ぐ役割を果たしています。
2011年の東日本大震災のあとも数多くの怪談が生まれ、その一部は書籍やテレビ番組にまとめられつつあります。
それらをご紹介します。
(リンク先は全てAmazonです)

みちのく怪談コンテスト傑作選 2011 (叢書東北の声)
高橋克彦・赤坂憲雄・東雅夫 編
荒蝦夷
2013-08


大震災後、真っ先に怪談集を出版したのは、仙台を拠点に活動する出版社・荒蝦夷でした。
実は荒蝦夷は、怪談界の大御所・東雅夫と組んで、大震災前年の2010年から、遠野物語百周年を記念して「みちのく怪談プロジェクト」というものを始めていました。東北を舞台にした怪談を一般から公募するという企画です。
企画がスタートした矢先に、東日本大震災が発生したというわけなのです。
この大惨事を語りつぐための受け皿として、何ものかの力が「みちのく怪談プロジェクト」を始めさせていたのではないか、と思ってしまうほど奇跡的なタイミングなのですが、結果的にコンテスト第2回目となる2011年版には、震災にまつわる怪談が数多く集められることになりました。
むろん、企画の趣旨は震災に限られておらず、別のテーマの怪談もたくさん収録されていますが、やはり際立つのは震災関連のものでした。
本書の刊行とほぼ同時に、NHKスペシャル「亡き人との“再会” ~被災地 三度目の夏に~」も放映されました。荒蝦夷の書籍と歩調を揃えたのかどうかはわかりませんが、例えば須藤茜「白い花弁」など同じエピソードも番組で紹介されました。
コンテストは翌年に第3回が実施されましたが、これは書籍化されておらず、そのままコンテスト自体は中断しているようです。何年かおきでもよいので、また実施して、集まったエピソードを刊行してほしいものです。

震災後の不思議な話 三陸の怪談
宇田川敬介
飛鳥新社
2016-03-26


昨年刊行されたのが本書です。
著者が現地で取材したエピソードをまとめたものですが、地名や人名を全て伏せているため、荒蝦夷の「署名記事」に比べると迫真性がやや欠けます。
また、感動的なエピソードに絞っている点も、怪談好きの筆者としてはやや白けてしまいま。
とはいえ、一般の出版社(在東北あるいは怪談専門などの特別な事情のない出版社)がこのテーマに進出したというのは、特筆すべきことと感じました。
この年にはもう一冊出ています。



これは怪談集を意図したものではなく、東北学院大学の社会学ゼミの学生が生と死をテーマに震災について取材したレポートをまとめたものです。葬儀や震災遺構の保存といったテーマと並べて、幽霊現象についても書かれています。
学生による学術的なレポートであるため、単なる噂話として処理せず、幽霊が乗ったとされるタクシーが「無賃乗車」と記録されていることを確認するなどしており、話題となりました。物語としての怪談集とは別の視点で東北で起こる怪異に目を向けています。



今のところこのテーマを扱った本としては最新刊です。ノンフィクション作家・奥野修司が取材したものです。
登場している人たちは特に事情がない限り実名とのことで、怪異のスタイルも多岐にわたっており、興味深い内容です。
ただ、やはり「感動」を主軸に据えている点がいただけません。
親しい人を亡くしたあと、その人がまたそっと会いにきてくれたら、それはむろんのこと嬉しいでしょうし、エピソードとしては感動的です。しかし、例えば幽霊を乗せてしまったタクシー運転手などにとっては、怪異は「感動」ではなく「恐怖」です。本書でもこのような「恐怖」体験が全く避けられています。

以下、筆者の「怪談観」ですが、怪談の主眼はやはり「怖い」ことだと思います。
震災の記憶が生々しい今の時点で、恐怖をテーマにした実話怪談をまとめるのは、まだ時期尚早であり、感動をメインに据えてしまうのはやむを得ないことかもしれません。
しかし、後世へ語り継がれる、物語としての強さを持っているのは、「感動」よりも「恐怖」だと思います。
筆者の出身は名古屋なのですが、実家には偕成社からむかし刊行されていた「愛知県の民話」という本がありました。
この本には近世以前から伝わる昔話や民話に混じって、名古屋大空襲や伊勢湾台風にまつわる現代民話も収録されています。
そこまでとんでもなく怖い話ではないのですが、小学生の頃の筆者はこれらの話を「怖い」と感じ、だからこそ、空襲や台風の惨禍を我が事としてリアルに実感することができました。
今の時期に震災を「単なるホラー」として消費するのは不謹慎と批判されても致し方ないとは思います。
しかし、震災の「恐怖」を語りつぐためにはいずれ「怖い」怪談も必要となります。
そのときには、この手の話がはばかることなく書籍にまとめられてほしいと思っています。 
profile

筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
ブログ更新通知:https://twitter.com/squibbon19

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