備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

2017年05月

「京都ぎらい」井上章一とは? おすすめ代表作 その2【関西編】

20170531阪神タイガースの正体084


ベストセラーとなった『京都ぎらい』にも書かれているとおり、井上章一は京都(ただし洛外の嵯峨)で生まれ育ち、京都大学で建築を学び、その後も京都にある国際日本文化研究センターで研究職を務めているという経歴の持ち主です。
このため、関西という地域に対してことのほか思い入れが強く、関西人ならではの著作もいくつかあります。

関西人の正体 (朝日文庫)
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井上章一らしい雑学を交えながらも、気楽に読めるエッセイという趣きの本です。関西愛に溢れています。
関西弁について語った最初の章が特に秀逸。
日本の標準語が江戸のアクセントに基づいているのは、関ヶ原で西軍が負けて政権が江戸へ移ったから。ということは、西軍さえ勝っていれば、標準語は関西弁だったのではないか? さらにいえば、商売に長けた関西人が鎖国などするはずがない。どんどんと海外へ侵出し、やがてはインド洋沖でイギリス艦隊と決戦、そこでも勝っていれば、世界の標準語は英語ではなく関西弁になっていたはず……
という、完全に妄想ではありますが、説得力があり、思わずあり得たかもしれないもう一つの歴史に思いを馳せてしまいます。
また、第三章「京都の正体」は、『京都ぎらい』にも通じる内容ですが、しかし「京都ぎらい」を公言はしていません。



この関西路線の最高傑作であるばかりでなく、井上章一の代表作の一つがこの『阪神タイガースの正体』です。10年ほど前にちくま文庫へ収録された後、しばらく入手困難でしたが、最近めでたく朝日文庫に収録されました。
阪神タイガースのファンはほぼ球団と一体化しており、強くても弱くても決して見捨てることがありません。なぜここまで熱狂してしまうのか? 自身もタイガースファンである著者の疑問からスタートしますが、話はどんどんと掘り下げられていき、球団の歴史のみならず、日本プロ野球の歴史が詳細に語られます。現在の熱狂がいかに形作られていったものかが、ファンならずとも納得できる本です。
 
さて、この『阪神タイガースの正体』の初版は2001年というタイガースが毎年のように最下位争いをしていた時期に刊行されたのですが、翌年から監督が星野仙一に変わり、2003年には18年ぶりの優勝をします。それを記念して(というか、まだ優勝確定前に)刊行されたのが『「あと一球っ!」の精神史』です。
ムックのような軽い仕上がりの本で、内容的にも『阪神タイガースの正体』とかぶるところもありますが、このような際物も書いたりします、ということでご紹介しておきます。

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「京都ぎらい」井上章一とは? おすすめ代表作 その1【雑学編】

20170530妄想かもしれない日本の歴史085

『京都ぎらい』(朝日新書)がベストセラーとなった井上章一は、これまでにも数多くの本を執筆し、読書好きのあいだでは非常に評価が高い書き手です。例えば2009年に講談社から刊行した『伊勢神宮』は、2010年に朝日新聞が発表した「ゼロ年代の50冊」の一つにも選ばれました。
しかし、これまでは『京都ぎらい』ほど売れた本はなかったため、一般的な知名度はそれほどでもなかったのではないでしょうか。
『京都ぎらい』刊行後、主に朝日文庫へ旧作が次々と収録されたりして、今は氏の本をかなり読みやすい状況になっています。この機会に代表作を読んでみようという方も多いのではないかと思います。
そんな方のために、井上章一の代表作をまとめてみたいと思います。

氏の著書はこれまでかなりの数になるのですが、ではこの人は何屋さん?となると、答えはかなり難しくなります。
というのは、著書のテーマが多岐にわたり、また他の誰も手を付けていないような唯一無二の内容の本も多々あるためです。
本ブログでは、これまでの井上章一の著書を大雑把に「雑学編」「関西編」「建築史編」「ピンク編」と分類してそれぞれの代表作・おすすめ本をご紹介します。
初回は「雑学編」から。

井上章一はもともとは京大で建築史を学んでおり、建築にまつわる著書も多いのですが、それ以外のありとあらゆることに関心を示しています。
著作デビューは1984年に刊行された『霊柩車の誕生』という本でした。



最近はあまり見かけなくなりましたが、本書が執筆された頃は、霊柩車といえばきらびやかで派手な外観が特徴でした。
著者は建築史の研究をする中で霊柩車に興味を持ち、その歴史と意匠について調査したものが本書です。さらには霊柩車研究にとどまらず、明治以降の葬送の歴史も詳しく繙いていきます。
刊行時29歳という若さであり、文体は今ほど軽やかではありませんが、まえがきで「私は、霊柩車研究に関する限りパイオニアである」と宣言するなど、内容的にはデビュー時から井上章一の面目躍如、楽しめます。

筆者が個人的に気に入っているのは2005年に刊行された『名古屋と金シャチ』です。

名古屋と金シャチ NTT出版ライブラリーレゾナント007
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ちょうど愛知万博の時期で、世間では名古屋に関する本がやたらに出ていましたが、その中でも異色の存在感を放っていました。
「金シャチ」とは、名古屋城の上に輝く金のシャチホコのことですが、名古屋人にとって以下に金シャチが重要なものであるか、他所者にはうかがい知れないその世界を詳細に記述します。
筆者の出身地は名古屋なのですが、本書があまりに面白かったため、70年以上名古屋に在住し、名古屋のことならなんでも知り尽くしているはずの父に読ませたところ「わしも知らん話ばっかり書いてあったがや」ということでした。
名古屋に関心のない方が読んでどうなのかはわかりませんが、名古屋人なら面白がることは保証します。

『狂気と王権』は、タイトルからどんな内容なのか見当がつかなかったのですが、講談社学術文庫へ収録されたときにパラパラ眺めてびっくり。これまたすごい話です。



明治以降、天皇や皇族あるいは海外の王室に対して、不敬をはたらいたり襲撃したりした事件がいくつか知られていますが、実は調べてみるとそれらの事件で逮捕された人物の多くは、裁判で精神鑑定にかけられ「狂人」のレッテルを貼られているのです。
つまり、マトモな神経の人間が皇室に敵意を抱くわけがない、という考えで、それを裏付けるエピソードを次々と紹介します。
さらには、昭和天皇がマッカーサーに対して「自分が戦争に反対したら精神病院に入れられて、戦争が終わるまで押し込められただろう」という発言をしたという伝説に触れ、その発言が実際になされたかは疑わしいとしながらも、昭和天皇がそれに近い懸念を抱いていただろうということは推測できるとして、昭和天皇が摂政として実務を執ることになった、大正天皇の「脳病」について語ります。
また、これに関連して二・二六事件で蹶起将校が秩父宮を担ごうとしたという説にも触れ、このあたり、笠原和夫ファンでもある筆者は非常に興味深く読みました。(笠原和夫は二・二六事件を壬申の乱に例える発言をしていますが、本書でも、二・二六事件当時に壬申の乱を想起した人たちがいたことが記されています)

さて、このようにまるで方向性の違うテーマを、深く掘り下げて次々と本にするのは、恐るべき知的体力だと思いますが、その秘密の一端を伺える本があります。



本書はまとまったテーマはなく、一章ごとにばらばらの話となっており、しかもいずれもが中途半端なレベルで終わっています。
この本だけ読むとイマイチな本だな、と思ってしまうのですが、筆者としては逆に、ここにこそ井上章一の秘密があると感じました。
つまり、本書は、井上章一が温め続けている「卵」を披露したものなのです。
氏の本の面白さは、自説の傍証のほとんどを書物から得てくるところですが、その書物というのが非常に幅広く、関連する学術書はもちろん、小説や、時にはまるで関係なさそうなエッセイなどから引っ張ってくることもあります。
これは、自説の傍証を求めて本を読んだわけではなく、読んでいた本に、たまたま自説にとって都合の良い記述があった、ということを示しているように思います。
しかしそれにしても、こんなにも次々と都合の良い記述を見つけられるものなのか。
恐らく井上章一の頭のなかには、常に膨大な種類の研究テーマが温められているのでしょう。それらを抱えながら、ありとあらゆる本を読む、すると何かしら研究テーマに関連する記述が見つかり、メモを蓄え続ける。自説を強固にできるだけの材料が集まれば、執筆に取り掛かり、それまでの蓄積を放出する。
筆者の勝手な想像、それこそ「妄想」ですが、この『妄想かもしれない日本の歴史』を読むと、井上章一はきっとそんな風に研究を進めているのだろうな、と思わされます。

ジェイン・オースティン「ノーサンガー・アビー」

先日、「高慢と偏見」についてご紹介しましたが、ジェイン・オースティンを初めて読むのであれば、個人的には「ノーサンガー・アビー」をおすすめします。

オースティンがデビューしたのは「分別と多感」でしたが、初めて書いた、実質的な処女作はこの「ノーサンガー・アビー」で、その点でも最初に読む作品にふさわしいと思います。(とはいえ、この作品が刊行されたのは没後なのですが)

内容的には、もうハチャメチャです。「高慢と偏見」も少女漫画チックな物語ですが、「ノーサンガー・アビー」は恋愛漫画どころではなく、完全にギャグ漫画の方へ振れてきています。
主人公の少女はゴシック小説の読み過ぎで、自身の周りに起こるできごとに対して、ことごとく妄想に満ちた解釈をし、それが誤解を生み、トラブルを生み、といった調子で、最初から最後まで楽しく読むことができます。

この作品の翻訳は、今のところ手に入るのは、ちくま文庫の中野康司訳のみです。


ノーサンガー・アビー (ちくま文庫)
ノーサンガー・アビー (ちくま文庫)
中野康司 訳
(リンク先はAmazon)

この小説を読んでいると、作中で主人公が愛読しているゴシック小説「ユードルフォの謎」をものすごく読んでみたくなりますが、残念ながら邦訳は無いようです。原著はオックスフォードのクラシックシリーズに今も収録されており、容易に入手できます。こういうときに、英語をスラスラ読める能力があったらなあ、と思います。

The Mysteries of Udolpho (Oxford World's Classics)
The Mysteries of Udolpho (Oxford World's Classics)
Ann Ward Radcliffe
Oxford Univ Pr (T)
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関連記事:
「高慢と偏見」を読むなら、おすすめの文庫はどれ? 各社版徹底比較!
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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
ブログ更新通知:https://twitter.com/squibbon19

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