201707金田一耕助のモノローグ104

本書は没後に刊行されたエッセイ集です。
平成5年に角川文庫から発行されました。
表紙イラストは杉本一文なのですが、デザインは従来の横溝シリーズとは統一されておらず、また消費税導入後のため、背表紙もフォーマットが変わってしまっています。このため、この本が出た時はなんとも中途半端な本を買ってしまったような気分になったものです。(筆者が横溝正史を読んでいたのは中学1年、昭和63年頃のことなので、ギリギリ背表紙は変わっていないときに買い揃えていたのです)

内容は昭和51年に「別冊問題小説」へ掲載された「楽しかりし桜の日々」をまとめたものです。
「桜」というのは、太平洋戦争中に横溝正史が疎開していた岡山の集落の名です。「探偵小説昔話」に収録された「桜日記」も、桜滞在時の日記という意味です。
本書の中島河太郎解説にも詳しく書いてありますが、エッセイ集「横溝正史の世界」へ収録された「書かでもの記」の末尾には、本当は「楽しかりし桜の日々」というタイトルで疎開時代の思い出を書くつもりだったが、生い立ちを長々書きすぎてそこまで辿り着けなかった、とあります。
本書収録のエッセイは、その時のリベンジとして改めて書かれたものなのです。

ということで、本書は「途切れ途切れの記」「書かでもの記」など、横溝正史がそれまでに書いた自伝的エッセイの記述を前提に執筆されており、それらの前に本書を読んでしまうと、よくわからない部分が多々あります。
筆者も、本書刊行時は高校生で、横溝正史のエッセイで読んでいたのは「真説金田一耕助」のみでした。
このため、本書を買ってはきたものの話についていけず、とても薄い本なのに、最後まで読まずに放置していました。社会人になってから古書で「探偵小説昔話」などを入手して、ようやく話を飲み込めた次第です。

ということで、きちんと読むためには準備が必要な本書ですが、書いてある内容はいうと「桜日記」やあるいは「真説金田一耕助」など、これまでに刊行されたエッセイでおおむね補完できる内容です。つまり、本書を読むための準備すれば、本書に書いてある内容はすでにだいたい頭に入ってしまうという……
とはいえ、桜滞在時に執筆した作品(本陣、蝶々、獄門島など、傑作ぞろい!)の思い出を詳細に語っていますので、興味深い内容ではあります。

目次は以下のとおりです。

疎開三年六ヵ月――楽しかりし桜の日々

 義姉光枝の奨めで疎開を決意すること
  途中姉富重の栄耀栄華の跡を偲ぶこと

 桜部落で松根運びを手伝うこと
  ササゲを雉子に食われて泣き笑いのこと

 敗戦で青酸加里と手が切れること
  探偵小説のトリックの鬼になること

田舎太平記――続楽しかりし桜の日々

 ウサギの雑煮で終戦後の正月を寿ぐこと
  頼まれもせぬ原稿七十六枚を書くこと

 城昌幸君の手紙で俄然ハリキルこと
  いろんな思惑が絡み思い悩むこと

 探偵小説を二本平行に書くということ
  鬼と化して田圃の畦道を彷徨すること

農村交遊録――続々楽しかりし桜の日々

 アガサ・クリスティに刺激されること
  公職追放令恐れおののくこと

 澎湃として興る農村芝居のこと
  昌あちゃんのお婿さんのこと

 「本陣」と「蝶々」映画化のこと
  桜部落のヒューマニズムのこと

 伜亮一早稲田大学へ入学のこと
  八月一日に東京入りを覗うこと

解説 中島河太郎


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