201706裂けて海峡089

先日掲載した「国内名作ミステリ必読リスト50(ハードボイルド・冒険小説・警察小説編)」の解説記事です。

ジャンル分けについては「名作ミステリ必読リストについて」に書いたとおりですが、今回も掲載する作家の選択基準をまずご説明します。
このリスト「本格ミステリ編」と同じく、単に面白い小説を求めている読者よりも、「ミステリマニア養成講座」を目指しています(ただしこちらも初心者向け)。したがって、ミステリの歴史における価値を最重視しています。
「本格ミステリ編」と「ハードボイルド編」との違いは、一般論として「ハードボイルド作家」「冒険小説作家」と認識されているかどうかで分けています。厳密な定義はありません。
例えば結城昌治は「ひげのある男たち」「長い長い眠り」など初期はユーモアミステリと呼ばれ、本リストでは「本格ミステリ編」へ分類されるべき作品ですが、現在では結城昌治といえばハードボイルドの草分けとして評価が最も高いものになっています。
とはいえ、本格ミステリもハードボイルドも「謎解き」が主眼であることに違いはなく、本格ミステリもハードボイルドも等しく愛しているミステリ読者や作家は大勢います。
なんとなく、という分類しかできないため、異論はあるかもしれません。

大藪春彦
乱歩の推挽を得て「野獣死すべし」(1958年)でデビュー。「蘇える金狼」(1964年)など、数多くのベストセラーを書いています。しかし、今は著作のほとんどが入手困難で、「蘇る金狼」まで新刊本で手に入らないというのは困ったものだと思います。

結城昌治
個人的にはユーモアミステリの「ひげのある男たち」(1959年)などの方が好きなのですが、「暗い落日」(1965年)に始まる真木シリーズは国産ハードボイルドの草分けとされ、今も熱心なファンがたくさんいます。
スパイ小説「ゴメスの名はゴメス」(1962年)は迫真の展開の中にも、結城昌治らしいユーモアが随所に現れています。「夜の終わる時」(1963年)では悪徳警官小説の先駆けとなり、推理作家協会賞を受賞しました。

高城高
国産ハードボイルド草分けの一人でありながら、短編がメインだったためか、ほとんど忘れられていました。2006年に仙台の出版社「荒蝦夷」が「X橋付近」(1955年)を復刊したことから人気が再燃し、その後、創元推理文庫から作品集が刊行されています。

河野典生
河野典生はハードボイルドらしいハードボイルドは推理作家協会賞を受賞した「殺意という名の家畜」(1963年)くらいで、ほかに幅広い作風を披露しましたが、結局、今はハードボイルド作家として名を残しています。

生島治郎
日本のハードボイルド・冒険小説の祖とされています。「黄土の奔流」(1965年)は中国大陸を舞台とした日本初の本格的な冒険小説で、いま読んでも大興奮の傑作です。ハードボイルド刑事小説「追いつめる」(1967年)で直木賞を受賞しました。

中薗英助
スパイ小説「密航定期便」(1972年)が有名ですが、今やほとんど忘れられています。

小鷹信光
翻訳家ですが、日本のハードボイルド史を語る上で絶対に外せない名前です。オリジナル小説は「探偵物語」(1979年)のみ。これは松田優作主演テレビドラマの小説版です。一応、原案ということになっていますが、ドラマとは全く違うシリアスなハードボイルドです。

船戸与一
日本の冒険小説において最も巨大な存在。
中途半端な紹介文は書けません。

逢坂剛
「カディスの赤い星」(1986年)など冒険小説をメインに活躍していますが、「百舌の叫ぶ夜」(1986年)は驚愕のサスペンス小説として、以前からファンのあいだでは人気がありました。最近、ドラマ化されたことでシリーズ全体がベストセラーになりました。

志水辰夫
長らく新作を見ず、事実上の引退状態であるうえ、旧作もほとんど手に入りませんが、「飢えて狼」(1981年)、「裂けて海峡」(1983年)は80年代冒険小説のまさに必読書。シミタツ節と呼ばれた独特の作風は圧倒的な人気を誇っていました。このミス1位となった「行きずりの街」(1990年)はハードボイルドの名作として、いまもよく読まれています。

北方謙三
今や「三国志」「水滸伝」のイメージの方が強くなってしまい、それはそれで良いのですが、かつては「逃がれの街」(1982年)、「檻」(1983年)など、80年代冒険小説ブームの担い手の一人でした。

大沢在昌
「新宿鮫」(1990年)発表以来、不動のベストセラー作家です。2作目の「毒猿 新宿鮫II」(1991年)がシリーズのみならず、著者の代表作と言って良いでしょう。個人的には「天使の牙」(1995年)がいちばん好きです。90年代中頃の大沢在昌は本当にどれもこれもすさまじい面白さでした。

佐々木譲
幅広い作品を発表していますが、柱はやはり冒険小説と警察小説でしょう。このミスの常連作家です。
「ベルリン飛行指令」(1988年)、「エトロフ発緊急電」(1989年)などの太平洋戦争シリーズはジャック・ヒギンズに比肩しうる日本冒険小説の最高峰。警察小説では「警官の血」(2007年)が代表作です。

原尞
あまりに寡作で、新作が出ただけで話題を独占をしてしまう作家ですが、それにしてももう10年以上新作が出ていない状態で、もう書かないんでしょうか。「そして夜は甦る」(1988年)でデビュー。「私が殺した少女」(1989年)で直木賞受賞。「このミス」が始まった頃は、原尞の時代でした。チャンドラーの影響を強く受けた作風ですが、謎解きの要素も強く、本格ミステリファンからも熱心に支持されています。

稲見一良
癌と闘病しながら非常に短い作家生活でしたが、「ダック・コール」(1991年)などは非常に高く評価され、今も読み継がれています。

高村薫
高村薫は「エンターテインメント編」へ入れた方がよかったかな、とも思いますが、かつてのミステリファンからの熱狂的な支持を考えると、やはりハードボイルド編へ。とはいえ、ご本人はミステリというジャンルには愛はないと公言し、物議をかもしたこともありました。「マークスの山」(1993年)、
「レディ・ジョーカー」(1997年)でそれぞれ「このミス」1位。


樋口有介
ソフトな印象のハードボイルド「彼女はたぶん魔法を使う」(1990年)でブレイク。ストーリーそのものよりも作品世界が愛されているように感じます。

真保裕一
幅広いエンターテインメントを発表していますが、徹底した取材に基づく作風で知られています。「ホワイトアウト」(1995年)で大ブレイク。「奪取」(1996年)は偽札造りの物語ですが、これも圧倒的な筆力でハマります。

藤原伊織
「テロリストのパラソル」(1995年)は乱歩賞と直木賞をダブル受賞した史上唯一の作品。

藤田宜永
今もコンスタントに力作を発表していますが、代表作となるとやはり「鋼鉄の騎士」(1995年)でしょうか。この頃の新潮ミステリ倶楽部は冒険小説の牙城といった雰囲気がありました。

馳星周
本名で書評活動を行っていましたが、「不夜城」(1996年)で作家デビュー。これを読むと「新宿鮫」の新宿が安全な場所に思えてしまう、と言われた、ノワール小説の第一人者です。山田風太郎の大ファンで、対談もしていますが、その後、山田風太郎の別のインタビューで「馳星周?覚えてないね」などと言われているのを読んで、気の毒でならなかった……というのが、個人的にはこの作家について最も印象に残っているできごとです。

黒川博行
数年前に、「疫病神」(1997年)シリーズの新作で直木賞を受賞しましたが、もう30年以上も活躍している大ベテランです。昔はもうちょっと爽やかなサスペンスの書き手という印象でしたが、いつの間にかコテコテ大阪弁のハードボイルドが代表作になっていました。

横山秀夫
現在の警察小説の第一人者。いずれの作品も非常に人気がありますが、「半落ち」(2002年)と「64」(2012年)が今のところ代表作でしょう。

福井晴敏
ミステリのカテゴリに入れてしまってよいのか?と思うくらい、ここ最近はガンダム関係の活動ばかり目立っていますが、デビューは乱歩賞です。個人的に「亡国のイージス」(1999年)の映画が大好きなのですが、さらにいえば、DVDの映像特典の中で、イージス艦を喜々として見学している福井晴敏の姿が大好きです。

さて、「本格ミステリ編」と同様、2000年代以降の解説は省略します。ハードボイルド・冒険小説・警察小説というジャンルで今もっとも活躍している作家、人気のある作品はこのあたりでしょう。
今まさにブレイク中で、今後もさらに人気があがっていくことが予想されるのは柚月裕子ですね。

垣根涼介
「ワイルド・ソウル」(2003年)


高野和明
「ジェノサイド」(2011年)


今野敏
「果断 隠蔽捜査2」(2007年)


月村了衛
「機龍警察」(2010年)


柚月裕子
「孤狼の血」(2015年)



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