20170401鼻行類063

学術書やノンフィクションなど、小説以外の本には、本当のことしか書いてないはず。
一般的にはそう信じられていますが、中にはデタラメな嘘ばかり書いた本もあるので、要注意。
今回は小説とは一味違う、嘘本の世界をご紹介します。

鼻行類



まずは、鼻行類。
わざわざご紹介するまでもなく、変な本が好きな人のあいだではよく知られています。
筆者が本書を知ったのは、学生時代でした。
友人が持っている本の表紙に描かれた奇妙な生き物に釘づけになり、何の本なのか尋ねると、生物学の教科書とのこと。
開いてみると、たしかに「鼻行類」という生物についての観察図や解剖図など、学術書の体裁です。版元は思索社。訳者は京大の生物学者。
内容は、南太平洋の孤島で、鼻で歩いたり、狩をしたりする新しい哺乳類が発見されたものの、フランスの核実験により、その島は消滅し、その生き物も絶滅した、というもの。なんとなんと。
この友人が、本気で教科書だと思っていたのか、それとも単に筆者をからかっただけなのか、これが未だに謎なのですが、ともかく、筆者はまるきり信じ込んでしまい、「こんな変な哺乳類が存在したとは!」とえらく興奮し、先輩にこの本のことを話すと「お前はアホか」と、鼻行類が有名な嘘本であることを教えられました。
嘘だとわかったらわかったで、ますますこの本に愛着が湧きました。
その時点ではすでに思索社版は絶版となっており、ちょうど博品社から新版が出ていたため、私はそちらを購入しました。
じっくり読むと、本当によくできた本です。「フィクションである」ということは本のどこを探しても一切書かれておらず、ただひたすら鼻行類の生態について淡々とした記述が続くのですが、どれもこれも、あまりにふざけすぎ。奇想天外の極みのような内容です。
今は平凡社ライブラリーで版を重ねていますが、惜しむらくは解説でフィクションであることに触れています。できれば平凡社版でも嘘を突き通してほしかったものです。

偽書百選



個人的に、『鼻行類』と双璧をなすと思っているのが本書です。
無類の古書コレクターである垣芝折多氏が、明治から昭和にかけて刊行された珍本を紹介している内容なのですが、これまた、どれもこれもとんでもなく奇妙な本ばかり。
種を明かせば、実はこれが全て評論家・松山巖の創作なのです。何やってんだ、この人、と思わざるをえない、本当にふざけた内容。
「週刊文春」に連載中は、フィクションであるとは明記されていなかったため、紹介された本に対する問い合わせが殺到したそうです。
個人的に最も感心したのは「肉世國」というポルノ小説。「ニクヨクニ」。そう、回文。
読みづらい性描写が延々続く本文が引用されているのですが、これが全体で回文になっているという……。
とても週刊連載の一コラムとは思えない、大変な労作なのです。この章だけでも、松山巖の名は書物の歴史に永遠に刻まれる価値があります。
他にも馬鹿げた本、ふざけた本、しかし全ていかにもあり得そうな本ばかりが、写真やイラストをふんだんに交えて紹介されています。
こんな本が本当に刊行されている世界に生まれたかった、とまで思ってしまいます。
初版の単行本では松山巖は解説を書いているのみで、奥付の著者名も垣芝折多となっていました。
こんなすごい本が初刷のみで絶版だなんて……

秘密の動物誌

秘密の動物誌 (ちくま学芸文庫)
ジョアン フォンクベルタ


初版の装丁は、祖父江慎が担当していて、その点でも個人的にはお気に入りの本ですが、今は文庫で読むことができます。
ちくま文庫ではなく、学芸文庫というあたりが筑摩書房のセンスの良いところですが、本書は鼻行類と同じく、架空の動物誌です。
ただし、鼻行類ほど専門書然とはしておらず、そのかわり、各ページに写真が満載です。この写真がすごい。
発光する象。走る魚。下半身が馬、上半身が猿の「ケンタウルス」……
どれもリアルな写真でギョッとしますが、著者はアーティスト。
日本のクラフト・エヴィング商會のように、架空のものを作っている人で、本書ももともとは展覧会の図録として作ったそうです。
ほかにもソ連が秘密裏に打ち上げたロケットにまつわる記録『スプートニク』などの著書があります。この本の表紙に写っている宇宙飛行士は著者本人。
スプートニク
ジョアン フォンクベルタ

コリン・マッケンジー物語

コリン・マッケンジー物語
デレク・A. スミシー


「ロード・オブ・ザ・リング」の監督ピーター・ジャクソンが製作したモキュメンタリー「光と闇の伝説 コリン・マッケンジー」を書籍化したもの。
ピーター・ジャクソンは映画産業不毛の地であったニュージーランドを、一代で映画王国にした偉人で、「ロード・オブ・ザ・リング」の撮影前から、祖国では英雄扱いでした。
その頃にテレビ放映したのが、本書の元となった「光と闇の伝説」です。
世界初の映画監督コリン・マッケンジーは、実はニュージーランド人だった……という話。
世界初の短編映画、世界初のトーキー映画、これらは世間では知られていませんが、全てニュージランドの天才映画監督が生み出していたのです。
番組の最後には、ニュージランドの山奥に分け入ったピーター・ジャクソン一行が、コリン・マッケンジーの作り出した巨大な映画セットの廃墟を発見します。
番組中ではフィクションであることが全く触れられていなかったため、テレビ放映後には、「ニュージーランド、すげえ」と大反響。しかし、その後に種が明かされ、さらに大騒ぎになったと伝わっています。
とはいえ、これまた内容的にはふざけています。世界初のトーキー映画はカンフー映画で、リアリズムを重んじるマッケンジー監督は全編を中国語で撮影したため、せっかくのトーキーなのに誰もセリフを聞き取れなかった……というようなエピソードばかり。
「光と闇の伝説 コリン・マッケンジー」はVHSでは発売されましたが、DVDは未だに発売されていません。空前のピーター・ジャクソンブームの頃にも出なかったので、たぶんもう出ないでしょう。筆者はアメリカ版のDVDを持っています。

八上康司

八上康司
森川 史則
三一書房


さて、ここまではほのぼのした本ばかりご紹介してきましたが、最後は血まみれ。
「1999年10月に池袋から渋谷にかけて一晩で119人が殺害された連続通り魔事件の犯人・八上康司に関する実録」なのですが、もちろん我々にはそんな事件の記憶はありません。
そういうのは、単に「小説」というのではないか、と言われそうですが、これがかなり高いレベルでノンフィクションとしての体裁を整えています。帯には「2001年度異常犯罪研究賞受賞」だとか、雑誌に掲載された書評の抜粋などが刷られています。文章もいかにも犯罪実録の雰囲気で、巻末には初出の掲載誌まであります。奥付をめっくた、本当に最後のページにだけ、「本書の内容はすべて虚構である」と書いてあるが、それ以外は、どこからどう見ても完全にノンフィクション。
しかも、こんな凄まじい内容の本なのに、著者は若い! 著者の略歴が嘘でないならば、25歳でこんな本を書いています。それが一番衝撃かもしれません
しかし、その後、この著者の本を目にすることはありません。全てが謎に包まれた本です。
それにしても、一晩で119人って。

謎といえば、筆者は確かにこの本を購入し、本棚に並べていたのですが、いつどこへ行ったしまったものやら、この記事を書くために探したのに、全く見当たりません。こんな本を売ってしまうわけないんだけどなあ。なおかつ、当時作成していた蔵書目録にも登録がありません。
仕方なく、この記事は10年以上前に別のところで書いた文章をもとにこの記事を書きましたが、本当にどこへしまってしまったのか。謎です。


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