備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集43「幽鬼の塔」

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今回は第43巻「幽鬼の塔」をご紹介します。昭和48年11月の刊行です。
原作は昭和14年から新潮社の大衆雑誌「日の出」に連載された「幽鬼の塔」。
リライトは氷川瓏が担当しています。初出は昭和34年「名探偵明智小五郎文庫10」としてポプラ社から刊行されました。
表紙絵は岩井泰三、挿絵は山内秀一が担当しています。いずれも本書の描き下ろしです。

原作の「幽鬼の塔」は、フランスの作家ジョルジュ・シムノンの最初期の長篇「サン・フォリアン寺院の首吊人」をベースに書かれた作品です。
乱歩自身は「翻案というほど原作に近い筋ではなかったので、シムノンに断ることはしなかった」と書いていますが、両方読んでみると……いや、やっぱり同じ話だと思いますよ。どのくらい似ているかというと、黒澤明の「用心棒」とセルジオ・レオーネの「荒野の用心棒」と同じ程度でしょうか。
要するに、無断で書いたとなれば、盗作で訴えられてもおかしくありませんが、 著作権がおおらかだった時代の産物でしょう。

さて、シムノン版と乱歩版とを比べて、一番気になるのは、探偵の性格設定です。冒頭、探偵の浅墓な行動によって一人の男が自殺に追い込まれます。シムノン版の探偵(要するにメグレ警部)は、このことをずっと悔いながら捜査にあたりますが、乱歩版では素人探偵に置き換わっており、自分のせいで自殺騒動が起こってもまるで悪びれることがありません。この辺の描写は読んでいてちょっと不思議に感じるくらい軽薄です。
リライト版では、この素人探偵が明智小五郎に変わっていますが、大学を出たばかりの青年時代という設定で、原作の探偵の性格をそのまま引き継いでいます。
明智小五郎史上、最も無責任ではた迷惑な物語が、本書かと思います。 

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ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集の27巻以降

ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集42「蜘蛛男」

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今回は第42巻「蜘蛛男」をご紹介します。昭和48年11月の刊行です。
原作は昭和4年から「講談倶楽部」に連載された同題の「蜘蛛男」。
リライトは氷川瓏が担当しています。初出は昭和33年「名探偵明智小五郎文庫8」としてポプラ社から刊行されました。
表紙絵・挿絵は柳瀬茂が担当しています。本書の描き下ろしです。
なお、この表紙絵は2014年に発売された筋肉少女帯のアルバム「THE SHOW MUST GO ON」のジャケットに流用されています。

原作の「蜘蛛男」は、講談社の雑誌に初めて連載された長編あり、この後約10年にわたって書き続ける通俗長編の第一作と見なされています。
乱歩自身は、「思うように行かなかった」と回想していますが、人気は高く、代表作の一つと見なされています。その後に書かれた「悪魔の紋章」「地獄の道化師」「盲獣」などは、この「蜘蛛男」と共通する部分があちこちに見られ、乱歩の通俗長編の雛型という印象もあります。

もともと明智小五郎も登場する作品であるため、リライト版もおおむね原作通りです。
敢えて違う点を探すとすれば、波越警部がまたまた中村警部になっていること。それから、畔柳博士の名が黒柳博士になっていることくらいでしょう。
挿絵に白いスーツに身を固めた洋行帰りの明智小五郎が描かれており、子どもの頃に読んで鮮烈な印象を受けました。未だに「蜘蛛男」というと、この挿絵を思い出します。

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42蜘蛛男049
江戸川 乱歩
ポプラ社
1973-11-01



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ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集41「一寸法師」

41一寸法師048

今回は第41巻「一寸法師」をご紹介します。昭和48年11月の刊行です。
原作は大正15年から「東京朝日新聞」に連載された「一寸法師」。
リライトは氷川瓏が担当しています。初出は昭和34年「名探偵明智小五郎文庫12」としてポプラ社から刊行されました。
表紙絵・挿絵は岩井泰三が担当しています。いずれも本書の描き下ろしです。

なお氷川瓏は講談社から昭和45年に刊行された「少年版江戸川乱歩選集」の「一寸法師」も担当していますが、本書と同内容なのかどうかは未確認です。
「少年版江戸川乱歩選集」というのは、生頼範義先生が熱筆した表紙のイラストが、とんでもなく恐ろしいので有名で(まんだらけの通販サイト参照)、筆者の通っていた中学校の図書室にも置いてありましたが、すでに大人向けを含めて乱歩作品全てを読破していた者としても、ちょっと手に取る気になれませんでした。今にして思えば、ポプラ社版より、もっとレアなこっちをコレクションしておくべきだったと、思わないでもないのですが……

原作の「一寸法師」は、いわゆる通俗長編の最初の作品と言われています。
乱歩自身は、この作品の出来映えにひどく不満足で、大衆に迎合した作品を書いてしまった自己嫌悪からしばらく筆を断ったほどなのですが、朝日新聞に連載されたということで世間には広く受け入れられ、何度も映画化された人気作となっています。
ただ、最初期の作品であるためか、その後の「蜘蛛男」以降の通俗長編に比べると、展開がややもたつく印象があります。子どもの頃、リライト版で初めて読んだ印象もあまりパッとしなかった記憶があります。
表紙で空を飛んでいる一寸法師に、得体の知れない恐怖を感じたものですが、改めて読み直してみても、やっぱりよくわからない表紙絵です。

もともと明智小五郎も登場する作品であるため、リライト版もおおむね原作通りです。
一番大きな変更点は、主人公の名前でしょう。原作では小林紋三が、リライト版では清水紋三となっています。
この変更は、むろんのこと小林芳雄君に配慮してのものです。原作が書かれたのは小林少年が初登場する前のものなので、乱歩ものちに重要となる「小林」姓を平気で使ってしまっていたわけです。
主人公の姓をせっかく清水に変えたところで、小林君も登場します。原作の終盤、唐突に「平田」という明智探偵の助手が登場しますが、これが小林少年に変わっています。
レギュラーの小林君登場ということであれば、このシーンの唐突さはずいぶんと薄まるので、これはなかなかよい変更だと思います。

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ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集40「恐怖の魔人王」

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今回は第40巻「恐怖の魔人王」をご紹介します。昭和47年8月の刊行です。
原作は昭和6年から雑誌「講談倶楽部」に連載された「恐怖王」。
リライト版の本書は書き下ろしです。口絵に「江戸川乱歩・原作/氷川瓏・文」とリライト担当者が明記されていますが、これは前巻「死の十字路」と同じく、本書の刊行が乱歩の没後だったからではないかと思われます。
表紙絵・挿絵は岩井泰三が担当しています。

個人的に「恐怖王」は乱歩作品のワーストだと思っています。
死んだ娘と結婚写真を撮る冒頭のシーンは、後年になって横溝正史「病院坂の首縊りの家」にも影響を与えたか?と思われるような名場面ですが、良いのはそこだけ。
あとは曲芸飛行で空中に「Kyofuo」と文字を描いたり、意味不明のドタバタした展開が続き、結局、何が何やらよくわからない、しかしどうでもいいや、という感じで終わってしまいます。
この作品が連載された頃は、乱歩の人生で最も多作だった時期です。「孤島の鬼」「蜘蛛男」「黄金仮面」など力作を続けて執筆する一方、「猟奇の果」で大失敗したり(でも、個人的には割りと好き)、「盲獣」で変態を極めたり、話題に事欠きません。
「恐怖王」も多忙の余り、何も考えずに書き始め、ともかく完結だけはさせた、という作品です。

リライト版では「恐怖王」が「魔人王」と変わり、空中の怪文字も「MJINO」となっています。だから、どうでもいいっちゅうねん。しかも、「マジンオー」ではなく「マジノ」としか読めません。
なぜわざわざ改名をしたのか?
おそらくは、少年探偵団シリーズに「仮面の恐怖王」というタイトルの作品があるため、重複を避けたのかと思います。
ストーリー自体はほぼ変わらず、原作の探偵小説家・大江蘭堂の役を明智小五郎が務めます。
ところが、この大江蘭堂は、わりとおっちょこちょいで、最終的に彼が事件を解決したとはとても言えません。このため、リライト版では史上最も役に立たない明智が登場することになってしまいました。(とはいえ、大江蘭堂よりは若干マシな扱い)

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ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集39「死の十字路」

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今回は第39巻「死の十字路」をご紹介します。昭和47年7月の刊行です。
原作は昭和30年に講談社「書下ろし長篇探偵小説全集 第1巻」として刊行された「十字路」。
リライト版の本書は書き下ろしです。口絵に「江戸川乱歩・原作/氷川瓏・文」とリライト担当者が明記されていますが、これは本書の刊行が乱歩の没後だったからではないかと思われます。初出が生前のものにはこのような表記はなく、乱歩本人の著作であるかのような体で刊行されています。
表紙絵・挿絵は山内秀一が担当しています。

原作が収録された「書下ろし長篇探偵小説全集」は、ほかに高木彬光「人形はなぜ殺される」などが刊行されています。また最終巻である第13巻を「13番目の椅子」として公募し、これに応じた鮎川哲也「黒いトランク」が入選したのも有名な話です。横溝正史「仮面舞踏会」がタイトルだけ予告されて結局執筆されず、約20年後に横溝正史全集の一冊として書き下ろされることになったというエピソードもあります。
というわけで、探偵小説好きには話題に事欠かない賑やかな叢書だったのですが、このころ乱歩のアイデアはすでに枯渇していました。
このため、探偵作家クラブに参加しているシナリオライターの渡辺剣次に相談し、アイデアの提供を受けて書かれたのが本書です。
執筆は乱歩自身ですが、十字路で二つの事件が交差するという根本の発想も渡辺によるものということで、全編、ウールリッチ風の都会的なサスペンスが展開する異色作です。アイデアがオリジナルでないとはいえ、乱歩のストーリーテラーを堪能できる傑作だと思います。
渡辺剣次は、のちにこの「十字路」を日活が映画化した「死の十字路」のシナリオを執筆し、作品が原著者のもとへ里帰りする形になっています。
さらにいえば、リライト版「死の十字路」を執筆した氷川瓏は、渡辺剣次の実の兄です。弟が提供した乱歩作品を、兄がリライトするという、間接的に兄弟合作のような形になっているわけです。

さて、そのリライト版「死の十字路」ですが、他の巻に比べると、かなり自由な改変がされています。
まず、主人公・伊勢省吾は原作では中年社長ですが、リライト版は25歳の青年社長。秘書であり恋人である晴美とは同年代で、大学のフォークソングサークルで知り合います。友子は原作では省吾の妻ですが、リライト版では驚いたことに妻ではなく、単なる知人です。
では、いったいなぜこの3人がトラブルになるのかいうと、友子と晴美とはもともと仲のよい友人でしたが、友子に誘われて参加した「過激な思想を持つ研究会」に晴美は馴染めず、途中で脱会したため、友子は「裏切り者を制裁する」ということで晴美のアパートへ押しかけ、襲いかかるのです。そこに居合わせた伊勢省吾に殺害されてしまうというわけです。
リライト版が刊行された昭和47年は、ちょうど年明けに、あさま山荘事件が起こり、続いて連合赤軍のリンチが明るみに出た時期なので、そのような世相を反映した設定です。
原作には明智は登場しませんが、リライト版では友子の兄である大学教授が明智の知人で、捜査を依頼し、原作にも登場する花田警部と明智とが協力することになります。
ストーリーやトリックはおおむね原作通りですが、設定がここまで変わってしまうのは珍しいことです。アイデア提供が弟だから、という気安さが、このような大胆な改変に繋がったと考えるのは穿ちすぎでしょうか?

死の十字路
 
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39死の十字路046
江戸川 乱歩
ポプラ社
1972-07-01


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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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