このところ、河出文庫から戦前の探偵小説が続々と刊行されています。
先月出た甲賀三郎『蟇屋敷の殺人』なんかは、幻の、どころか、まるきりタイトルすら聞いたことのない作品で、論創社とか戎光祥出版とかならともなく、河出文庫がそんなものを出すとは、と驚いて買ってきてしまいましたが、巻末に「探偵・怪奇・幻想シリーズ」と銘打って今後の刊行予定が載っています。
それによると、数年前に収録された『黒死館殺人事件』『神州纐纈城』から始まり、ここ最近出た森下雨村、大下宇陀児も含めてシリーズ企画ということになっている模様です。
今回の『蟇屋敷の殺人』から帯にも「KAWADEノスタルジック 探偵・怪奇・幻想シリーズ」と入っています。
掲載されているラインナップをご紹介しましょう。
まず来月7月には小栗虫太郎『二十世紀鉄仮面』が刊行されます。
これは、「黒死館殺人事件」の翌年刊行された、法水麟太郎ものの一作です。昭和40年代に桃源社から出た全集版を古本屋でよく見かけますが、2001年には扶桑社文庫の「昭和ミステリ秘宝」の一冊として出たこともありますので、それほど珍しくはありません。
ただ、代表作というほどメジャーではありませんが、小栗虫太郎の作品には格段に読みやすい冒険譚ということで、割りと人気のある作品です。
その次、9月には小酒井不木の『疑問の黒枠』が刊行される予定とのことです。これは画期的!
小酒井不木は本業は医学者ですが、大正時代に海外探偵小説の翻訳や研究に力を入れており、乱歩が「二銭銅貨」でデビューした際には推薦文を寄せるなどしました。その後、自らも創作を始め、短編をたくさん残しています。
それらは何度も傑作選が編まれているため、わりと簡単に読めるのですが、なぜか長編の代表作であり、日本初の長編本格ミステリともいわれる『疑問の黒枠』は、過去に一度も文庫になることがありませんでした。
そもそも、書籍として刊行されること自体が、『別冊幻影城 小酒井不木』(1978年3月号)に収録されて以来と思われ、実に40年ぶりです。
筆者はこの「別冊幻影城」版を持っており(挿絵は花輪和一!)、戦前の版もいわゆる円本を古本屋でたまに見かけるため、それほど珍しい小説と思っていなかったのですが、先日「国内名作ミステリ必読リスト100(本格ミステリ編)」の記事を書くために調べていて実は文庫化されたことがないと知り驚きました。
さらに9月の刊行予定を知って、もっと驚きました。文庫にするならちくま文庫か創元推理文庫かな、と思っていたので、河出文庫が出すという点でも驚きです。
11月には浜尾四郎の『鉄鎖殺人事件』が刊行されます。「殺人鬼」と並ぶ浜尾四郎の代表作です。
これは昔、春陽文庫に収録されておりこれまた古本屋ではよく見かけるので、それほど珍しいと思っていませんでしたが、よく考えると前回刊行からのブランクは「疑問の黒枠」以上かもしれません。
というわけで、シリーズと銘打つからにはその先も刊行が続くと思われますが、予想外のところばかり攻めていますので、全く先が読めません。
このようなレア作品の復刊企画を文庫で出すのは珍しいと思います。価格が安く本棚の場所も取らないので「ちょっと興味がある」という程度でも気軽に帰るのが嬉しいです。
今後が非常に楽しみです。
ちなみに、これまでラインナップは以下のとおりです。