備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

90~00年代Jホラー懐古 第4回 ビデオ版「呪怨」

201709呪怨126

前回までに映画「リング」が登場し、Jホラーブームが幕開けるところまでお話しました。
「ブームが幕開け」た言っても、まだこの時点ではレンタルビデオ屋の棚がJホラー一色に染まった……ということはありません。
中田秀夫と高橋洋には注目が集まっており、筆者もテレビドラマ「学校の怪談」シリーズの旧作が再放送されると熱心にチェックしたり、高橋洋脚本の映画「発狂する唇」をレンタルしたりしていたものですが(このワケがわからない映画は、高橋洋のもう一つの路線)、世の中にブームが起こっているという実感はあまりありませんでした。

そんなころ、学生時代の先輩と飲んでいてホラーの話になったとき「この前、むちゃくちゃ怖い映画を観た」という話になりました。
「あれはむちゃくちゃ怖い。リングより怖い。ビデオになってるけど、絶対に夜中に観たらアカン」
全く聞いたこともないタイトルで、監督を尋ねても「忘れた」。しかし「たしか高橋洋が脚本を書いていたような……」ということなので、それならば、と見てみることにしました。
ところが、その場ではタイトルをメモしていなかったため、いざレンタルビデオ屋へ行くとタイトルを忘れてしまっており、改めて先輩へメールを送ってタイトルを確認したものです(当時はパソコンのメールしかなかったので、未だにバックアップが残っており、やりとりしたのは2000年6月6日のことでした)。
なお、先輩の上記の発言について説明すると、「高橋洋脚本」は誤りで実際には「監修」でした。しかし、東映ビデオが新人の清水崇を売り出すため、「高橋洋監修」をクローズアップしていたという事情があります。
また、「呪怨」はオリジナルビデオとして発売されましたが、先輩はこれを「劇場映画」と認識していました。というのも、「呪怨」はビデオ発売とほぼ同時に、一週間だけ単館上映していたのです(どこの劇場でいつの事だったか、資料を探せないのですが……)。先輩はこの時に劇場で鑑賞しており、今にして思えばかなりの目利きです。

当時住んでいたのは学生街が近かったため、周囲にはレンタルビデオ屋が乱立している環境でしたが、正確なタイトルを知ってからも、置いている店を発見するのに苦労しました。
それくらい、全く何も注目されていなかったのです。
ようやく見つけて、先輩の助言に逆らって真夜中に鑑賞しましたが……これは本当に観たことを後悔しましたね。
特に、後に定番となる「伽椰子の階段降り」には、目を覆いたくなったものです。
こんな映像を撮る清水崇とは何者か? きっと引きこもりの変態野郎で、こっそりと何人か殺しているに違いない、というくらいに思っていました。

さて、筆者はビデオを発見するまでにかなり苦労しましたが、やはりホラーファンのあいだではかなりの話題になっていました。
「呪怨」をようやく借りた直後に、遠く離れた地域で勤務している会社の同期と会う機会がありました。
この同期は筆者とは妙に趣味が合い、入社前の研修の時点で、公開されたばかりの「リング」の話で盛り上がっていたため、当然「呪怨」の話題になりました。
すると「『学校の怪談G』は観た? 『呪怨』のエピソードが入ってるよ」というのです。
というわけで、この時もビデオ屋へ急行し、チェックしました。
「学校の怪談G」は関西テレビで製作の「学校の怪談」シリーズの一本ですが、この中に清水崇の商業デビュー作となる掌編「片隅」と「4444444444」が収録されているのです。
これが、それぞれわずか4分間の映像にもかかわらず、とんでもなく怖い。清水崇の才能を改めてまざまざと見せつけられました。そして、とんでない変態だろうという印象はますます強まったのです。
(それにしても、大学の先輩や会社の同期などマニアックな人に囲まれて、かなりスムーズに情報を得られたのはラッキーな環境でした)

清水崇の顔を見ることができたのは「映画秘宝」2001年5月号に掲載されたインタビューが初めてです。びっくりするほど好感のもてる常識人でした。
その後、メディアの露出も増え、経歴もわかってきました。
映画の撮影現場で仕事をしながら、映画美学校へ通い、そこで黒沢清や高橋洋に注目され、「学校の怪談G」に参加することになったというのが、デビューまでの流れでした。
映画美学校で注目されるきっかけとなったのが、課題として提出した「家庭訪問」という短編です。
これは「伽椰子の階段降り」シーンのみの映像だったそうですが、このとき既に、後にずっと伽椰子を演じ続ける藤貴子が出演していたそうです。
この短編「家庭訪問」は、筆者が知る限り一度だけ劇場で上映されました。劇場版「呪怨」の何作目だったかの公開の時に監督のトークイベントがあり、その中で上映されたのです。
筆者は仕事の都合がつかなかったこともありますが、「映画館でかけられる状態なら、待っていればいずれ何かのDVDで映像特典として収録されるだろう」と高をくくり、イベントには参加しませんでした。しかし、その後15年近くたってもDVDに収録される気配はなく、Jホラーブームも終息してしまっており、今後の新たな動きは望めません。今にして思えば、千載一遇のチャンスを逃してしまったのです。

さて、高橋洋がまとめていた「小中理論」では、「幽霊は顔を出してはいけない」ということなっています。「女優霊」では思いっきり顔が出ており、高橋洋はこれを「失敗」だったとして、「リング」の貞子はずっと髪を顔の前へ垂らしています。
ところが、伽椰子はまたしても顔を晒しています。高橋洋は「監修」の立場からこの点に異議を唱えたそうですが、清水崇流の恐怖表現ということでそのまま監督の意見が採用されることになりました。結果的には、これは「成功」だったと思います。

というところで、今回はビデオ版「呪怨」の登場について語りましたが、次回は劇場版以降について語ります。 


90~00年代Jホラー懐古 第3回 「ほんとにあった怖い話」と小中理論

201709映画の魔125

映画というものを、筆者はどうしても「監督の作品」と考えてしまいます。
これは多くの人にとってそうではないでしょうか。
総合芸術と言われ、さまざまな職人が関与しており、また監督が携わるより先に原作者・脚本家がストリーを練っているにもかかわらず、最終的には監督名が大きくクローズアップされます。
映画「リング」についても、筆者は当初「中田秀夫」という監督名が最も強く印象に刻まれました。
ところがしかし、この映画は明確に脚本家・高橋洋の「作品」なのです。

「幽霊が怖いのは襲いかかって来るからではない。それでは生身の動物、殺人鬼や猛獣の怖さと変わらない。」「幽霊が怖いのはそれがこの世のモノではないから、その一点につきる。生身の人間が演じるほかない幽霊からどうやって”人間らしさ"を剥ぎ取るか。これが恐怖映画における幽霊表現の最大の課題なのである」
~高橋洋「地獄は実在する」より(青土社『映画の魔』2004年・収録)

高橋洋のこの取り組みは、「リング」において観客に最大級の衝撃を与え、ここからJホラーブームがスタートしたわけです。
では、高橋洋を駆りたてたものは何だったのか。

1991年にオリジナルビデオとして公開された「ほんとにあった怖い話」というオムニバスシリーズがあります。ここでは監督・鶴田法男、脚本家・小中千昭のコンビにより、まさに高橋洋がいうところの「この世のモノではないから、怖い」を実践した作品が製作されていました。
特に「第二夜」に収録された「霊のうごめく家」は、Jホラーの発火点である語り継がれています。
高橋洋はこの短編を絶賛し、ことあるごとに繰り返し言及しました。
その際、高橋洋が言い続けたのが「小中理論」です。
生身の人間がどうしたら幽霊に見えるのか。
それを徹底的に突き詰めた技術体系のことです。脚本家・小中千昭が生み出したものとされていました。

小中千昭は「ウルトラマン」や「アニメ作品」を職人的にこなしている脚本家ですが、初期はホラー映画中心に活動していました。
小中千昭自身、ホラーの恐怖を熱心に探究するタイプの脚本家でしたが、とはいえ明確な理論を記述していたわけではなく、作品に現れたテクニックを高橋洋が分析して「小中理論」と称していたわけです。
「リング」が公開され、高橋洋の宣伝の甲斐もあり、ホラー映画ファンのあいだでは「小中理論」という言葉が広く浸透しました。
当時、小中理論の実践作として語られたのは、以下のような作品です。
「邪願霊」……1988年製作のオリジナルビデオ。「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」に先駆けたモキュメンタリー(フェイクドキュメンタリー)形式のホラーで、約10年後に開花するJホラーの正真正銘の原点とされています。
「ほんとにあった怖い話」シリーズ……1991年にスタートした、鶴田法男監督のオリジナルビデオ。
「学校の怪談」……テレビドラマ。連続ものとしてワンクール放映されたのち、何度かスペシャルドラマを放映。小中千昭、高橋洋、鶴田法男、中田秀夫、黒沢清とJホラーの立役者が集結しているうえ、「学校の怪談G」収録の掌編「片隅」・「4444444444」は清水崇のデビュー作となった。
「DOORⅢ」……小中千昭脚本・黒沢清監督の映画。

さて、小中千昭はJホラーブームが一段落した2003年、岩波アクティブ新書から「ホラー映画の魅力」という本を刊行し、ついに小中理論の記述を試みます。
ここでようやく「リング」へと至るJホラー誕生の姿が、正確に、そして理論的に語られることになったのです。
小中千昭は本書の中で、本当に怖いホラーのことを「ファンダメンタル・ホラー」と呼びました。
「恐怖」と「驚き」とを厳密に区別し、「ジョーズ」や「キャリー」はよく出来た映画ではあるものの、ホラーではなく「ショッカー」であるという指摘には目の覚める思いがしたものです。

映画「リング」公開の前史にはこのような取り組みがあり、その成果がJホラーブームとなったわけです。
次回は「呪怨」について語ります。

関連書籍・DVD:リンク先は全てAmazonです。

オリジナルビデオとして発表された「ほんとにあった怖い話」シリーズを全て収録したDVD。「霊のうごめく家」ももちろん入ってます。


DVDは竹中直人が主役のようなパッケージになっていますが、当時はまだ売り出し中で、本編には背中姿しか写っていません。



映画の魔
高橋 洋
青土社
2004-09


恐怖の作法: ホラー映画の技術
小中 千昭
河出書房新社
2014-05-15

(「ホラー映画の魅力」を再録した評論集)
 

90~00年代Jホラー懐古 第2回 「リング」の生い立ち

201709リング122

鈴木光司によるホラー小説「リング」は、1991年に角川書店から単行本で発行されました。
もともと横溝正史賞に応募し、最終選考まで残ったものの「ミステリではない」という理由で選に漏れたものでした。その後、鈴木光司が「楽園」でファンタジーノベル大賞を受賞して作家デビューしたことから、「リング」も刊行されることになったようです。
初版部数は正確には知りませんが、数千部だった言われています。文芸書が全く売れない現在の目から見ると「まあ、そんなもんでしょう」という部数ですが、もっとガンガンと刷っていた91年当時にあっては非常に地味な存在でした。筆者は1991年というと高校1年生のときで、新作の国内ミステリは熱心にチェックしていましたが、「リング」については新刊時点では書店で見かけた記憶はありません。

この作品に小説好きの注目が集まったのは「このミステリーがすごい! 92年版」の14位にランクインしたことがきっかけではないかと思います。この年のベスト20位以内にランクインしている作品は、おおむね評価の定まった作家のものばかり並んでいる中で(麻耶雄嵩「翼ある闇」もこの年で13位に入っていますが、島田荘司推薦の派手な登場でした)、「鈴木光司・リング」という作家名・書名ともに地味な組み合わせは逆に目立っていました。
さらに同書に掲載された三橋暁のコラム「氷河期のホラー小説を救え!」では、今年の「きわめつけ」として激賞されており、興味をそそられるものでした。
筆者は、ここで「リング」の存在を知り、地味な装丁がこれまた伝説になっている初版本で読んだのですが、とはいえ、この時点でもこの小説を認知しているのは「このミス」を読んでいるような人だけでした。(この頃は「このミス」もまだ4回目で、単なるミステリマニアのお祭りに過ぎず、ランクインしたらベストセラーになるというような現象は全くありませんでした)

マニアではない、一般読者のあいだでブレイクしたきっかけは、1993年に角川ホラー文庫創刊ラインナップに加えられたことでしょう。
店頭での展開を眺めていても、もしかして「リング」を売るためにレーベルを創刊したのか、と思ってしまうくらい、強力にアピールされていた記憶があります。
ここにおいて「リング」はベストセラー小説となり、ホラー好きのあいだでは知らぬもののない作品となったわけです。

95年には2時間ドラマが製作されました。
脚本の飯田譲治は当時、深夜ドラマ「NIGHT HEAD」でカルト的な人気を博しており、放映前からかなり話題になっていました。
前回の記事にも書いたとおり、出来映えは期待以上で、この原作のほぼ完璧な映像化と思われました。

と、ここまでが映画「リング」が登場するまでの「前史」に当ります。
今回のシリーズ記事は「Jホラー懐古」ということで、映画「リング」をブームの起点に置いています。
この映画は、今でこそ化け物「貞子」を主役としたJホラーの代表作と認識されていますが、公開時にはこんなに怖い内容であることは予想されておらず、観客のほとんどは「原作に興味がある」という人の方が多かったのではないかと思います。
したがって、公開時点での世間の空気を記録するためには、原作が当時どのように評価されていたのかを見直すことも必要と考え、筆者の視点から見た小説「リング」の歴史をつらつらと書いてみました。

映画が原作ファン向けに製作されたことは、続編である「らせん」と当時上映されたことからも伺われます。なおかつ「らせん」の監督はあの飯田譲治でした。
筆者などは、「女優霊」の中田秀夫監督・高橋洋脚本コンビが「リング」の世界と馴染めるとは思えず、映画館へ行くときには、どちらかというと飯田譲治の「らせん」の方に期待していたくらいです。

しかし、「リング」のラスト、テレビから這い出る貞子のショックは大きすぎました。
筆者は友人と観にいきましたが、二人とも「らせん」のことはまるで記憶に残らず、「リング」の衝撃についてばかり話しながら帰ってきた記憶があります。
「らせん」は、原作自体がホラーからSFへと話が変わってしまっており、賛否両論でしたが、筆者は非常に気に入っていました(ちなみに「らせん」は「リング」が文庫化されたあとで刊行されたため、発売直後からベストセラーとなり、筆者は初刷を買い損ねて重版を待って買う羽目になりました)。
映画「らせん」は原作を非常に忠実に映像化しており、ドラマ版「リング」とセットにすれば、鈴木光司の世界をハイレベルに再現したシリーズということになったはずなのですが、しかし、映画「リング」の原作とは別の恐怖を引きずり出した演出の前には霞んで見えるのもやむを得ないことでした。

これは世間のほとんどがそうだったようで、その後「リング2」という「らせん」とは別の続編まで作られてしまいました。
後年、「らせん」で主演した佐藤浩市が、Jホラーブームの中で作られた映画「感染」の製作発表記者会見で「『リング』がJホラーの火付け役らしいが、我々が一生懸命作った『らせん』はどこへ行ってしまったんだ!」というようなことを自嘲気味に発言していて、笑ってしまいました。

次回は、映画「リング」に影響を与えたものを見ていきたいと思います。

リング (角川ホラー文庫)
鈴木 光司
角川書店
1993-04-22


90~00年代Jホラー懐古 第1回 概説編

201709恐怖の作法121

さて、今年は新本格30周年、宮部みゆきデビュー30周年ということで盛り上がっていますが、来年は映画「リング」が公開されて20周年ということになります。
リアルタイムで知る世代としては、なんだ「リング」が公開された頃は、綾辻行人も宮部みゆきもデビューしてまだ10年しか経っていなかったのか、と、どうでもポイントに驚いてしまいますが’(当時、どちらもすでに大御所の風格でしたので)、20年経つとあれほど熱狂したJホラーブームもすっかり鎮まってしまった印象があります。
ここらで、当時を知らない若い方のためにJホラーの歴史を語っておきたいと思います。

「Jホラー」という言葉がいつから言われ始めたのか忘れてしまいましたが、個人的には「呪怨」の劇場版とか「着信アリ」なんかは「ブームに乗っかった末期的な作品」と思っていますので、この言葉が世の中に現れた頃は、すでに黄昏時だったのかもしれません。
とはいえ、「Jホラー」という言葉は90年代末から00年代初頭にかけてのホラーブームをよく表していると思いますので、筆者も便利に使っています。

大学を卒業する直前に見た「リング」の衝撃はかなりのものでしたが、予兆はありました。
中田秀夫監督・高橋洋監督というコンビは、すでに96年の映画「女優霊」で、ホラー好きのあいだでは充分に認知されていたのです。
それほどホラー映画マニアではなかった筆者にとっては、「女優霊」がスタート地点でした。実際にはその前にオリジナルビデオ「ほんとにあった怖い話」や、テレビドラマ「学校の怪談」などのシリーズがあったわけですが、それを知ったのは「リング」公開後のことです。

「女優霊」のコンビが「リング」を映画化すると聞いたときは、実をいえばやや不安を覚えました。
というのは95年に飯田譲治の脚本で2時間ドラマ版「リング」が放映されており、これが非常にすばらしい出来だったのです。
主演は高橋克典、高山竜司役は原田芳雄で、原作のイメージ通り。呪いのビデオの映像も原作の記述をほぼ忠実に再現しています。原作では貞子が両性具有という設定でしたが、ドラマ版ではその点も描かれていました。
というわけで、どこから見ても「完璧な映像化」のあとに、改めて映画を作るという点がまず冒険でした。
なおかつ、「リング」は原作も2時間ドラマ版も、「ビデオ」という非常に現代的な素材を使っており、「女優霊」のような古典的な怪談・化け物映画とは、資質が相容れないのでは、という危惧も持っていました。
しかし、映画「リング」はそのような不安を完全に吹き飛ばし、観客を熱狂させる快作でした。
映画館で本当に「もうやめて~!」と叫びたくなるくらいの恐ろしさで、同時上映の「らせん」については何も記憶に残らない有り様でした。

というわけで、その後しばらくは会う人ごとに「リング」の素晴らしさを語り合って過ごしていたわけですが、それから2年たったころ、「呪怨」というビデオは、「リング」と比べ物にならないくらい怖い、という話を友人から聞きました。
それは見なければ、というわけでレンタルしてきたのですが、これがまたとんでもない恐ろしさ。
監督の清水崇という人は全く聞いたことがなかったのですが、きっと神経質な変態で、映画を撮るかたわら人を呪い殺したりしているに違いない、というくらいに思っていました。
しかし、「呪怨」の魅力は抗い難く、ちょうど近所のレンタルショップが一本100円だったこともあり(今はゲオなんかは一本100円が普通ですが、当時のレンタルビデオは350円くらいが相場でした)、ものすごい勢いで何回も借りてきては、見るたびに恐怖に打ちのめされていたものです。

「概説」と大げさに書きながら、単なる思い出話ですが、ともかく筆者の体験した「Jホラー」は、そのような流れで始まりました。20年ちかくも昔の話なので、当時を知らない世代のために当時のファンの視線で流れを語ってみました。
次回からは、もう少し突っ込んで作品の歴史、影響関係などを解説していきたいと思います。 

ちなみに冒頭の書影は「小中理論」の中心人物・小中千昭が「Jホラー」を語った名著です。
元は岩波アクティブ新書から「ホラー映画の魅力 ファンダメンタル・ホラー宣言」という素敵なタイトルで刊行されていたのですが、アクティブ新書の廃刊に伴い絶版。その後、河出書房新社から復刊されたものです。
ところが、せっかく復刊したこの本まで、今や出版社品切れ状態なので、来年の「リング」20周年を機に、岩波現代文庫か、河出文庫か、ちくま文庫のどこかが拾ってくれないものかと思っている次第です。

恐怖の作法: ホラー映画の技術
小中 千昭
河出書房新社
2014-05-15


Amazon のバックオーダー廃止について――転売屋のカモにならないための基礎知識

Amazonで商品を検索していると、マーケットプレイスへの注文しか受けつけていないものを見かけます。
これは基本的には出版社在庫品切れ(≠絶版)ということです(「品切れ」と「絶版」との違いは以前のこちらの記事を参照)。Amazonが自社で商品を手配できないため、注文を受けていないというわけです。

ところで、ここ最近のAmazonは自社での注文を受けていない書籍が非常に多いのです。
しかも、そのすべてが出版社在庫切れというわけではなく、出版社に在庫があり、近所の本屋へ注文すれば手に入る、場合によっては書店店頭に並んでいるような本でも、Amazonではマーケットプレイスでしか販売していないケースが多々あります。

【新文化】 - アマゾンジャパン、日販非在庫書籍取寄せ発注を6月30日で終了
(2017/5/1)

実は、こちらの記事にある通り、Amazonは取引先である日販の倉庫に在庫がないと、それより先の出版社へ商品手配するということを中止しているのです。

出版業界の商品の流れは、

 出版社 → 取次(日販・トーハン・大阪屋などの問屋)→ 書店

という流れになっています。
取次はそれぞれ大きな倉庫を持っているため、よく売れている商品は書店から取次へ注文を出せばすぐに入荷します。しかし、めったに売れない商品や、たまたま取次が在庫を切らしている商品については、取次より先の出版社へ注文をして、取次経由で出荷してもらうことになります(これをバックオーダーといいます)。

この流れを念頭にAmazonの在庫ステイタスを見ると、
「在庫あり」となっているものは、Amazonが自社倉庫に在庫を持っているということです。一般の書店でいえば店頭に並んでいるわけで、顧客はすぐさま買うことができます。
「通常2-3日以内に発送」というステイタスの場合、ほとんどは「取次に在庫がある」ということです。
現在の取次各社はECサイトのように厳密に在庫数を管理をしており、その情報を取引先へ開示したりしていますので、Amazonはデータを参照し、取次在庫がある場合は数日以内に調達可能と表示しているわけです。

さて、問題はステイタスがこれ以外の商品です。
以前は、取次に在庫がない場合は、Amazonも出版社へバックオーダーをしていました。
この場合、在庫情報を開示しているかどうか、あるいは出荷にどの程度の日数を要するかなどは出版社ごとにマチマチであり、Amazonの方もゆとりを持って「通常○-○週間以内に発送」というような表示をしていました。

ところが、6月末をもってバックオーダーを中止したため、現在は取引先である日販の倉庫に在庫がないと、Amazonは注文を受けつけません。そして、出版社に対しては、日販非在庫商品もAmazonで販売してほしければ、「e託」という直接取引に参加しろと迫っているのです。
「e託」の条件は出版社側にとってはメリットばかりというわけでもないため、業界内ではどのように対応すべきか盛んに議論がされていますが、今回の記事では、このことによってユーザー視点でどのようなことが起こっているのかを見ていきます。

バックオーダー廃止に伴い、Amazonが注文を受けない商品が激増しました。
マーケットプレイスで出品業者から買うことができる商品も多いのですが、マーケットプレイスは良心的な業者ばかりではありません。
Amazonが自社で注文を受けているものは、当然のことながら全て定価販売なのですが、マーケットプレイスのなかには、流通量の少ない商品を買い占めて、高額で転売する者もいます。
いわゆる転売屋です。

Amazonのバックオーダー廃止に伴い、この転売屋たちには好機が訪れているのです。
というのは、そもそも転売屋は、本当に希少な本のみで商売をしているわけではありません。
これまでも出版社で在庫が切れ、Amazonが注文受付を停止すると、大型書店などの在庫を軒並み探索し、Amazonで転売するということをしていました。
筆者などには信じがたいことなのですが、「Amazonが注文を受けていない=新品ではもう買えない」と判断してしまう人が世の中にはとても多く、マーケットプレイスで高値がついていても「仕方ない」と諦めて買ってしまう人がいるのです。
転売屋はこのような、いわゆる「情報弱者」をカモにしています。
hontoや紀伊國屋書店など、他のECサイトを検索すればまだ在庫が残っており、新品を定価で買えるような本でも、Amazonが在庫切れになった途端、マーケットプレイスでは価格が高騰します。
これまでは、出版社在庫が切れたもののみが高額転売の対象でしたが、バックオーダー廃止後は、日販在庫が切れるだけでAmazonが受注を停止するため、転売できる商品の種類がグッと増え、近所の本屋で簡単に買える本でも、マーケットプレイスで高額転売できる状況になってしまいました。

高額転売の何が問題か?
むろんのこと、購入する側は定価で買えば安く済むものに、高いお金を払わなければいけません。
出版業界側から見れば、読者が本にかけられる予算には限りがあります。これが転売業者の懐に入ってしまえば、購入冊数が減ることとなり、市場が縮小してしまいます。

読者にも出版社にも一円の得もない、このような高額転売に加担するのは、売る方も買う方もやめてほしいものですが、その前にぜひ、上記のような状況を知っておいてほしいと思います。
Amazonがマーケットプレイスでしか注文を受けていないからといって、新品が手に入らないわけではないのです。
まずは、hontoや紀伊國屋書店など、他のECサイトも検索してみましょう。
そこにも在庫がなければ、出版社へ電話をかけて在庫の有無を尋ねてみることもできます。在庫があるということなら、近所の本屋へ注文すれば取り寄せてくれます。
要するに、これらは転売業者が普通に行っている「努力」です。
この努力を放棄すると、転売屋へ払わなくてもよい無駄金を渡すことになるのです。
転売屋の中には、商品の確保前にマーケットプレイスへ出品し、注文が入ってから近所の本屋へ買いに行くという図々しい者もいます。客にすればいちいち買い物のお駄賃を払っているわけで、馬鹿らしいと思いませんか?

インターネットで本の情報を検索した際の、Amazonの存在が大きくなりすぎました。
かくいう当ブログもAmazonのアソシエイト・プログラムに参加しているわけですが、やはりブログで紹介された商品をすぐに買いたい、という需要に対して、Amazonほど優秀に応えてくれるサイトはほかにありません。
このような信頼を築き上げた今になって、急にバックオーダー廃止などという混乱を巻き起こす施策をする理由がよくわかりませんが、読者としてはこの事情をよく理解し、悪用する業者から身を守る知識を持っておくことが必要だと思います。
profile

筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
ブログ更新通知:https://twitter.com/squibbon19

スポンサーリンク
ギャラリー
  • 90~00年代Jホラー懐古 第4回 ビデオ版「呪怨」
  • 90~00年代Jホラー懐古 第3回 「ほんとにあった怖い話」と小中理論
  • 90~00年代Jホラー懐古 第2回 「リング」の生い立ち
  • 90~00年代Jホラー懐古 第1回 概説編
  • 「孤狼の血」のキャストを「仁義なき戦い」の役者で考えてみる
  • いしいひさいち「コミカル・ミステリー・ツアー」元ネタリスト その3
livedoor プロフィール