備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

結城昌治が好きな方におすすめ・新章文子「名も知らぬ夫」(光文社文庫)

201904新章文子315

光文社文庫では「昭和ミステリールネッサンス」と銘打ち、山前譲氏の編纂で昭和ミステリの短編集を刊行していますが、平成最後となる今月の新刊は新章文子「名も知らぬ夫」。

新章文子。
仁木悦子、多岐川恭に続いて「危険な関係」で乱歩賞を受賞した人ですが、筆者の知識はそれだけ。
中学生の頃、乱歩賞受賞作を全部読む、ということをやっていたため、「危険な関係」も読んではいますが、内容は全然覚えておらず。ほかにどんな作品を書いているのかなあ、という関心すら持っておらず、さらに言えば古本屋で他の著書を見かけたことすらありませんでした。
という、乱歩賞作家の中にあっては極めつけにノーチェックだった作家さんなので、今回の新刊を見たときは「そうか、そういえばこの人も昭和ミステリってことになるんだ」と、ちょっと新鮮な驚きを感じました。

さて、曲がりなりにも国内ミステリ好きを標榜している筆者にしてもこの有様なので、世間一般での知名度は非常に低いと思われ、一冊のまとめるというのはなかなかの冒険です。いま買っておかなければ、もう二度と「新章文子の新刊」なんてものにお目にかかれるとは思えないし、逆に今回売れたら、今後も続くかもしれない。いずれにしても買うしかありません。

という感じで買ってきたわけですが、これは非常にすばらしい内容でした。
これぞ、という傑作を揃えてきているのでしょうけれど、どれもこれも非常にレベルが高い。
さまざまな作風のものが集められていますが、根底にあるのは人間に対する皮肉な視線。
人工的でユーモラスな作品もあれば、幻想的な風味の作品もある。
「悪い峠」「奥様は今日も」など、ユーモアタッチの作品はシニカルでブラックな笑いです。
かと思えば、冒頭の「併殺」はとてもよくできた倒叙ミステリ。「少女と血」は幻想的なタッチ。
どれも堪能しました。

全体的に、ほぼ同時期にデビューした結城昌治と同じような味わいだと感じました。
結城昌治ファンならば、間違いなく楽しめることでしょう。
ほかにも傑作があるのかどうかわかりませんが、読めるものならいろいろ読んでみたい。そう思わされました。 


満島ひかり主演「シリーズ・江戸川乱歩短編集」(NHK)

わが家では妻が「受信料がもったいない」「今でも見きれないくらい録画をためてるくせに、これ以上増やしてどないすんねん」と強硬に主張するため、BSを見られない生活を続けております。
金田一シリーズなど、どうして見なければならない番組は実家に依頼して録画してもらっているのですが、この「シリーズ・江戸川乱歩短編集」はチェックしておりませんでした。
スタートはもう3年以上も前なのですが、評判が良いことは知っていたため、やっぱり録画を頼むべきだったなあ、とずっと後悔していたところ、ようやく地上波で再放送されたため、見てみました。
今のところ再放送されているのは1作目「D坂の殺人事件」、2作目「心理試験」のみですが、これはびっくりしました。とんでもなくすばらしい映像化ですね。
いずれも、実験的な映像で、これだけ冒険をしているにもかかわらず、乱歩の世界をしっかりと描いています。

そもそも、乱歩の映像化は難しいのです。
以前に、乱歩作品を映像化したものをまとめた記事を書いたことがありますが(江戸川乱歩原作映画のDVD)、それでは、この中のいったいどれだけが「乱歩」を描くことに成功しているか?
正直なところ、皆無です。
ある程度の出来ばえであれば、それらしく仕上がってしまう金田一耕助映画に比べて、乱歩映画は極めてストライクゾーンが狭い。
筆者がこれまでに見た映像化作品の中で「これはよくできた映像化だ」と思ったのは、実は1つしかありません。奥山和由プロデュースでいろいろ揉めていた「RAMPO」という映画がありますが(未だにDVD化されず)、本編ではなく、この映画の劇中に挿入されていたのアニメーション「お勢登場」。これは非常によくできていました。
これ以外の乱歩映像化は全部、落第点!
どうも作り手の乱歩に対する思い入れが溢れすぎている作品が多く、何を見ても「これは俺の好きな乱歩じゃないな」と思ってしまうのです。

ところが、今回のNHKのドラマは違いました。
「D坂の殺人事件」「心理試験」とも、まさに「完全映像化」。「完全」というのは、ナレーションとセリフを織り交ぜながら、乱歩の小説をほぼ忠実に「朗読」しているのです。
この脚色法にまず驚きましたが、映像も斬新です。
「D坂」では、事件が起こった長屋をミニチュアで再現して状況を解説。これはむちゃくちゃわかりやすい。正直、原作を読んだときよりも面白く感じました。
「心理試験」は、乱歩の全作品を通して最高峰にあると言っても良い本格探偵小説の傑作ですが、これも原作を極めて忠実になぞりながらも、その中に菅田将暉、嶋田久作、そして満島ひかりのぶっ飛んだ演技を違和感なくはめ込んできていて、目が離せない作りです。

これは本当に堪能しました。永久保存版でディスクに落としておかなくっちゃ、ですね。
乱歩の映像化も、横溝の映像化も、巨匠の名声を単に消費するものと、乱歩映画、横溝映画の歴史に名を刻むものとがあります。
前者は、昨年末のフジテレビ「犬神家の一族」や、つい先日のテレビ朝日「スペシャルドラマ 名探偵・明智小五郎」。
そして後者が、NHKが製作した「獄門島」や、今回の「シリーズ・江戸川乱歩短編集」。
傑作ドラマを作っているのは、NHKばっかりやんか!

というわけで、改めてBS加入を妻に交渉したいところですが、これまで頑として受け入れてもらえずにいるため、はなから諦めております。

どのくらい時間が経つと「古典」なのか?

201706獄門島094

平成が終わる、ということで個人的な感慨をつらつらと。
乱歩の少年探偵団シリーズにはまったのが昭和62年(小6)。
横溝正史を熱心に読んでいたのが昭和63年(中1)。
島田荘司を読み始め、そのまま現代ミステリを読み漁るようになったのが平成元年(中2)。
というわけで、そのまま平成の30年間「ミステリ好き」を標榜しながら年を重ねてきたわけですが、どうも自分がリアルタイムで読んだ小説というのは「古典」という気がしないんですよね。
ところが! ふと気づいてみるとミステリを読み始めてもう30年。

時計を逆に回して、平成元年からさらに30年前は、どんな小説が書かれていたか。
たとえば推理作家協会賞受賞作を並べてみるとびっくりしますよ。

1958年 角田喜久雄 『笛吹けば人が死ぬ』
1959年 有馬頼義 『四万人の目撃者』
1960年 鮎川哲也 『憎悪の化石』『黒い白鳥』

めっちゃ古典ばっかり!
筆者がミステリを読み始めた時点で、この辺はもう立派な「古典」扱いでした。
翻って、今から30年前。平成元年に発表された作品を対象とした「このミス」ランキング。
  1. 私が殺した少女(原尞)
  2. 空飛ぶ馬(北村薫)
  3. 奇想、天を動かす(島田荘司)
  4. エトロフ発緊急電(佐々木譲)
  5. クラインの壺(岡嶋二人)
  6. 男たちは北へ(風間一輝)
  7. 深夜ふたたび(志水辰夫)
  8. 生ける屍の死(山口雅也)
  9. 影武者徳川家康(隆慶一郎)
  10. 倒錯のロンド(折原一)
個人的には、古い印象がぜんぜんないです。
「クラインの壺」や「生ける屍の死」なんか、いま読んでも最先端なミステリという印象を持つし、「奇想、天を動かす」「倒錯のロンド」を読んだときの衝撃はいまもありありと思い出せる。
何より「私が殺した少女」なんか、未だにシリーズはちょっとしか進んでないよ!

この辺は単なる世代の問題でしょう。筆者より30くらい年上、いまの70代の人たちは平成元年の時点で「黒い白鳥」を「つい最近」と思っていたかもしれません。
しかし、どうしても昭和後半30年間と、平成の30年間とでは、小説の世界においては「古典」になるまでにかかる時間が違うように思うのです。
昭和の作品のほうがあっという間に古典になってしまっていたよな印象が拭えません。何より、横溝正史が金田一シリーズをスタートしてから市川崑監督「犬神家の一族」が公開されるまでがちょうど30年なのです。
一方で、現代の古典というべき「斜め屋敷の犯罪」や「十角館の殺人」は発表されてから30年以上経っています。

なぜ昭和のミステリは30年も経たずに「古典」の地位を確立したのか。
理由としてまず考えられるのは「文庫」の存在。
「文庫」ブームと言われ、各社が競って文庫を発刊したのは昭和50年代のことでした。
ミステリに関してはそれまで国文学中心の老舗だった角川文庫と、後発の講談社文庫とが、どこの出版社が親本を出しているのかにお構いなく、「名作」とされる作品をどんどんと収録していきました。
要するに、この時点で角川文庫・講談社文庫に収録された作品は、発表時期がいつであれ、自動的に「古典」と認知されていったわけです。高木彬光、山田風太郎、都筑道夫あたりはバリバリの現役作家なのに古典的な巨匠扱い。土屋隆夫の「影の告発」なんかは、角川・講談社の両方に収録されたから当然、古典。鮎川哲也、仁木悦子も古典。結城昌治も古典。
まあ、昭和50年代の若い読者にとってはそのような感覚があったかと思います。
一方で、平成ミステリは、基本的に親本を刊行した出版社が文庫を出し続け、ここ最近、ちょこちょこと新装版になったりしますが、概ねあまり変わらない装丁で刊行が続いています。
やっぱりこのあたりの「連続性」が見えている時点で、あまり古いという感じがしないんですよね。

「連続性」といえば、ミステリの歴史のおいても、昭和後半の30年のあいだには「社会派ブーム」「冒険小説ブーム」というものがあり、本格ミステリ冬の時代がありました。横溝正史もとっくに故人だと思われていたなどと言われていますが、やはり一度廃れて、また蘇ったものというのは箔が付きますね。
一方の平成ミステリは、島田荘司も綾辻行人も京極夏彦も、人気が衰えたというタイミングは全くありません。竹本健治「ウロボロスの偽書」もすでに30年前の小説ですが、これをいまの若い読者が読んでも、あまり違和感はないんじゃないかと思います。

というわけで、すごくどうでもよい話ですが、平成ミステリはなかなか古くならないよなあ、と思い込んでいる40男の感慨を書き連ねてみました。
 

別冊幻影城創刊号「横溝正史」の挿絵は花輪和一が担当


201904花輪和一314

先日、出張のついでに久しぶりに神田の古本屋を覗いていたのですが、「別冊幻影城創刊号 横溝正史 本陣殺人事件・獄門島」を見つけて買ってきました。
「幻影城」本誌は全て揃えて持っているのですが、別冊の方は何冊か買っているという程度で、揃えてはいません。この創刊号も持っていませんでした。
ところが、少し前に初めて知ったのですが、この「本陣殺人事件」は花輪和一が挿絵をつけているんですね。それで、買うことにしたわけです。500円とえらく安かったのでためらう理由なし。

花輪和一は幻影城本誌でも常連の作家でしたが、昭和50年頃といえば漫画家としては「ガロ」にポツポツと作品を発表していて、まだ単著はありませんでした。
イラストレーターとしてはアングラな雑誌やポスターなどを中心に活動していたようです。
この時期に主力の挿絵画家の一人として起用したのはさすが慧眼です。

本誌に描いた挿絵はこれまでも眺めていたのですが、別冊の方はノーチェックでした。
正直なところ、横溝正史と花輪和一という組み合わせは意外でした。「怪奇」というキーワードだけ見れば共通するかもしれませんが、戦後の理知的な横溝作品とは相容れないように思っていました。
しかし、実際に見てみると、かなりいい感じですね。
冒頭のイラストは、金田一耕助。まだ映画「犬神家の一族」公開前なので、映像からの影響は皆無です。
また、この絵は鈴子と猫の墓。

201904花輪和一313

これは、作品の雰囲気をよく表しつつ、完全に花輪和一の世界ですね。

別冊幻影城では、ほかにもいろいろ挿絵を描いているようですが、乱歩の「陰獣」の挿絵も花輪和一のようなので、また見かけたら買おうかなと思います。
 

3月は、伊藤潤二ファンはお腹いっぱいの月でした

201904異形世界312

3月は伊藤潤二ファンには大忙しの月でした。
まずは、短編集「伊藤潤二短編集 BEST OF BEST」の刊行。



タイトルを見て、単に傑作選を大判で出す、というだけの企画かと思っていたら大間違い!
雑誌掲載後、これまで短編集に未収録だった作品を集めたものでした。
しかし、それを聞いても、そんな落ち穂拾いみたいな内容(しかも、掲載誌は小学館限定)では大した内容ではなかろうと思っていたら、これまた大間違い!
びっくりするくらい傑作揃い!
未収録作品ばかり、と言いながら「大黒柱悲話」「阿彌殻断層の怪」など、過去に読んだことのある作品も入っていますが、どれもものすごいハイレベル。
正直なところ、小学館で発表された作品は、朝日ソノラマで描かれたものに比べると、あまり筆者の好みではなかったのですが、今回の短編集は初期の傑作群に通じる雰囲気の作品がたくさんあり、大いに楽しめました。

さて、これだけでも大満足だったところへもう一発。

伊藤潤二画集 異形世界 (Nemuki+コミックス)
伊藤潤二
朝日新聞出版
2019-03-20


伊藤潤二、初の画集です。
画集、といっても絵画集というわけではありません。
これまでにカラーで描いた扉絵、表紙絵を中心に、さまざまなイラストを集めたものです。
A4版という迫力のある大きな判型で、伊藤潤二の緻密な描線を心ゆくまで堪能できる、ファンにはたまらない内容です。
筆者としては、一番嬉しかったのは短編「寒気」の1ページが再掲されていたことです。
というのは、この短編、ストーリーも好きなのですが、何よりも精密な作画に圧倒されるんですよね。体中にボコボコと穴が空くという、かなりぶっ飛んだ発想の物語にもかかわらず、絶妙なバランスで空いた穴は説得力抜群。しかも、どのコマを見ても、穴の位置がきっかり同じ!
偏執的な情熱で描かれていると言わざるを得ません。
巻末のインタビューも絵描きとしてのこだわりが伺われ、充実した興味深い内容です。

というわけで、伊藤潤二初の大型本が2冊もほぼ同時刊行。
平成最後のビッグプレゼントでした。

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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
ブログ更新通知:https://twitter.com/squibbon19

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